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第1話 始まりの核【コア】

 

 最初に感じたのは閉塞感だった。

 暗闇の中、どこかに閉じ込められている。

 四方に壁の存在を感じるが、視界がゼロの為、確認が出来ない。

 身体を動かそうとして、まるで動けないことに気がついた。

 おかしい。指先一つ、動かせない。

 拘束されているにしろ、身体のどこかは動く筈だ。

 それが、全くできない。

 薬か何かを打たれたのだろうか。

 身体の感覚がまるでない。

 それでいて神経だけは研ぎ澄まされているのか、壁の向こうから何かが近づいてくるのがわかる。

 一体、今、自分はどういう状況に置かれているのか。

 思い出そうとしたが、思い出せない。

 昨日までは、普通の一日だった。

 いや、何時もの日常とは多少は違ったかもしれない。

 高校一年の夏休み前の教室で、初恋の人に告白しようとしていた事を思い出す。

 夕方の日差しが窓から入り、教室をオレンジ色に染めていた。

 そこに俺と彼女の二人だけで見つめ合っていた。

 喉まで出かかっていた、好きですという言葉は、まるで巨大なボールがつまったように、なかなか出てこない。

 既に俺が何を言おうとしているか察してるのだろう。彼女は、顔を真っ赤にして俯いていた。

 意を決して叫ぼうとする。


「俺はっ」


 そこで異変に気がついた。

 オレンジ色に染められていた教室が眩しいくらいの光に包まれていた。


「イチっ」


 最後の記憶は彼女が俺の名前を叫んだところで終わっていた。


 何かが起こったのだ。

 あの時、教室で。



 自分の事もだが、彼女はどうなったのか、心配でたまらなかった。

 早く、ここから出なければならない。

 何者かに捕らえられたのだとしたら、どうにか脱出し、彼女を救わなくては。


 しかし、相変わらず身体は全く動かない。

 今、出来ることは神経を更に研ぎ澄ませ、小さな情報でも手に入れることだ。

 壁の向こうからこちらに近づいてくる気配は先程よりも強くなっていた。

 足音。種類の違う二つの足音だ。

 どうやら二人、こちらに近づいてきているようだ。


「ねえ、お姉ちゃん、アレ」


 女性の声が聞こえた。

 少し高い、まだ幼さの残る可愛い声だ。


「ああ、宝箱だ」


 次にまた女性の声。今度は少し落ち着いた綺麗な声だった。

 宝箱という言葉に違和感を覚える。ゲームや漫画でしか聞いたことのない単語だ。


「罠は無さそうだけど、気をつけてね、お姉ちゃん。ガーディアンがいるかもしれないよ」


「わかってる」


 また耳慣れない単語を聞く。宝箱、罠、ガーディアン。俺は一体、何に巻き込まれているのか。

 遊園地のアトラクション。テレビ番組のドッキリ。

 思い浮かぶのは、その程度だった。


 二つの足音は俺のすぐ側で止まった。

 どうやら二人の女性は俺の目の前にいるようだ。

 しかし、閉じ込められている俺には二人の姿を確認することが出来ない。


「開けるぞ」


「う、うん。慎重にね」


 ロッカーか何かに閉じ込められていると思っていた。

 だから、前ではなく、頭上が開いたことにまず驚いた。

 天井の壁が無くなり、眩いばかりの光が入り込む。


 そこで俺が見たものは、信じられないほど巨大な鉄の顔だった。


 うわあああああぁぁ、と悲鳴を上げようとしたが声が出ない。

 身体は相変わらず全く動かない。

 巨大な黒い鉄の顔が、俺を見下ろすようにじっ、と睨んでいる。


 戦国時代に侍がしていた仮面に少し似ていた。

 確か面頬(めんほほ)と呼ばれる顔面と喉を防御する防具だ。

 だが、目のあたりはゴーグルの様なもので覆われており、鉄兜のようなヘルメットからは、いくつもチューブのような管が背中に向かって伸びて繋がっている。

 宇宙服やロボットのようなものを連想する巨大な鉄人。

 俺は宇宙人に捕らえられたのか。

 あの時、教室が光ったのはUFOが降りて来たからだったのか。


 思考がまだまとまってない。だが、事態は進行している。

 巨大な鉄人は、俺に向かって手を伸ばしてきた。

 黒い巨大な鉄の手が、俺の身体を片手で掴み込む。

 そして、顔の目の前まで持ってくる。

 食われる。瞬時にそう思ったが、鉄巨人は俺を見ているだけで動かなかった。


「コアだ」


 それは鉄巨人から聞こえた声だった。

 先程の落ち着いた綺麗な女性の声。

 その声は確かに目の前から聞こえてきた。


「嘘っ、本当に? 偽物じゃないの?」


 もう一人の幼い声も聞こえるが、姿は見えない。


「確かめてみる」


 そう言った鉄巨人は顔の右頬に、俺を掴んでない方の手をあてがった。


 シュッ、という音と共に、鉄巨人の顔面を覆っていた面頬が喉元まで下がり、その素顔を表す。


 一瞬、言葉を失い息を呑む。

 もっとも初めから言葉を発することは出来ないが。


 黒い鉄の中から出て来たのは、その黒さに負けないような褐色の肌だった。

 髪の色は赤みがかかった茶色で瞳は紅い。

 顔立ちはかなり美人といっていいだろう。

 吊り目であるが、その紅い瞳は大きく、吸い込まれそうになる。筋の通った鼻に、少しふっくらとした唇。

 年は自分と同じ15、6歳に見える。

 スポーツ系美少女といったところだろう。

 ここに来る前に自分が告白しようとした彼女と雰囲気が何処と無く似ている。



 彼女も体育会系のスポーツ少女だった。


 二つの衝撃的な事実にこの時、気がつく。

 一つ目は告白しようとしていた彼女の顔が思い出せない事。

 まるで靄がかかったように、思い出そうとした彼女の顔が出てこない。

 そして、二つ目。

 俺を掴んでいる鉄巨人の女性。

 俺を見つめているその大きな紅い瞳に、自分の姿が映っていた。


 玉。

 鉄の手の中に握られ、彼女の瞳に映るのは、手の平サイズの球体だった。


「間違いない。これは(コア)だ」


 鉄巨人、いや、彼女はたぶん普通の人間サイズなのだろう。

 どうやら俺はコアと呼ばれる小さな球体に姿を変えられたようだ。


 鉄の装備を見に纏った褐色の女性。

 全く表情を崩さなかった彼女が、この時始めて嬉しそうな顔で笑った。


 こんな異常な事態にもかかわらず、俺はその笑顔に思わず、心を奪われた。






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