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葵と桜花  作者: 枚方赤太
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迷子のコトダマ その弐

 桜花はそれから俺に懇切丁寧に説明をした。 要約……と言うべきか、俺が理解した限り現状起きていることはこうだ。


 一つ目に、俺は厄介なことに巻き込まれているということ。 どうやら俺は元々体質的に、桜花から見て「こちら側」ということもあって、巻き込まれているらしい。 そして、その巻き込まれている物が非常に厄介だと言う。


 二つ目に、その原因は俺が発した「迷子」という言葉にあるということ。 場所、時間、そして俺が持つ霊力。 それらが偶然にも噛み合い、出会ってしまったのだ。 桜花は自身の姿を見れていたことから嫌な気は感じていたものの、俺が発した「迷子」という言葉を聞き、確信したという。


 三つ目に、コトダマという存在。 簡潔明瞭に言ってしまえば、幽霊。 普通は見ることすらできない存在は、この世界に多く存在しているという。 特にこのような田舎では多いらしく、性質が良い奴も悪い奴も居るとのこと。


 四つ目。 そろそろ止めて欲しかったのだが、桜花は淡々と事実を述べていった。 そしてこの四つ目こそが、最重要だ。


「一度そのコトダマに巻き込まれれば、どうにかするまで一生災難に巻き込まれます。 例えば今巻き込まれている迷子であれば、葵様が今回うまいこと家へ帰れたとしても……行く場所行く場所で迷子になってしまわれます。 コトダマに憑かれた場合、非常に厄介なのです」


 どうにかしなければ……解決しなければ、終わらない。 にわかには信じ難い話で、いつもの俺なら一笑に付していたことかもしれなかった。 けれど、俺の前に現れる現実は嫌と言うほどに思い知らされてくる。 俺の前に居る()()()は、これが現実だと分からせてきている。


「ド、コ」


 頭の大きな子供であった。 身長は一メートルほどしかなく、その半分ほどはある大きな頭。 声にもならない声を放ち、真っ黒い見た目と真っ白な目、異様に細い手足を持ったソイツは俺のことを見ている。 妖怪……とも言える見た目だ。 ただただ俺のことを見つめる瞳からは感情を読み取れない。


 半刻ほど前に突如として現れた、コトダマ。 最初に見たときは悲鳴こそあげたものの、どうやらあいつは俺に危害を加えるつもりはないらしい。 俺の数メートル先からずっと俺のことを見続けているだけだ。


「迷い子。 迷子のコトダマです」


「……なんか、薄気味悪い見た目だな」


「コトダマなど、皆そのような者ですよ。 ですが、葵様」


 桜花が何を言おうとしたのか、分かった。 目の前にいる子供……迷子のコトダマと一緒で、桜花もまたコトダマなのだ。 気の効かない発言をしてしまった。


「ごめん」


「いえ、構いません。 無理もないことです」


 そう言う桜花の見た目は至って普通だった。 そのことにツッコミたい気持ちを抑えつつ、俺は再び横へと腰をかけている桜花に尋ねる。


「ところでさ、お前は……俺に危害を加えるのか?」


「へ? わたしですか? ふふ、出会って話しかけられているということ自体、一般的に考えれば危害ですよ。 人外の存在なのですから。 普通であれば、関わり合いたいなど誰も思わないことです」


「いや、そういうのじゃなくて……」


「冗談です。 葵様が仰っているように、あの子のように危害を加える者もいます。 ですが、わたしにはそのような恨みはありませんので。 人間が好きですから」


 微笑むように笑うと、桜花はそう言った。 冗談がひどく分かり辛い桜花であったが、その笑顔はあまりにも美しく、俺は思わず息を呑む。


「分かった。 つまりさ、あのコトダマを助けてやればどうにかなるってことだろ? 恨みを持っているってことは、何かあったってことだから」


「……ええと、はい。 そうですね」


 どうにも気持ちの良い返事が返ってこず、俺は眉を顰める。 が、桜花はそう言った後にすぐさま立ち上がり、迷子のコトダマの下へと歩き出してしまった。


 ……ま、なるようになれか。 どのみちあいつをどうにかしなければ俺は帰れないようだし、この先とてつもない方向音痴になるのは御免被りたいし。




「幸い明日は休みだし、夜通しなんとかするしかないな。 土日の間になんとかしないと、学校にすら辿り着けない可能性だってあるわけだろ?」


「ですね。 ですが葵様、家へ帰るのであればわたしが道案内をすればどうにかなるかと思いますが。 幸いにも、わたしの方が霊力的には強いので……葵様がお望みであれば、無理やりにでも家へ帰ることは可能ですよ」


「また強引な案だな……けど、それだと解決したことにはならないから……やっぱり俺は手伝うよ、こいつのこと」


 今現在、俺と桜花は森の中を文字通り彷徨っていた。 行く当てなんて当然ない、このコトダマがどこを目指しているかが分からないからだ。


 何か言ってくれれば良いのだが、生憎このコトダマは「俺に付いて来る」ということしかできないらしい。 喋りかけても、返ってくる答えは「ドコ」という言葉のみ。 真夜中に一人で出会ったら気絶してしまうほどホラーな見た目のコトダマだが、直接何かをしてくるわけでもないことから案外悪い奴ではないのかもしれない。


「ご両親が心配するのでは」


「ん?」


 唐突に桜花が口を開く。 それが俺のことだと理解するのに数秒を使い、俺は横を歩く桜花の方を見た。 夜露の所為か、体中をじんわりとした湿気が覆い、辺りを照らすのは光輝く月のみであった。 月の灯りが強いおかげもあり道が見えないこともないが、無言で歩くのは心細い道のりだ。


「俺のか? 大丈夫だよ、母さんも父さんももう居ないから。 それで身内のいるここへ引っ越して来たんだけど、今は一人暮らしだよ」


「……申し訳ありません。 考えが及びませんでした」


「いいよ、気にしなくて。 もうかなり前に亡くなったし、一人暮らしって案外気楽で楽しいんだ」


 たまに、寂しくもあるけれど。 その言葉は、口に出さなかった。 口にしたら、悲しくなる気がした。


「そうでしたか。 模索してしまいましたね」


「……桜花はあそこに一人なのか? あまり、手入れされているようには見えなかったけど」


「お気遣いありがとうございます」


 俺が模索するようなことを言ったのを気遣いだと捉えたらしい。 強ち間違いではなかったけれど、見透かされているようで若干の恥ずかしさを感じた。


「わたしもあそこに一人で住んでおります。 百年ほどでしょうか? 最初はただボーっと過ごしていたのですが、存外無駄な時間というのは辛いものです。 故に、わたしの場合は刀を振るいました。 汗を掻くというのはよいものです。 おかげで、刀術にはかなり自身があります」


「百年!?」


 驚いた。 俺と同い年くらいに思えたが、随分落ち着いた性格をしていると思ったらそういうことか。 しかし百年も一人でとは……想像できないな。 しかも見た目に反して刀を振るうとは……見た目だけで言えば華道とかやってそうなのに。


「なので、葵様とお話できたときはとても嬉しかったんです。 わたしが見える人間は殆どいませんから」


「コトダマが見える人間か。 こうして見ると、見えるのが当たり前みたいな感じだけど」


「一度見えてしまえばそうですね。 わたしたちコトダマは案外身近におりますから……例えば、葵様は「置いたはずの場所に置いた物がない」という経験はありませんか? ド忘れのようなものです」


「ああ、確かにあるかも。 けど、それって見つけた後に「そういえばここに置いたな」とか思わないか?」


「普通でしたら、そうです。 ですがそれはコトダマの仕業なんですよ。 コトダマによって起こされたことは、見えない者からはそれが当たり前だと認識される……喩え話ですが、わたしがここで葵様を転ばせたとしましょう」


「……本当にやらないよな?」


「喩え話です。 それで、その現場をわたしたち以外の人間が見ていたとして、その者にはわたしの姿が見えない。 すると、その者には葵様が何かに躓いて転んだように見えるのです」


「ってことは、さっきのド忘れの件も「そういえばここに置いたな」って思うのは、そういう風に解釈されてるからってことか。 なんかそう考えるとめちゃくちゃ身近に感じるな」


「実際、身近に多くいますよ。 いたずらが好きな者も多いですから」


「ふうん……。 なんか面白いな、コトダマって。 桜花みたいに良く喋る奴もいるし、あいつみたいにただ付いて来るだけの奴も居るし」


 言いながら、後ろを見る。 随分話し込んでしまっていたが、どうやら迷子のコトダマはしっかりと付いて来ているようだ。


「わ、わたし……そんなにお喋りでしたか? そのようなつもりはなかったのですが……きっと、あれです。 久方振りのお話し相手でしたので、気持ちが高まってしまったのかと。 そうです、そうに違いありません!」


「そんな恥ずかしがることじゃないと思うけど。 俺も話すのは好きだよ」


「本当ですか? あ、もしそうなら……」


 桜花は言うと、しばし黙り込む。 そしてハッとした顔付きをした後、呟くように言った。


「……いえ、何でもありません。 早く見つけなければですね」


「ん、ああ」


 それが迷子のコトダマのことだということを理解するのに少し時間を使い、俺は返事をした。


 ……何か隠しているのか? 桜花は。 今も何かを思い出したようだったし、隠しているようにも見える態度だ。 急に話を逸らすというのも、若干妙にも感じられる。


 夜の深みが増していく中、俺はそんなことを思った。




「コトダマは基本的に、生前のことが絡んできます」


 唐突に桜花は口を開く。 あれから歩くこと一刻ほど。 未だに目的地へ着く気配はない。 目的地そのものが曖昧なことから、目的地というものが存在するかも定かではないが。


「え? ってことは、桜花も生きていた時代があるってこと?」


「記憶はありませんがね。 ですがあの神社に居たということは、あの神社に暮らしていた者だったはずです。 しかし……こう、体を動かしているときが一番気持ち良いんですよね。 実は悪党を倒す侍に憧れてます。 この紋所がというあれです」


「へえ……なるほどね。 いきなりひょっと出てくるわけじゃないのか」


「はい。 あれ、今もしかして触れませんでした? わたしの憧れについて」


「触れた方が良かったのか……けどイメージとは合わないよな」


「む、やはりそうですか。 中々難しいものです」


 腕を組み、桜花は目を瞑っていた。 イメージとは合わないと言ったものの、凛々しくもある顔立ちは見ようによっては美青年に見えなくもない。 男装は少なくとも似合いそうだと少し思った。


「じゃあ、あのコトダマも」


「ええ、そうですね」


 答える桜花の声は沈んでいた。 俺はなんとなくその理由に気付いてしまったものの、触れない。 その部分には触れてはいけない気がしたんだ。


 ……桜花が遠回しに俺へと伝えたかったことも、分かってしまった。 それはきっと、桜花なりの優しさかもしれない。


「なら、こいつの迷子も早いとこ解決してやれるといいな。 家に帰りたいだろうし」


「葵様」


「どんな家なんだろうな? お前、大体の場所とかも分からないのか?」


 振り返り、俺は言う。 が、相変わらずそいつは数メートル後を付けてくるだけだ。 時折喋る言葉も変わらない。


「葵様、恐らく、その者の家は」


「……だから、なんだよ」


 少し苛立ちを込めて、俺は言う。 分かっていることであったから、それを認識させるような言い方をする桜花に苛立っていたのかもしれない。 そんなのはただのワガママだというのに。 桜花の優しさを踏みにじる行為、願望だ。 所詮、俺のしていることは叶うはずのないことだった。 迷子のコトダマを助けてやりたいという願い……それは、決して叶わない。


 桜花は百年。 なんてことはないように言い放った。 そして、そんな桜花が暮らしている家は廃れた廃墟同然の神社だった。


 この迷子がいつからなのかは分からない。 しかし、ある程度は保護を受けている山中の神社と、ただの子供の家が同様に形を保っていることこそあり得ないことなんだ。


 つまり。


「ド、コ」


 探し続けるこいつの家は、もうないということなんて、分かっていたことだ。


 それから一時間ほど探し続けた。 しかし、この山には家と呼ばれるものは当然ない。 俺が住む街に降りて行ったとしても、昔の家は殆どないといって良い。


「なぁ、桜花。 それならこいつはどうすれば良いんだ。 ずっと、こんな暗い山の中を探し続けていれば良いっていうのか?」


「……それが、コトダマというものです。 生前に悲惨な運命を辿れば、死後も悲惨な運命となる。 これは繋がっており、切れるものではありません」


「俺はそんなのは嫌だ。 それに、こいつの前で助けてやるって言ったんだ。 もしもこいつがこのままっていうなら、俺はこいつと一緒に居る」


 桜花の顔を見て、俺はハッキリと告げる。


「どうしてそこまでするのですか? その者は、一方的に葵様を巻き込んだだけではないですか」


「母さんに教えられたんだ。 困っている人を見つけたら助けてやれって」


 ただそれだけの理由。 けれど、母さんは決して困っている人を見捨てなかった。 それが切っ掛けで死んだ母さんだったけど、俺はそんな母さんを尊敬している。 それが揺らぐことは――――――――絶対にない。


「……葵様は、わたしたちのことを人と呼んでくれるのですね」


「当たり前だろ?」


「ふふ、分かりました。 ひとつだけ、解決法はあります。 わたしは「祈り」の言霊。 人々が口にする祈りを司るコトダマです。 わたしの力があれば、このコトダマを救うことができます」


「違うよ、桜花。 救うんじゃない、助けるんだ。 俺たちにできるのはきっと、手助けすることだけだから」


「……そうですね。 その通りかもしれません」


 そして、桜花は俺に告げた。 このコトダマを助ける方法を。 辿り着いた場所は俺が桜花と出会った神社、社前の開けた場所で、俺と桜花は向かい合った。

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