ー第1章ー 「どうして肉が無いんだよ!!」(4)
ハリド ツッコミ担当。槍装備。焼肉大好き。風属性。
ユジス ボケ担当。斧装備。エルフ女子。格闘タイプ。
ノーティス 大ボケ担当。杖装備。ゲーム脳。黒幕。
ー4ー
◆牛
哺乳綱鯨偶蹄目ウシ科ウシ亜科の動物。
肉は美味しいし乳も美味しい。毛皮もなかなか。牛なのに馬力もある。
人間の生活に欠かせない動物だが、こと命のやり取りをするに当たっては危険な動物と言うほかない。
もし怒り狂った牛を目の前にしたら、逃げるか木に登って様子を見ること。
ただし、怒り狂っていたとしても、
腹を空かせた英雄たちから見れば、ただの肉塊に過ぎない。
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「ンモオオオオオオオオオオ!!!!」
気付いた時には遅かった。牛の頭突きが腰に激突した。角が背骨を突く、ゴリっとした感触が伝わってくる。
俺はそのまま牛の突撃エネルギーを一身に受け、数十メートル吹っ飛ぶこととなった。
ダメージはほぼない。というのは、ノーティスの特殊防御魔法『インセンシティブ』が発動していたからだ。
『インセンシティブ』はダメージがない代わりに、肌の感触、音の聞こえ、視覚、嗅覚などが鋭敏になり、痛みは無いものの、その攻撃の感触がもろに伝わる。
痛みは無いのに感触があることの気持ち悪さ、不快さはハンパない。「え、これ大丈夫なの? 俺死んでる?」と錯覚することうけあいだ。
防御魔法でありながら、対象を不安にさせるという、ノーティスの性格が歪んでいることの証左となる魔法の一つだ。
物理的エネルギーも相殺されないので、牛の攻撃力そのまま身体は吹っ飛ぶのだが、無傷。木々を薙ぎ倒しながら無様に転がっても無傷。大地を肌で感じながら、俺は立ち上がる。
「助かったんだか助かってないんだか…」
「ハリド! また来るよ!」ユジスが叫ぶ。
彼女は先ほどのサイとのバトルでマナを一挙解放したので、少し休憩が必要だろう。ここは俺が仕留め…
「『時を止める凍楔』!!!」
ノーティスの透き通るようなイケメンボイスが響き渡り、その場で牛が凍りついた。まるで氷漬けにされたマンモスのように、その場で動かなくなってしまった。
冷凍属性上級魔法だ。突然氷漬けになったように見えるが、実は凍える吐息を対象に吸わせ、身体の中から凍らせている。遺体の損傷が少なく済むので、狩りの時にはとても助かる。ただまぁ、狩り目的にこいつ級の魔法使いを雇うのなら、マンモス一頭では全然予算が足りない。サイに最大出力の攻撃をしたユジスもそうだが、ノーティスもある意味、牛一頭に使うには勿体無いレベルの魔法を使用した。
「血を流させるとそこから酸化していき、新鮮で美味しいお肉が腐っていきますからね。こうして凍らせるのが一番いいでしょう。あれ? ハリドさんって、何かしましたっけ?」
したよ!
牛の攻撃で数十メートル吹っ飛んだよ!!
無傷だから、無かったことにされるらしかった。もういいよ。慣れてるし。
結局サイの時も槍技やってねぇしな。倒したのユジスだし。
ノーティスが凍らせた牛をワープサークルで会場へ運んだ。(座標指定のスムーズな方)
森に着いてからものの30分くらいか。ものすごく長く感じたが、これでようやく肉にありつける。
それに、自分たちで獲ったからだろうか。食べる前からもう美味しそうだ。ヨダレが自然と溢れ出てくる。
「ほら、ノーティス。早く会場に連れてけ。焼肉パーティーを再開するぞ」
「あれ? あれ、なんでしょうか。みなさん」
ノーティスが森の奥を指差す。連戦だったので気づかなかったが、冷たい風が頬を撫でた。奥の方から、濃密なマナが流れ出してきていた。
森の奥をマナをたどって歩いて行くと、鍾乳洞があった。冷たい風はこちらから吹いてきているようだった。
「せっかく封印を解いてきたんですから、行き止まりまで行ってみませんか?」
「宝箱があるってか?」
魔王を倒してからも、ノーティスは世界の旅を辞めなかった。表向きはアイテム収集のためとか言ってやがったが、実際はなんなんだろうな。
こいつもこいつなりに、世界を救った英雄であり、魔術師学校に籍を置く伝説だ。何か意図があって旅を続けているのだろう。
だとすれば、この森へ来たのも、ここに俺たち3人が集っているのにも、何か理由があるということだ。
話してくれればいいんだがな。そうすれば、腹を空かせなかったのに。
こいつもこいつで、素直じゃない。
「……ピラデルピアの森は、確かに以前からマナが豊富だが、俺が知らない間に高等な魔法生物が住み着いているようだ。サイゼリヤ王国に属する騎士の俺は、その魔法生物について調査する必要がある。ユジス。ノーティス。この鍾乳洞を調査するぞ」
「ハリド……、うん、そうだね。ちょっと、このマナの濃度はおかしい気がする。私もマナを吸収して力を放出する魔戦士ではあるけれど、このマナの感じ……、魔物ともまた違う、何か変な感じがするもの。せっかく3人揃ってるんだから、見てみたほうがいいと思う」
「仕方がありませんね」
「!?」
「みなさんがそこまで言うのならば仕方がありません。極上の肉は私が管理していますので、どうぞご心配なく。この鍾乳洞を攻略していきましょう」
ノーティスから緊張の波が伝わってくる。ゆるりと歩み出すノーティスの背中を見やった。
策士のノーティス。お前は何かを隠しているようだが、その緊張は当然、気を読む俺にも伝わってるぜ。
この鍾乳洞の奥には何があるんだ。いや、何かがあるんだ。
魔王を倒してもなお、この世界には何かがある。
マナを読むまでもなく伝わってくる仲間の緊張を感じ取りながら、俺たち3人は、森の奥の鍾乳洞に足を踏み入れた。
つづく。
《おまけ・読み飛ばし可》
【登場スキル】
・『インセンシティブ』(ノーティス)
……五感を鋭敏にしつつ、痛覚とダメージを無くす、意外にやばいレベルの防御魔法。弱点としては、痛み以外の感覚に訴える攻撃に弱い。くすぐり攻撃とか、フラッシュとか、ジャイ〇ンのリサイタルとかに弱い。
・『時を止める凍楔』(ノーティス)
……冷凍系上級魔法。対象の周りに薄い凍える空気を散りばめ、気づかれないうちに対象を身体の中から凍らせていく。気づいた時には時すでに遅し。主に漁業などで使われ、新鮮な魚を市場に出している。
冷凍属性の魔術師は、鮮魚の業界では引っ張りだこである。