決着
「祝さん!」
八鹿の腕の中には、息も絶え絶えに目を薄く開けた寿羽の姿があった。
「八鹿……お願いね、妹を、寿羽を。私は多分……」
寿羽は僅かに唇を動かし、声帯が傷ついているのか、かすれた声で絞り出すように発声した。彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、その口元は微笑んでいるが、とても苦しそうである。
「何言ってるんですか! ……もうすぐ救急車が来ます! だから――」
「だめよ、そんなに大声出しちゃ。貴女だってひどい怪我なんだから」
「ですが!」
「お願いよ……」
八鹿はその時、瞳の奥に寿羽の決意を垣間見た。彼女は、ただの悲しみや恐怖で泣いているのではない。彼女が流しているのは、慈愛の涙だ。八鹿に妹を、本気で託そうとしている。
「……わかりました。必ずや、寿羽さんを守ります」
「ええ……任せたわ」
八鹿は祝を一度だけ、軽く抱きしめた。
祝の目には、一瞬様々な思い出がよぎり、やがて消えていった。
「期待してるわよ……八鹿」
そして数分後、救急車が到着した頃には、祝はすでに息絶えていたのだった。
(知らず知らずのうちに……この状況を、あの時の状況と重ねているのかもしれません)
八鹿は、背中に背負っていた二枚の円盤に手をかけ、早足でサードナッツに近づいた。
(それなら……今度こそ寿羽さんを守ります!)
「そんなちゃちい円盤で俺が倒せるか!」
サードナッツの背後からイカの腕が立ちあがる。大木のように太い腕は全部で七本。その内の三本が、うねりながら八鹿を襲う。
「【チョコレティアー・メダル】」
両手の円盤を肩の高さに持ち上げた八鹿は、言葉と共に円盤を投げた。
二枚の円盤は空中で高速回転し、イカ脚を電動のこぎりのように切り刻む。
「な、何ィィ!」
サードナッツはさらにイカ脚を追加するが、そのたびに高速で飛びまわる円盤が脚を切り裂いていく。
「貴方の首を、真っ二つです!」
回転する刃は空を滑り、脚を切り取り、サードナッツの首を切断する!
「ぬ、ヌガァァ!」
刃が首に触れる――その瞬間、サードナッツは大きく跳躍し、刃をかわした。
「な!? あのすれすれで避けた!?」
そして、八鹿の足元に忍ばせていたイカ脚で八鹿の脚を掴むと、そのまま底面に叩きつけた。
「油断したな小娘! 油断禁物! 油断大敵よ!」
叩きつけられた衝撃で胸の骨が折れたようだ。八鹿は口に鉄の味を感じた。
「これで二人とも、再起不能だぜ!」
サードナッツは勝利を確信し、唇を一回舐めた。
「――こ、寿羽さん! これを!」
八鹿は腕立て伏せをするように上半身を持ち上げると、右手に持った円盤を寿羽に向かって投げつけた。
「何? こいつ、まだこんな力が」
今しがた再生したばかりのイカ脚をもう一度八鹿の頭上に振り上げた。
「今度こそ! これでとどめよォォ!」
「【ファースト・キスッ!】」
寿羽の凛とした声が室内に響く。
「ウゴォ!」
いつの間にか、サードナッツのわき腹には寿羽の腕が突き刺さっていた。
「こ、小癪な……」
「やりましたね……寿羽さん……」
「円盤の切れ味を持ったこの鉄の腕に、斬れないものはない!」
「黙れこのクソガキがァァァ!」
イカ脚が薙ぐように寿羽に迫る。――しかし。
「キェェェェァ!」
寿羽の剣筋は、サードナッツの予想を遥かに超えていた。寿羽の腕はイカ脚を切っただけではない。サードナッツの身体ごと、切り裂いていた。わき腹から肩にかけてを斜めに、しかも臓器にまで達する深さで切り裂いたのだ。
「サードナッツ、その傲慢で慈悲のかけらもない態度……今ここで決着!」
地を蹴った寿羽の腕はサードナッツの心臓を貫き、サードナッツは絶叫しながら絶命した。
「八鹿ちゃん!」
「大丈夫……です。肋骨が数本……折れただけですから。――うっ」
「充分重症だよ! 早く病院へ――」
「そんなことはいいですから! ……早く奴を追ってください。真実を……掴むんです」
「……わかったよ。でも、救急車を呼んでおくから、絶対助かってね!」
寿羽がそう言うと、八鹿は無言で頷いた。
乙夜のアジトまであと少し。寿羽は駆け足で路地裏を進んでいた。
(……こうしている間にも、傷は癒えてしまっている……一刻も早くたどり着かなきゃ)
まっすぐ前を見つめながら、ただ一つ、『もっと速く』と心の中で復唱しながら、駆け抜ける。
「寿羽!」
いきなりわき道から女性が、寿羽の名を呼びながら飛び出してきた。
「咲葵ちゃん! 怪我はもう大丈夫なの!?」
「もちろんよ! ただ、長く寝てたから身体が鈍ってるかも。それに――」
「――あいつは能力だけじゃなく、身体能力も相当強力だから……今の私たちに倒せるかどうか……」