ロスト・チケット①
あの日の事故で、寿羽たちは大きなダメージを受けた。重傷者二人、死亡者一人。八鹿の祖父、万次がすぐに救急車を呼んだおかげで二人は一命を取り留め、少しでも遅れていたら危なかったという事だった。
「――てことはつまり、私の代わりにお姉ちゃんが死んだってことなんだね」
翌日、病院のベッドの上で目を覚ました寿羽は、身体中の傷が全て消えていて、自分の身体が祝のものだと気がついた。
八鹿は言った。「はい、魂を入れ替える能力で……」
ちょうど病室に入ってきた八鹿を捕まえ、説明を求めると、昨日、寿羽の姉、祝は、すでに満身創痍の状態だった寿羽と自らの能力で魂を入れ替え、寿羽の代わりに死んだのだということだった。
「……咲葵ちゃんは?」
「……それが、まだ目覚めていません。死んでもおかしくないほどの重傷だったそうですから」
咲葵のベッドサイドモニタには一定の感覚で脈拍が波打っている。
「八鹿ちゃんもひどい怪我だよ……」
「大丈夫です、この程度」
左腕を首から吊るし、右足を引きずって右腕は松葉杖をつきながら八鹿は答える。
「寿羽さん、あの男が一体何者か、少し話しましょう。私がまだ小学生くらいの時、父と一緒に京都へ行ったときのこと。私は父の仕事に同行した帰りでした。あいつは気がつけば目の前に立っていたんです。一瞬で周りの空気が歪んだかのような圧迫感、私はすぐにこれは危険だと判断し、父に逃げるよう説得しました。しかし、父は私を突き飛ばし、私だけ逃げるように言いました。今考えれば、それが懸命な判断だったと思います。直後、あいつの飛び蹴りが、父の首を跳ね飛ばしたのです。私は恐怖しました。圧倒的パワーに、そのスピードに。何とか私は逃げきり、父の友人の家に逃げ込みましたが……」
八鹿は遠い目をして言った。
「それ以降、乙夜鳳花の行方はわかりません。しかし幼いながら私は思いました。あの男を野放しにはできないと」
「……行こう、八鹿ちゃん。動機は分からないけど、どう考えても異常だよ。人を殺すことに対して何とも思ってない。何よりお姉ちゃんの――確実に倒さなくちゃ……」
「言われなくてもそう言うつもりでしたよ。中身は寿羽さんでも、身体は祝さんです。狙われる可能性は高いですから」
――三日後。
今日退院した寿羽たちは病院の中庭で身体がしっかり動くかどうか確かめていた。
「八鹿ちゃん、身体の調子は?」
「もう全然大丈夫です。能力も問題なく使えます」
小石を空に放り、首の周りを数周させると、再び手の中に戻した。
「八鹿! 寿羽!」
パタパタという足音と共に、名前を呼ぶ声が聞こえた――振り向けば、寿羽たちの方に咲葵が駆けてくる。
ところどころに包帯を巻き、走り方も少しぎこちない。
「咲葵ちゃん! 駄目だよ安静にしてなきゃ!」
「平気よ、それより聞いて」
「――え? 乙夜の居場所がわかった?」
咲葵からの報告によると、乙夜が潜伏していると見られるビルが炙りだせたとのこと。それを聞いた寿羽と八鹿はきょとんとして顔を見合わせる。
「ええ、三日のうちに探偵が見つけてくれたわ」
「……案外簡単に見つかるもんなんですね」
「さっそく行ってみよう! 善は急げ、だよ!」
「……そうね、私も行くわ」
「咲葵さんはだめですよ」
咲葵を止める声が出た。八鹿だ。
「え?」
「まだ退院してないじゃないですか」
「……大丈――」
「ダメです」
「……はい」
寿羽は八鹿に向き直る。二人は黙って頷いた。
「咲葵さん……携帯の方に位置情報を送っていただけますか」
「え、ええ、もちろん」
「行きましょう寿羽さん。善は急げ、ですよ」
二人は駅まで急ぎ、改札を抜け、東海道線に乗り込むと、座席に座って一息つく。目的の駅まで三駅ほどある。
「――妙ですね」
「どうしたの?」
「いや、隣の車両には人がいるのに、なんでこの車両には誰もいないのかと思いまして……」
「言われてみれば……」
そう言って手すりに寄りかかろうとして、手で掴もうとした時だった。まるで芋虫がうねるように、手すりが一瞬動いたのだ。
「――ヒッ!」
「どうしました寿羽さん」
「今、この手すり、動いた!」
「どういう――まさか、能力者ですか!」
「もしかしたらそうかもしれない……八鹿ちゃん! 上ッ!」
「しまっ――」
いつの間にか網棚の棒が下がって八鹿の首を引っ掛け、上に持ち上げていた。
「ウッ――」