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若返りの野望

「先生、どうも容態が変です!」

モニターを見ていた助手から、突如切羽詰まった声が聞こえてきた。

「どうした?」

「若返り速度がいつもほど上がっていません。このままいけば、想定年齢に到達しないまま終了してしまいます。いえ、かなり手前で止まってしまいそうです。」

「どの程度だ?」

「はっきりとはわかりませんが、20歳前後かと思います。。。。。追加投与しますか?」

 緊迫したやりとりが続く。助手は最後の手段を用いるかどうかの確認をしてきている。


 ここは隔離された政府系研究施設の一室である。そして、先生と呼ばれる男はここで政府が指定した権力者あるいは高い才能を有した高齢者を若返らせている。

「いや、体質的に進行が遅いだけかもしれない。もう少し様子を見よう。」

「君は今すぐ、昨日行った検査データを詳細に再チェックしてくれ!」


 もう一人のスタッフにこう命じたものの、腹は最初から決まっている。さらなる追加等薬をするつもりはない。

「でもこのまま行けば、この方は断片的に破壊された記憶と青年の身体を持つ極めて不安定な状態になってしまいます。その後きちんと成長できるかどうか。。」

助手が心配そうに聞いてくる。

「やむを得ん。追加投薬によって体内児レベル以下にまで戻ってしまった方が生存確率が減少する。教育によりカバーして貰うしかあるまい。」


 苦々しい顔つきで、しかし諭すようにゆっくりと下手な反論は許さない威厳を持って助手に説明した。

「わかりました。このまま経過を継続してモニタします。」


 助手も軽い疑問を抱いたように見えたが、それでも席に戻って計器のチェックを再開する。

「では部屋に戻っているので、結果が確定したら連絡してくれ。」

そう言って、自分の研究室に戻る。



 男の開発した若返り薬は、権力者や富裕層に信じられないような希望を授けることとなった。若返りにより、人生をもう一度取り戻せるチャンスが与えられるのである。

 もちろん、全てが思い通りになるわけではない。若返り時には体が幼く戻ると同時に記憶も消えてしまうため、中途半端な年齢に若返りをセットすることが出来ない。だから肉体年齢と脳がバランスするレベル、概ね1歳時点までの若返りを目指して薬の投与を行うことになる。

 少なくとも、マウス実験では若返り後もかつての寿命とほぼ同程度になることはわかっている。人間の場合の実証は今後の成果をもって計ることになるが、理論的には変わらないはずだ。


 この技術を使えば、現在世の中で問題とされる少子高齢化など何の懸念もなくなる。何しろ皆が子供に戻れる。高齢者など世の中から一掃することも可能だ。

 このようにまるで夢のような薬ではあるが、残念ながらこの薬が一般に広まることはない。現状、政府の下で極秘裏に一部の人間のみが若返りの恩恵に浴してる。当たり前の話ではあるが理由は単純だ。この薬は取り扱いが極めて難しいだけでなく、大変危険な存在であるからだ。それ故、情報の絶対的でかつ厳密な管理が必要であることによる。


 具体的にはこういうことである。この技術は身体的には大人を子供に戻すことができるが、それはあくまで細胞レベルのそれを未分化な状況に戻すのみ。少しの投与でも身体全体が若返ろうとするため、脳内の記憶も断片化されてしまう。

 即ち、下手に用いれば単純な記憶だけでなく本能以外の部分を全て失ってしまいかねない。これを兵器として利用すれば、ピンポイントで重要人物の記憶を失わせたり、あるいは薄く広く空中散布することにより多くの人々の記憶を局所的に消すことも可能であろう。すなわち、人を殺すこともなく環境に悪影響も与えずに社会に大混乱を生じさせることができる恐ろしい兵器ともなり得る。


 この悪魔のような薬ではあるが、究極の若返り実現という事実はそれを上回って余りある甘美さを備えている。子供時代からもう一度成長しなければならないという時間的な代償を払ってでも、渇望する者が後を絶たない。

 それ故、政府が一定の基準に合致すると認めて極秘裏に選んだ特定の高齢者を少しずつ若返らせている。10年前から始まったこのプロジェクトは既に100人以上の高齢者を子供に変えた。

 薬の効き目は人によって多少異なり、ほんの乳飲み子の頃に戻る者もいれば3歳程度にまでしか戻らない者もいる。しかし、その程度の違いはきめ細かな教育により十分カバーできる。そして、若返った者たちは特別な施設により教育が施される。もちろん、教育を担当する職員達にも子供達が若返ったものだとは知らされてはいない。情報は最大限秘匿されている。

 ちなみに、若返った子供のうち最も成長した者は既に小学校で傑出した成績を上げていると聞く。もちろん彼らに以前の人生の記憶は存在しないし、それは教えない方針である。下手な権利意識を生じさせない予防的措置でもあった。


 先ほどの老人も、一代で世界に勝負できる医療器企業を築き上げたその筋では名の通った有名人だった。若返った人たちが新たな人生で再び成功を収めるかどうかはわからない。それでも、有象無象の国民から秀でた若者が生まれてくることを期待するよりは社会に役立つ可能性は大幅に高いだろう。

 なお若返りの代償として彼らの財産はごく一部の相続分を残すものの、基本的に全て政府に徴収されることになっている。それを同意できなければ第二の人生を歩むことは許されない。成功者達は死亡したこととなり、新たな戸籍が国から与えられる。

 国としては滞りがちな高齢者、しかも多くを有する成功者達の財産を確実に徴収することができ、同時に新たな高い能力のあるであろう人材を確実に得る。考えるまでもなく損の全くない計画である。


 もっとも、この薬にもう一つ特別なリスクが存在する。それは投薬量を厳密に管理しなければ効果が暴走してしまう。あくまでマウス実験の結果だが、最初の投薬から少し時間をおいて追加投薬を行った場合、追加量が僅かであっても過剰反応により一気に卵子レベルまで戻ってしまうのだ。そこまで戻ってしまうと、きちんと成長できるという保証が得られない。人間で試したわけではないがリスクは高い。


 だからこそ、この老人のようなケースは大きな問題になってくる。



 さて、助手達には今回の失敗を納得して貰わなければ困る。この不完全な形で若返った老人には本当に申し訳ないが、20歳程度までしか戻らないように調整したのは何を隠そう私なのだ。おそらく若返った老人にどのような教育を施そうとも、もはや通常の人格を取り戻すことはない。十分に若返らなかったため脳内に不自然に残る破壊された記憶が影響して、彼の脳は再びきちんとした成長をできない。そして、今回の失敗こそが10年以上閉じられたこの研究所から私を救い出してくれる切り札でもあるのだ。

 政府はこの技術を漏らさぬために、先生と呼びつつ私のみを幽閉した。若返り技術が完成して以来、私が自由に外に出ることは決して許可されることはなかった。それどころか、常に厳重な監視の目が張り付いている。もちろんこの施設内ではVIP待遇ではあるものの、自由など何もなく奴隷と何も変わらない。


 今回の失敗により、詰問のために外に運び出されることは過去の経験からわかっている。そして今回は、移動の途上私を強奪してもらう算段が既についている。逃亡を手助けしてくれるのは先ほどの不幸な老人の息子であり、私の大学時代の友人でもある男性だ。

 私がここに幽閉されているのを知り、同時に老いてなお暴君として振る舞い続けた父親を引退させるために若返りの情報を流したのである。老人はまんまと飛びついた。私は彼と密かに計画を練り、今まさに逃げ出すチャンスを得ようとしている。

 この老人には本当に申し訳ないと思いつつも、何年もの間失っていた笑いの感情が込み上げてくるのを抑えきれなかった。



 同時刻、とあるビルの一室に先ほど廃人にされたはずの老人が恰幅の良い部下を数人従え、以前のように老いたままの姿で報告書をじっくりと眺めている。

「馬鹿な男だ。何も知らずに浮かれておる。囲われる籠が変わるだけだというのにな。」

「御前、アレが替え玉の役者崩れだとは全く気づいていないようですな。」

「うむ。これで我々の生み出した記憶転写技術と組み合わせれば完璧だ。ワシは再び記憶を維持したまま若返り、この技術により世界を席巻できる。」

 暗い一室にギラギラ光る野心が妖しい光を放っていた。





 数日後、先生と呼ばれた男は予定どおり強奪され、研究所はパニックのような大騒ぎとなっている。

「放って置いて良いのですか。」スタッフが助手に声をかける。

「構わない、次の影武者はもう用意している。そして博士は奇跡の生還となる。」

 実は記憶を残したまま任意に若返る技術は既に完成していた。ただし、それは20歳の助手として偽っている本物の私とスタッフにのみ施術されている。加えてスタッフの一部は、密かに政府の教育機関に配属されている。当然、これらの事実は政府にも秘密のこと。政府とは言っても実質的には無責任な官僚組織と烏合の政治家たちしかいない。彼らにこの計画と日本の将来を任せることなどできるはずもない。

 奪われた男は多少の整形と巨力な催眠暗示により私の身代わりをさせている素人だ。彼は実質的に何の知識も有していないし、時間が経てば催眠効果も薄れるだろう。

「強欲共にはせいぜい落胆して貰おう。でも、何度目かな。私が拉致されるのは。」

「さあ、もう数えていません。でも、まだまだ野望実現には時間がかかりますからね。」


 研究室にはスタッフ達の大きな笑い声が響き渡った。

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