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憑かれる

「や、、、やばい。抜け出られない!」

うかつだった。ここにだけは近寄らないようにずっと気をつけてきたというのに、こんなミスをしてしまうとは我ながら信じられない。

命綱は時間経過と共に細くなっていく。おそらくその先に待っているのは死。

 このまま抜け出せなければ、誰かが俺の死体を、そう、眠るように死んでいる亡骸を見付けることになるだろう。だから、どんなことをしても現状から抜け出さないと。タイムリミットはそれほど長くない。

 俺を誘い込んでいるのは、妄執に囚わ続けているような若い女性である。一方的に何かを口走っているが良く聞き取れないし、俺の言葉に耳を貸す気配も微塵ほどもない。容易にその場を立ち去れるなら喜んでそうしたいのだが、彼女の力が強く身動きさらままならない。

 焦りは、本来感じるはずもない冷や汗を俺に味合わせてくれる。全身が凍り付くような強烈な寒気がそこには存在しない身体の芯を貫くように走る。


 そう、彼女はおそらく古くからそこにいる地縛霊で、俺はと言えば幽体離脱を趣味としている大学生だ。以前少し離れたところから強力な力を感じて近寄るまいと強く心に決めていたというのに、今日は浮かれすぎたのかうっかりそれを忘れてしまっていたのだ。

 離脱した幽体は細い魂の糸により肉体に繋がれている。動ける範囲はたかだか100mほどの範囲。遠くに行けば行くほど糸は細くなるので、何処まで行けるかは試したことがない。弱い浮遊霊などなら囚われることもなく躱すことができるが、こうした強力な地縛霊に囚われるとどうなるかはわからない。

 幾度か浮遊霊が地縛霊に捉えられるのを見たことがあるが、そこから逃げ出すのを見たことはない。ただ、次の日には消えているので吸収されてしまうのかあるいは消滅するのかのどちらかであろう。俺の場合にどうなるかはあまり想像したくもないが、芳しくない結果であることは薄々感じている。


 そもそも霊など全く信じていなかった俺ではあるが、受験勉強時に精神集中のために瞑想を始めてからこんなことができるようになった。最初は夢かと思っていたが、そのうち幽体離脱だと考えなければ知り得ないことを見聞した結果、俺には適性があったのだろうと信じている。ちなみに誰にもこのことは話していない。話したところで容易には信じられないだろうし、信じられると別の面倒が巻き起こる。そもそも無神論者でオカルトなど信じてこなかった俺の社会的な立ち場すら危うくなるではないか。それはそれで守りたいのである。

 幽体離脱して判ったことがある。そもそも幽体なので意識しなければ自分の存在はぼんやりとしたモヤのようなものでしかない。少し固まれば暗いところでは人魂のように見えるかも知れないが、おそらく燃えたりはしていないはずだ。強く意識すれば人の形をなすこともできるようではあるが、もちろん服など着ていない。服は幽体ではないからだが、そのことを考えると人の形などになるのも恥ずかしい。そもそも、人の形になってもそれほどはっきりと人の目に触れるわけでもない。服っぽいイメージを具現化できるのかも知れないが、それをなすことは意外と難しい。


 そして、世間には意外と離脱している人は多くいる。ただ、俺が知る限りその全てが皆明確な実態も取らずに眠りながら漂っている。それに触れると幽体であることが判るのだが明確な反応はない。夢うつつでしか離脱できないのであろう。だから、幽体離脱を初めて2年になるが意識を保っているそれに俺は出会ったことがない。いや、なかった。あと、幽霊というのはやはりいるのだともよくわかった。幽霊だけではなくブラックホールのような近寄りがたい場所や、神社のような神聖な場所もむき出しの霊体にはよく感じ取れた。それ以来、普段でも嫌な場所には近づかなくなったものである。

 結果として、幽体離脱は俺にとっての最高の気分転換法となったわけだ。


 そんな俺が今日なぜこんな事態に陥ってしまったかというと、初めて意識がある離脱幽体を見付けたからである。その若い女性というか、ショートカットの中学生くらいの少女であろうか。空中を気持ちよさそうに歩いていたのを偶然見かけたのであった。更に言えば、彼女の幽体は見事に制服らしきものまで実体化しており、その見事さに正直打ちのめされてしまったのである。

 ただ、俺が声をかけても彼女は見向きもしないで歩き続けるだけ。ひょっとしたら無意識なのかと考えもしたが、繰り返して声をかける俺のことを鬱陶しそうに振り払う行動を示してようやく意識があることがわかったのである。


 そんな彼女に興味が湧いた俺は、声をかけるのは少々諦めて彼女の後を追いかけることとした。そもそも幽体離脱の体験は非常に面白いものの、そこで話し合える人間がいないと言うことが同時に絶大なる退屈をも味合わせてくれたのだ。幽体故にいたずらができるわけでもなく、あまり遠くまで行くこともできない。となれば実質的に夢を見ているのと大して変わらない。それが同じように意識のある人と共に体験できるなら、それはもはや現実と変わらないものとして大いなる価値を俺にもたらしてくれるだろう。だからこそ無視されても彼女の後を追ってしまい、そしていつもなら近づくはずもないこんな場所に来てしまった訳だが、そのことを悔やむよりも今はこの囚われた状況から如何に脱出するかが何より重要だ。


 ところがこの女性地縛霊、想像以上に難敵である。なにせ、俺の放つ言葉には一切耳を貸さずにおそらく呪詛の言葉だと思うがそっれをつぶやき続けている。もう何年くらいここに留まっているのだろう。長い時間経過がものを考えるという習慣を完全に失わせてしまっているのかも知れない。

 できることなら力尽くで逃げ出したいのだが、これも俺の幽体をがっちりと捕らえて放さない。そもそも形すらが曖昧な幽体であるはずなのに捕まるとはどう言うことなのだ。

 気持ちを強く持たなければギリギリと身体を締め付けられるような感じである。すなわち、逆に言えば気持ちを強く持てば脱出できるかも知れない。そう考えて、実体化を図る時よりももっと強い気持ちで自分が逃げ出す姿をイメージする。俺が強く念じれば念じるほどに、この地縛霊の女性も力を強めてくる。負けるわけにはいかない。


「うぐぅぅ。」

 思わず、唸り声が漏れる。女は呪詛の言葉もか細くなって、俺を拘束することに必死な感じだ。よし、この感じだともう少しで脱出できそうだ。最後にもっと強く念じようとした時、目の前がくらむような強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。とりあえず、脱出には成功したようだが何が起こったのかは判らない。


 そのまばゆい光の中から、先ほど追いかけていた少女が現れる。

「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ。」

「えっ?」

「あの地縛霊、なかなか厄介なヤツだったので私一人では手をこまねいていたの。あなたのおかげで無理矢理だけど駆除できたわ。」

「駆除?除霊のこと?」

「除霊じゃないわ。駆除よ。もうああなると、人の言葉なんかには耳を貸さないの。おそらく自分が何を恨んでいるのかさえ判らなくなっているでしょうね。だから、強制的に消滅させるしかないのよ。」

「どういう意味ですか。。。??」

 少女とは思えない大人びた言葉に、思わず敬語を用いてしまう。

「ああ、やっぱりあなたは霊媒師じゃなかったのね。そうだとは感じていたけど、あまりに力が強いのでやっぱりちょっと勘違いしちゃっていたわ。」

「俺は単なる大学生ですけど。」

「それは見れば判るわよ。姿を大して変えられないことであなたの力量もね。さっきの地縛霊はとても力が強くて、正面から力業で押しても私じゃ駆除できなかったからいろいろと作戦を練っていたところだったんだけど、あいつがあなたに集中していてくれたので楽に駆除できたのよ。」

「で、あなたは霊媒師なんですか?」

「そう、先祖代々ね。それよりも、よかったら今後は私の助手をしない?今日の見ていてあなたは見込みがありそうだと思うのよ。」

「えっ?俺が霊媒師の?」

「あくまで助手よ。でもこんな体験滅多にできないわよ。しかもこんなに可憐な姿の女性とお近づきになるってあまりないことでしょ。」

 有無を言わせずまくし立てる彼女の勢いに、俺は何もわからないままに思わず頷いてしまった。

「了解ね。じゃあ、明日からも忙しくなるわよ。」


 今にして思えば、あの地縛霊に捕まったままの方が良かったかも知れない。仮にそれが死に至る苦痛だったとしても、今の彼女の相手をするよりは。

 なにせ、彼女の除霊は無茶苦茶だ。勢い任せで霊を消滅させてしまう。俺も助手をすることになっていろいろと調べてみたが、やはり多くの場合はそんな無茶苦茶はしないのである。きちんと説得して納得づくでの除霊が大原則だった。彼女はと言えば、俺を囮にして霊に向かって力をぶっ放すだけ。

 勢い任せ、力任せ。そして、俺はその力を辛うじて躱して生き延びている。

 そもそも最初の時のヤツでさえ、彼女の放った力が俺に当たれば俺の霊体が消滅していたのだ。

 それに気づいて抗議したが『私が当てるわけ無いでしょ。』の一言で終わり。

 逃げだそうにも、俺の姿は霊体でばっちり見られているので住所も名前も彼女にはばれている。ところが、彼女の姿は何処を探しても見あたらない。どうやら、彼女は霊体の姿そのものを変えているらしいのだ。つまり、歳がいくつなのかも性別が女性なのかも判らない。

 ただ、夜になると俺のところに来て無理矢理幽体離脱をさせるのである。


 これって、霊に取り付かれたのよりもタチが悪いってことなんだろうな。

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