触手の男たち
町のいたるところに居酒屋、キャバクラ、ラブホテルが建ち並ぶ歓楽街。『眠らない街』とも言われるこの町は、裏社会が混在する独特の雰囲気があり、東洋一の歓楽街と言われている。
この町に、乙夜鳳花はいる!
「――ふぅ、二度と来ないでしょうね。この町は」
「八鹿ちゃんはいつまでも綺麗な八鹿ちゃんでいてね!」
「何言ってるんですか。普通に人の首を切断しようとしてる時点でだいぶ汚れてますよ」
ビル群の陰に太陽が沈んでいく、もうすぐ日の入りだ。後ろの空を見ればもうほとんど真っ暗だ。それと同時に、歓楽街に灯りが灯っていき、鮮やかに色づく。どこぞのギャルの、派手すぎるメイクに似ていた。
寿羽は何となく町の風景をキョロキョロと見回していた。客引きの男女がそこらでティッシュを配ったり、道行く人に声をかけたりしている。なんだか肩が重くなって、自然とため息が漏れでた。
その時、袖を引っ張られた。
「寿羽さん」
ふと、八鹿の方に視線を向ければ、路上店舗の隙間に目をやっている。
視線の先にはサラリーマンが立っていた。
忘れるはずもないあのくたびれたスーツだ。
乙夜はこちらと目が合うと、背を向けて間の奥へ入っていく。
「追いましょう!」
考えた時にはもう、駆け出していた。こんなにもあっさり見つかるなんて。
隙間に飛び込み、乙夜を追う。――奴は狭い隙間の途中にある狭い階段を下りていった。
ためらわず、二人も下りる。
ガタガタの岩が積まれただけのような階段を下へ下へと下りる。
足場が悪いため、一歩一歩踏みしめるように下っていく。
――下った先には、錆びた鉄の扉があった。
鍵はかかっていなかった。ノブは軽く回った。
そこは、コンクリートの壁が四方を囲む、広い監獄のような場所だった。
場所を間違えたかと思い、背後のノブを回すが――。
ドアが開かない。鍵がかかっている。雑居ビルの地下にあるこの一室は、完全な密室へと姿を変えていた。
「チョロイな。俺に導かれてノコノコ地下まで降りてきたか」
いつの間に正面にいたのか、冷たいコンクリートの床の上に、ひっそりと立っていた。
「勘違いするなよウスノロ共、貴様らの相手はこの俺ではない」
乙夜はギギギ――と頬を吊り上げると、ロボットのように微笑んだ。
「俺は貴様らをここにおびき寄せるための言わば囮よ! ――出てこい我が弟子たちよ!」
呼び声に応えるように、何かが天井を突き破って乙夜の正面に降り立ち、まるで何事も無かったかのように直立していた。
「我が名はザックハード」
「そして俺はサードナッツ」
砕けたコンクリートの粉塵の中から、背中に触手のようなものを生やした二人の男が現れた。細身のほうがザックハード、筋肉質のほうがサードナッツだ。
「その二人に相手をしてもらうといい」
乙夜は、人間とは思えないほど高い跳躍で天井の穴までよじ登ると、そのまま姿を消した。
「待て! 乙夜――」
追いかけようとする寿羽の前に、ザックハードが立ちふさがる。そのままタコの腕のような触手を振り上げ、瞬時にこちらへ振り下ろす。
「な、速――」
慌てて身をひねる寿羽を、触手が追う。その先端には、凶悪そうなナイフの刃がついている。
「うっ……!」
「寿羽さん!」
先端が寿羽の頬をかすり、浅傷ながら血が流れる。
「くっ……」
無理にかわしたせいで転倒した寿羽を、さらに触手が襲う。とっさに掲げた腕に、ザックリと刃が傷をつける。切断はされなかったものの、切られた腕からは血がダラダラと流れだし、腕の力が抜ける。
「寿羽さん! 能力で腕にコンクリートを!」
寿羽のそばに、八鹿が駆け寄る。
「早く!」
寿羽の腕がダラリと床に垂れ下がり、触れたところから灰色のコンクリートに変わっていく。皮膚の表面がコンクリートになったおかげで、出血は止まったようだ。
うなり声を上げながら、ザックハードは次々と触手を振り上げる。
しかし突然、その触手は先端から切断された。
「うぐぅ!」
いきなりの出来事に触手を見つめるザックハード。
だが、惚けている暇など与えず、ザックハードに第二波が襲いかかる。
「ガッ……」
防ごうとして繰り出される触手を、難なく切断していく。がら空きになったボディを守ろうとした右腕を、ブーメランのように弧を描いた何かが切り落とした。
右腕が落ち、その場に肩膝をつくザックハード。
「遅い、遅すぎますね……哀れみを覚えるほどです」
肩より少し下くらいのロングヘアーの少女はつまらなそうに言う。彼女の周りには鋭い刃がついた円盤二枚が浮かび上がり、彼女を中心に高速で周回している。彼女こそさっきまで寿羽のそばで寄り添っていた出知八鹿であった。
八鹿が冷めた目で見つめる中、ザックハードが右腕をかばいながらよろよろと立ち上がる。
「少し、眠っててください」
コンクリートの破片を拾った八鹿が、ザックハードの頭めがけ、プロ野球選手顔負けの投球フォームで投げつけた。弾丸のように一直線に飛んだ破片は、一定の速さで加速しながらザックハードの頭に激突する。
「ガフッ……」
意識が朦朧とする中、ザックハードは一本だけ再生した触手を横薙ぎに振り払った。周囲に散らばっていた破片が八鹿や寿羽に向かって飛んでくる。
しかし、あの高速で動き回る円盤が飛んでくる破片を撃ち落とすことに苦はなかった。二枚の円盤が八鹿の前方を縦横無尽に動きまわり、一つとして破片を寿羽のほうへ寄越さない。
そしてもう一度、飛んでくる破片の中の一つを八鹿は掴みとり、投げ飛ばす。弧を描いた破片はザックハードの頭にぶちあたり、今度こそ意識を奪った――。