1:はじまりの冬
日差しが雲に遮られ昼間なのに薄暗く気分の下がるそんな日。
季節は冬、微弱な向かい風が顔に吹きかかり俺は顔を俯ける。
俺の名前は匿坂 馬鹿。
こんな寒い日は本当は外に出たくないがワケあってとある場所に向かっている。
知り合いの家、というと少し違うような気がするがまあそれに近い所だ。
俺の大切な存在であり守らなくてはいけない者。
その子が待っているから今俺は足を動かして前へ進んでいるのだ。
歩く早さを無意識に速めて早歩きになる。
それに気が付いたのは前の人にぶつかりそうになってからだ。
正面の人物は俺の気配を感じたのか振り返って怪訝そうな表情をしてから前に顔を戻す。
少し反省。
あの子の事になると俺はそわそわしていつも通りが出来なくなるのだ。
しっかりしろ俺、みっともないぞ。
脳に反省しろもっと成長しろ!と語りかける。
この方法に効果があるのかは分からないが、こういう風に日常的に
脳へ語りかけるという名の刷り込みを行えばいつか定着してくれるだろうと信じている。
無意味かもしれないが…。
まあ意識は脳から生まれているのだから間違いではないだろう、多分!
「おーいこら匿坂ぁ、私を無視する気か」
「え……?」
俺の名前を呼ぶ声が後ろから聞こえてきた。
この女の声でガラの悪さは……。
足を止めて振り返る。
「げっ!八木流いたのか」
「いたのかって何よ本当に気が付いてなかったの?」
「だってお前…いややっぱいいや」
「言いなさいよ気になるでしょ」
言えるわけない、だってこいつ怒るから。
八木流は身長が170㎝程で俺は177cmだ。
決して背丈が低いわけではないが俺に比べると小さい。
だから目線下にいるお前は視界に入っていなかった!と
俺は先程それを言おうとしたのだが以前その発言をして酷い目に
あったのを思い出して言葉を濁らしたのだ。
「もしかして身長の事言おうとしたか、あぁ?」
「えっ…どうしてそう思った?」
「顔がいかにもほくそ笑んだ風の私を見下した表情だったからな」
「考えすぎだろ、気にしすぎだって」
「だといいんだけどなぁ?」
結構気にしてるっぽいな。
八木流とは幼なじみであり腐れ縁の関係で年下の俺はいつも
からかわれていた。
それでもって妙な対抗心も抱かれていて、ことあるごとに勝負を挑まれたっけ。
息を止められる時間を競ったり、大食い対決や自転車でのチキンレースとかとか。
ほとんど俺の負け(といっても悔しくないが)だったが唯一勝ち続けているものがある。
それが身長ってわけだ、さっきも言ったがこれはタブーな内容だから口にすると俺が痛い目にあう。
ここ重要な。
「ところでさ、今急いでるの?」
「……そうだ俺急いでるんだよ!じゃあな」
「ちょい待ち匿坂ぁ、久々に会ったのに冷たいなお前」
足早に3歩進んだ所で俺は引き止められる、物理的に。
肩を強く掴まれたせいで進めないのだ。
この握力を前に何度敗れただろう。
幼き頃から最近までの記憶がフラッシュバックとして視界に映し出された。
足が竦んでしまう。
「らら乱暴はやめろ、冷たくしないから手を緩めろ痛ぇ」
「最初からそう素直にしてればいいじゃん」
「うぅ…いたた、絶対痣出来てるぞこれ」
「知らないしー、自業自得でしょ」
なんて自分勝手だろう、コイツ一生結婚できないだろうな。
心の中で失礼な言葉を並べて見えない悪態をつく。
肩が痛い、だがそれよりも早くこの場から立ち去ってしまいたい。
右手で肩を擦りながら聞く。
「お前はどこかに行くのか?」
「よく聞いてくれた、実は今からバイキングに行くの」
「行ってらっしゃい」
「ん?冷たいなぁ匿坂ぁ?付いてきてもいいのよ」
誰が行くか!前一緒に行ったときには滅茶苦茶な目にあったからな!
バイキングと言う名の強制大食いバトル。
おかげでしばらく胃の調子が……今はどうでもいいかそんなの。
「俺大切な人待たせているんだ、だからまたな」
「…え、大切な人?だれよそれ」
八木流は一瞬難しそうな顔をした、それを見逃す俺ではない。
大きく息を吸って勢いよく全力で駆け出す!
後ろで叫び声が聞こえるが無視無視、今はあの子が最優先だ。
待っててくれよ みゅんちゃん!