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葵と桜花  作者: 枚方赤太
3/3

迷子のコトダマ その参

「斬る、か」


「はい。 わたしが持つ刀で一刀するだけです。 ですが、先ほども申しました通りわたしは祈りの言霊。 少しだけ葵様が持つ霊力を頂く形となります」


「方法は?」


 迷うことはなかった。 例えどんな方法だったとしても、こいつを助けられるのであれば考える必要はない。


「難しいことではありません。 わたしに向け、言葉を投げてくださればそれは霊力となります。 確かな意思を持ち、言葉をくださるだけです」


「分かった」


「ですが、葵様。 使うのは葵様の霊力であり、それを使い斬るということは……あまり、良くないことが見えるかもしれません」


 桜花は言い辛そうに言う。 その意味は、なんとなくだけど理解できた。


「いいよ、大丈夫だ」


「そう仰ると思っておりました。 では、葵様」


 桜花は言うと、目を瞑り手を合わせた。 その瞬間、桜花が持つ空気が変わる。 夜だというのにその姿はやけに鮮明になり、桜花の足元に落ちていた枯葉は桜花を包むように舞った。 桜の花のようにひらひらと舞い、やがてその花びらは桜花の合わせた手へと集まる。


「言霊をください、葵様」


「ああ、分かった」


 俺は桜花に向け、言葉を向ける。 言葉に確かな意思を乗せ、意味を持たせ、生を包ませる。


「――――――――あいつを助けてくれ、桜花」


「確かに受け取りました。 その言葉、その祈り、祈りを司るコトダマとして、葵様に仕える者として、この桜花が果たします」


 同時、桜花は合わさっていた手を離す。 そこへ現れたのは、一振りの刀だ。 刀身は細く、桜花でも軽く振るえそうな見た目をしている刀だった。


「迷子のコトダマよ、安らかに」


 桜花はそのコトダマに向き直り、刀を構える。 俺はそんな桜花の背中を見つめながら、奥にいるコトダマを見た。


「……」


 そいつは言葉を話さず、しかしその目は俺を見ていない。 桜花を見て、何かを訴えるように視線を向けていた。


「安心してください。 葵様は、あなたのことを助けたいと思っているだけです。 心配は要りませんよ」


「……」


 目付きが、変わった。 言葉の意味は分かっていたのか。 そんなことを思い、俺はふと笑う。 同時、世界の色が変わった。




「父ちゃん、母ちゃん、今日はどこへ行くの?」


 口を開いたのは、小さな子供だった。 六、七歳、その程度の年齢に見える。 子供は服というよりかは布を纏っており、言葉を向けた両親も似たような格好をしていた。


「あ、ああ。 今日は、山へ遊びに行くんだ」


 少しだけ訛りがある口調で言ったのは、父親と思われる男であった。 たどたどしい口調は怯えているようにも見えた。


「山かぁ! 俺、山は好きだ」


 子供はパッと笑顔になり、言う。 その顔を見て、母親は咄嗟に顔を逸らした。


 町というよりは村。 そんな光景が辺りには広がっている。 昔ながらの家屋が多く建ち、田んぼは数多く存在していた。 少なくとも俺が知っている場所ではないことは確かだ。


「葵様」


「……桜花か」


 俺の隣に、俺が知っている奴は立っていた。


「これは、あのコトダマの記憶です。 本人は忘れてしまっていることですが、心の根底、コトダマたる所以の記憶です」


「さっき言ってたのは、これのことか」


「ええ」


 桜花は優しい奴だ。 だから、俺がこの光景を見ることを良しとはしなかったのだろう。 だから言ったんだ、俺の霊力を使うということは良くないものが見えるかもしれない、と。


 けれど、これで良かったんだと思う。 少なくとも、俺はそう思う。


「そうだ母ちゃん! キノコ採ろう! 最近腹減って仕方ねぇ」


「……そうね」


 一家全員、痩せていた。 きっと、裕福な家庭ではないのだろう。 それは身なりからでも容易に想像することができた。


「この前、右助たちとも山行ったんだ。 俺が一番だったんだ!」


 子供は楽しそうに語る。 恐らく、キノコ採りで勝負でもしたのだろう。 明るく、元気の良い子供だ。


「そうかそうか。 良かったなぁ」


「……父ちゃん、どうして泣いてんだ?」


「なんでもねぇ。 大丈夫だ」


 やがて、親子は山へと入った。 数十分、一時間、二時間、三時間。 最初は元気の良い子供であったが、あまりにも長い道のりに疲れが出てきているようだった。


「あんた」


「ああ、分かってる」


 何をとは、言われなくても分かってしまった。 だが、子供は分からない。 理解できるはずがない。 だというのに、それを平気でする親のことを許せそうにはなかった。


 ……もっとも、俺が許す許さないどちらにせよ、言える立場ではないのかもしれないけど。


「伊助、あれ採ってこれるか?」


「あれか? おう、任せろ!」


 父親は、遠くの方にあるキノコを指差した。 伊助と呼ばれた子供は返事をし、ようやく遊べるとでも思ったのか、駆けて行く。


「よっし! 採れたぞー!」


 振り返る。 笑顔で。 しかし、その目には誰も映らない。 居るはずの人たちは、誰も居ない。 その子の両親は、どこにも居ない。 誰も、居なくなった。


「あれ? 父ちゃーん! 母ちゃーん!」


 叫んだ声は、聞こえていたはずだ。 それほど遠くへ行っているはずはない、絶対に聞こえていたはずなんだ。 でも、戻ってくることはない。 子供は、この子は……捨てられたんだ。


「……父ちゃん? 母ちゃん? どこだー! あ、もしかしてかくれんぼか? なーんだ、最初から言えよー!」


 時間は無常に過ぎていく。 やがて、辺りは暗くなってきた。 伊助は居るはずのない両親を探し歩き続ける。 どこだ、どこだと言いながら。


 一日、数日、一週間。 雨が降れば辺りは冷え、日が昇れば気温は高くなった。 足や腕、顔にはいくつもの擦り傷と切り傷が付き、元々痩せていた体は見るからに細くなっていった。 それでも決して歩みを止めることはない。 どこかに必ず居ると、必ず見つけると。


「どこ、ど、こ」


 呟きながら、歩く。 既に足取りは重く、いつ倒れても不思議ではなかった。


「昔は、良くあることだったんです。 家庭を支えきれなくなり、子供を捨てるということが」


「それは、子供を捨てて良い理由にはならない」


「ええ、その通りです」


 いくら苦しかったとしても、辛かったとしても、自らの子を捨てることは許されることではない。 それも、こんな山中に捨てるなんて人のしていいことではない。


「ど、こ」


 伊助は、やがて倒れた。 その場所は、桜花が住む神社の前であった。 だが、そこにはまだ神社は建っていない。


 ……一体、何年の間迷っていたのだろう。 どれだけの時間、親を探していたのだろう。 どれほどの間、孤独を味わったのだろう。 今生きている俺にそれは分からない。


「かあ、ちゃん。 と、う……ちゃん」


 捨てられた子供が最後に発したその言葉は、決して両親に届くことはなかった。




「っ!」


 強烈な眩暈を感じ、意識が戻る。 目の前にはたった今コトダマを斬った桜花と、体を光に包まれているコトダマが居た。


「……ッ!」


 俺は倒れそうになった体を無理矢理起こし、コトダマの下へと駆ける。 迷いに迷い、俺に頼ったコトダマに言葉を向けるために。


「なぁ! お前はここに居るんだろ!? なら、俺はまた来るから!」


「……」


 視線が、俺に向いた。 優しい、けれど力強い目だった。


「一人じゃない、お前は一人じゃないよ。 俺で良ければ、会いに来る。 だからゆっくり休め、安心しろ」


 近寄って、手を握る。 距離を取ることなく、コトダマは俺の手を握り返した。 桜花は黙ってそんな光景を眺めている。


「また会おう。 必ず」


「……」


 そして、コトダマは消えた。 最後まで結局喋らずに、何かを告げることのなかったそいつは綺麗に消えていった。


 けれど、良かったんだ。 これできっと、良かった。 だって、最後の瞬間あいつは笑っていたから。




「また来るよ」


「そうして頂けると、わたしは嬉しいです。 きっと、この子も」


 桜花は言いながら、俺と二人で建てた小さな墓を見る。 桜花曰く、あのコトダマは成仏したとのことだ。 もう迷子になることはないと。


「葵様はお優しい」


「……なんだよ急に」


「ただ、思っただけです。 わたしの話し相手になってくれましたし、見ず知らずのコトダマを助けました。 ご存知ではないと思いますので伝えますと、コトダマは基本的に成仏するのを嫌うんですよ」


「嫌う? でも、あいつ最後に笑ってなかったか?」


「ええ、笑っていました。 その心理は分かりません、ですが……きっと、葵様が言葉をかけたからではないでしょうか。 安心したのだと思います、人肌の温もりが嬉しかったのだと思います。 言葉というものには、目に見えない力があるんです」


 言われた俺は、自身の右手を広げて見る。 未だに、微かにあいつの暖かさが残る手の平だ。 そんな手を開き、閉じる。


「けどさ、それを言うなら桜花も同じだろ?」


「ええと、わたしが……ですか?」


「今こうして俺にそうやって言葉を向けてくれるってことは、そうだよ」


「……有難く受け取っておきます」


「そうしてくれ。 でさ、ひとつ気になったんだけど……さっき、俺に仕える身としてとか言ってたよな? あれってどういう意味なんだ?」


「言葉通りですよ? 霊力を貰うなど普通の関係では不可能なため、わたしと葵様で契約をしたではないですか。 ええと、今風に言うのであれば……奴隷? 下僕……めいど、ですか?」


「絶対違うと思うけど。 てか、それってもしかして俺に付いてくるってこと?」


「実は内緒にしておいて驚かせようと思っていたのですが……もちろんです。 わたし、葵様のことが少々気になってしまったので、どうせ暇な時を過ごし続けるこの身、貴方に捧げましょう。 それなりには腕も立ちますのでお役になれるかと! ところで葵様、今更ながらに思い出したことがありまして」


「それについては後で話すとして……思い出したことって?」


 それは、とても重要なことであった。 桜花がここで口に出さなければ、俺はのこのこ帰ってゆっくりと惰眠を貪っていただろう。


「朝岡様、でしたか。 何かご用事があったのでは?」


「……そうだった!! なぁ桜花、もうちょっとだけ付き合って貰っても……」


「ううん……どうしましょうか」


「そこをなんとか!」


「ふふ、冗談ですよ。 では、行きましょうか。 道を遮るものはこのわたしが切り伏せます」


 ともあれこれにて一件落着。


 人は誰しも迷いつつも進んでいる。 そして誰しも一度は迷子になったことがあるのではないだろうか。 かく言う俺も、まだまだ迷うことは大いにあると思う。 でも、あまり悪い気はしなかった。


 一人での迷子は、心細い。 それは、あのコトダマが教えてくれた。 長い孤独でどれだけ心細かったのか、計り知ることはできない。 しかしそんなコトダマも最後には笑ってくれたのだ。 俺の言葉を聞き、それを言葉として受け取ってくれたのだ。 だから、最後の数時間の迷子はあいつにとって孤独ではなかったのだと思う。


 きっと、だからこそ。 そんな言葉たちが並ぶ憶測だ。 邪推、とも言えるかもしれない。 けれど、同じ迷子を探し、そして俺に憑いたあいつは……一緒に迷えて楽しかったのかもしれない。


 一人では心細い。 でも、二人ならばそれは迷子ではなく、冒険なのだ。 手を取り合い、進むことだってできる。 協力し、歩いて行くことができる。


「何か考え事ですか? 葵様」


「いいや、なんでもないよ」


 コトダマという存在。 少なくとも俺は、そんな存在に触れることができたことを悪くは思えなかった。 ひょっとしたらこれから大変なことへとなるのかもしれない。 俺の身に何かが起きてしまうのかもしれない。


 でも、それ以上にコトダマたちが俺に教えてくれることは、大切なことのような気がした。


 出会いと別れ。 迷子と迷子。 そんなことを経験した、週末のことであった。


 蛇足ではあるものの、一時間後、朝岡さんの家へと辿り着いた俺が「バスを使えば良かったのに」とツッコまれたことは、秘密である。

以上で一話となります。

次回は「辻斬りのコトダマ」のお話となります。

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