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全国共通就職検定試験

「おい、川辺。活験の勉強してるか?」

普段はのんびりしているサークルの友人の豊田が、珍しく真剣な面持ちで話しかけてきた。

「ああ、こればかりは大学の先生も当てにはならないからな。自分でやるしかないだろう。」

「勇治なんて予備校に行くらしいぞ。俺は、遊んでばかりで金貯めてないからなぁ。」

「しかし、昔の人たちは良いよな。大学合格すればあとは一部を除いて大して勉強しなくて良かったんだから。今や、普通の講義も五月蠅くて単位取るのにきゅうきゅうしている上に卒論も大変なのに、加えて活験だろ。大学入ってまで受験地獄が続くと思わなかった。」


「活験」とは「全国共通就職技能検定試験」のことである。「活」とは就職活動の「活」であり、正式名称の省略形ではないのだが今はこちらの方が定着している。

 一時期、不況の進行も手伝って大学3年生での就職活動開始が一般的となった時期もあったため、就職活動という必ずしも建設的でない行為に学生も企業も大きな手間と労力を費やしているのは日本にとって有益ではないとの建前において、厚生労働省と人事院の組織存続をかけて始まったこの試験。基本的には、公務員試験の発展形式であるのだが少々違う部分も存在する。というか、むしろかなりユニークなものとなっている。結果は原則として番号により公表され、その段階では企業側に個人が特定されることはない。

 この試験を受験できるのは、大学の3年生以上で卒業に必要な単位を既に取得していることである。多くの場合には4年生にならないと単位取得が追いつかないため、4年生、修士課程の2年生と、就職浪人生がチャレンジする。さらに、これには海外からのチャレンジも可能となっている。原則は英語による試験ではあるが、日本企業に就職を希望する外国人も受験費用さえ払えばチャレンジできるのだ。


 もっとも最終的に採用を決めるのは企業の方であるので、当然ながら大手企業になれば独自の2次試験や面接なども課される。ただ、この活験が8月に行われるため実質的な就職活動は4年生になってこの活験を受けた後に行われることとなっている。この点では大学側より特に評価されているようだ。

 活験の成績により就職活動のための資料を取り寄せる企業も自ずと選択される。門戸は狭くなるが確実性は高まると言うことだ。企業によっては活験を利用しないところも確かにあるのだが、こうした企業は倍率が恐ろしく高い。自ずと、大部分の学生はこの試験を受けざるを得ない。

 また、活験には再雇用者のための「再活験」というのもある。試験が再就職のバックデータとして利用される。こちらはかなり専門的な試験と言われるが、川辺ら大学生には直接関係ないのであまり詳しくは知らない。ちなみにこの活験には高校生・高専生用も存在する。


 要するに企業と大学側の就職活動の手間を省く意味で、就職共通1次試験を行っているということである。ただ、受験する側からすればこれは一大事なのだ。大学での成績も加味されるとは言え、この試験の結果が就職難のこの時代においては大きな意味を持つのは間違いない。


「もう3月だし、本格的に勉強しないと就職にあぶれてしまうからなぁ。」

豊田は確か大学院には行かないと言っていたので、4年卒の状況では一発勝負と言うことになる。

「俺は大学院と併願だから、正直ちょっと身が入ってないな。これじゃいけないんだけどな。」

川辺の本命は大学院の修士課程に進むことであって就職ではない。それでも、大学院も合格率70%程度と言うこともあってこの両者を併願する学生は非常に多い。

「お前は理系だからな。理系は修士に進まないと試験受けても意味がないんだろ。」

「意味がないって訳じゃないけど、確かに志望は下げないと駄目だよな。同じ企業に入っても研究職に着けるのと、営業に回されるのでは大違いだからな。」

「文系の俺は、修士行ってもあまりメリットないからな。あ~あ、俺も理系行けば良かった。そうすれば、3回も活験受けるチャンスがあるのに。」

「おいおい、それだけで進路決めるのはおかしいだろ。」

「いや、実際そんなもんだ。バブル期ならともかく、今みたいな不景気では文系の給料の方が理系よりやすいからな。やっぱり進路間違ったよな。」

豊田の嘆きを聞き流しながら、川辺は別のことに思いを馳せていた。


 それは、5年前より本格的に始まったこの活験制度。この制度は本当に日本のためになっているかどうかである。確かに企業は曖昧な大学の成績などではなく、より客観的な試験結果により採用する学生を選ぶチャンスを手に入れた。そのために費やされる無駄な資料や人員などを割かなくて良いので、大幅な経費削減にもなるだろう。さらに言えば、この試験のための受験本が売れ予備校ができるなど、新たな雇用も確実に生み出している。そう言う意味では日本にとってメリットがない訳じゃない。

 ただ、心の底に枠漠然とした違和感は感じずにはいられないのだ。


 就職って、そこまで画一的にするべきものなのだろうか。

そんな試験をくぐり抜けたからと言って何がわかるのだろうか。。。と。



 その頃人事院のある部屋では密かにこんな話が行われていた。

「鍋島君、この試験の真の意味はわかるかい。」

「はい、どうしても卒業に厳しい規制をかけられない日本の大学で、それに代わる勉強の機会を与えるものです。これが日本の新たな活力を生み出すことと認識していますが、それでよろしいいでしょうか、課長。」

「それは建前だってことは君もよく知っているだろう。そんな返事を期待しているわけではないのだが、、、わかっているだろう。」

「では、この場では遠慮せずに。」

「日本人を試験の連続で従順な状態に置くことかと思っております。試験は、人の思考をそこに集中させるため別の考えに思いを及ぼす機会を奪います。要するに働き蟻生産システムと言えば良いでしょうか。」

「ははは、わかっているようだね。大学なんて自由な時間を与えるから、日本人は怠惰になったのだよ。その時間を無くせば、もっと働くようになる。真面目にな。」

「試験を通じた洗脳システムですね。」

「そうだ。その上で能力の高いものは公務員として採用するのだから、国の体制は盤石じゃないか。人とは、安定を得るためには少々の苦痛を我慢するものだ。それが支配されるという状況だと薄々知りながらもな。」

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