スマートでない!
「アキってほんとに新しい物好きだよね。」
授業を終わって街中の大型書店に繰り出そうという道すがら、ミカは突然話を振った。
「えっー、そうかなぁ。好きなものは好きだけど、嫌いなものは全然なんだけどな。」
夏も近づこうというこの季節、薄手の制服は少し汗ばむものの風は気持ちいい。街路樹は見事な緑色を誇っており、日差しを浴びて輝きを増している。
「だって、この前も新しいオモチャ買ってたでしょ。」
「オモチャじゃないって。」
「その上で、メ・カ・オ・タ・ク。」
笑いながら長身のアキの肩をぽんと叩く小柄で色白なミカの手は、驚くほどに華奢で繊細だ。
髪を三つ編みにして眼鏡をかけたその容姿は、まさに文学少女と呼ぶのにふさわしいものだが、本人はその読書量にも関わらず文学は嫌いだと言い張っている。
学校から駅まで続く坂道は、部活動に参加していない女子高生達が様々なグループを作って話題に花を咲かせている。その姿はまるで、草むらの雲雀のように元気で騒々しい。
「オタクはやめてよ。趣味人と言ってほしいわ。」
アキはロングヘアーをなびかせながら、口を軽く膨らませて怒った様子を示すが、もちろんそれは会話の一要素に過ぎない。
「なのに、電話だけはスマホに替えないのって不思議だなぁ。どうして?」
「いいじゃない、そんなこと。」
「いやいや、重大な問題だ。」
ミカが笑いながら突っ込み続ける。
「だから、今の携帯で十分だからってことで。」
右手でごめんのポーズを取るアキの態度はおどけているようにも見えるが、実は真剣だと言うのは付き合いの長いミカにはよくわかっていた。彼女はバカが付くほどに生真面目なのだ。
もっとも彼女の持っている携帯はただの携帯ではない。彼女の手によりカスタマイズされた特別版である。それは非常にレトロでかつメカニカルなもので、彼女なりの可変性の美を追求した一品だ。
実際、ミカはアキがスマホを使わない理由をなんとなくではあるが判っている。彼女にとっては物理的な機能性にこそ美しさを求める性格なので、パソコンなどと比べて画面操作性に明らかに劣るスマホを使うということに耐えられないのだ。あくまで想像ではあるが、アキの心情を想像で補って代弁するならばきっとこんなところなのだろう。
『スマートフォンという名前に騙されてはいけない。そもそも多機能電話じゃないか。ところが、現実にはメインである電話機能を低下させて他の機能を増やしたものでしかない。その付加した機能とは大部分が時間つぶしに使われるそれなのだ。』
そう言えば、かつてアキがぽつんとつぶやいていたのをミカは今でもはっきりと覚えている。
「通学の電車の中で、みんなが携帯の画面を必死に見ているのをみたら怖くなったの。まるで、中毒のように感じたから。」
ミカとしてはファッションの一部として考えれば十分面白い小道具だと思うのだが、アキの選択基準はそこにはないから仕方がない。
目的地の書店は学校から電車で二駅の繁華街にある。どうせアキは専門書コーナーに居着いてしまうのだろうが、ミカには買いたい小説があった。そして、ついでと言っては何だけどたまにはアキに可愛い服でも選んで欲しかった。メカオタクとは言え、うら若き女子高生がおしゃれに興味ないというのも悲しすぎるではないか。
駅に着いた二人は改札を通りプラットホームに上がる。エスカレータではなく階段を使うのが二人のスタイル。あと2分で各駅停車が来るはずである。ホームでは夕方早い時間ではあるが電車待ちの人がざっと見渡して数十人いる。少しいつもより多い気もするが、だからと言って何かがあるわけでもない。
そんな時、ホームの先の方から大声が突然聞こえてきた。同時に大勢のざわめきも湧き起こる。
「何あれ?」
悲鳴のような声と共に、一部の客達がホームから改札へ登る階段の方に走ってくる。声の方向は人の壁があり見通せない。
「どうしたんだろ。」
アキと目を合わせたミカは、それでも興味が先に立ってしまい声の聞こえた方向近づく。
「キャー!!!」
再び耳をつんざくような叫び声が聞こえると、更に何人かがアキとミカの方に走ってきた。まるで恐ろしいものを見たような必死の形相であった。皆口々に何かを叫んでいる。そしてその原因はすぐに二人にもわかった。人の壁が波が引くように分かれていく。その向こうでナイフを持った男性が狂ったようにナイフを振り回しているのだ。
「危ないよ。逃げよ。」
先ほどまで興味津々だったミカは恐ろしくなってアキの右手を引っ張る。しかし、アキは動かない。
「ミカは逃げていて。私はすることがあるの。」
そう言うと、アキはミカに鞄を預けて騒ぎの中心の方に向かってゆっくりと歩き始める。呆然としたミカは、引き留めることもできずに立ち尽くしてしまった。
アキは、まるで散歩に行くような風体で人の壁を越えて男の前にまで歩いて行く。周囲の人たちが止めようと声を上げるものの、誰も近づきはしない。男は狂ったようにナイフを振り回しているが、まだ怪我人は出ていないようだ。怖さに立ちすくむ人はいるけれど、うずくまったり倒れている人はいないようだ。
そして、アキは凛とした姿勢で男と対峙する。右手にある携帯電話を両手に持ち替える。距離があるためはっきりとはわからないが、携帯から何かを引っ張り出しているようだ。
その携帯からは、イヤフォンのような長いのものが引っ張り出される。ただ、どう見てもあれは細い紐というか鞭にしか見えない。アキはそれを暴漢に向かって振り下ろした。二度三度と振り付ける細い鞭は暴漢のナイフを持つ手を的確に打ち付ける。
「うっ!」
男は手首をしたたかに打ち付けられて振り回していたナイフを手放し落とし、うずくまった。
そこでアキは、携帯を再び操作すると今度はもう一つのアンテナのような部品を引っ張り出すと、今度はそれが細いがしっかりとした警棒のようなものになる。
まるで流れるような動きで男に近づき、押さえている手をこの棒で上から強く叩く。男はうめき声を上げて更に丸くなった。
見事な立ち回りであった。
騒ぎを聞きつけて数人の駅員が走ってくる。
「さあ、今の内デス抑えてください。」
そう言って、アキは暴漢を駅員達に任せてさっと場を離れミカの下に駆け寄り、ちょうど入ってきた電車に一緒に乗り込んだ。まさに、疾風のごときスマートな動きだ。駅員達はアキのこの動きを止めるような余裕もなかった。
乗り込んだ電車はこの騒ぎに気づいてないように扉を閉め発車した。
そして、電車が出ると共にアキはミカに向かってぺろっと舌を出し、微笑みながら携帯の伸びていたアンテナを仕舞い込む。アキの携帯は武器の宝庫でもあった。
「ほら、この携帯の方がずっとスマートでしょ。スマートフォンと言うくらいなら、このくらい格好良くないと。」
しかし、普段はおとなしいミカもさすがにアキに突っ込まざるを得なかった。
「う~ん、アキ。やっぱりそのスマートさは携帯のとは関係ないから!」