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父と海

 あの震災が実は父が引き起こしたものだとしたら、世間の人はどんな罵声を私達家族に浴びせかけるだろうか。


「ねえ、お父さんの墓参り行く?」

「行くわけないだろ!なんであんなやつの墓になんて。」

 もう何度交わしたであろうか、妹の由紀と私の繰り返されるやりとり。私にとって、父は忌避すべき対象なのだ。

 父無き私達家族は現在、古びた文化住宅で母と子供三人で密やかに暮らしている。なるべく誰とも関わらないように、でも社会から逃避するわけでもなく都会の中の雑多な町の一角で生き続けている。あの忌まわしき父の記憶を忘れ去らないように、そしていつかこの経験が役立つことがあるように。


「あいつは、結果がどうなるかを十分予想しておきながら、それでも実験を止めなかったんだ。あの震災で何人が死んだと思っているんだ。」

「でも、死んでしまった人に罪はないわ。それに私達は親戚もほとんどいないのよ。私達以外に誰がお父さんの供養をできるの?」

「供養なんて俺はしたくないし、そもそもする必要もない。」


 お盆や彼岸という節目の日が近づくと、ちょっとした考え方の違いから妹と口論になってしまうから、私はこうした仏事が大嫌いなのだ。母はこのことに対して何も言わない。言いたくないのかも知れないしあるいは考えるのも口惜しいのかもしれないが、その本心は父が亡くなって2年が経過するも我が子である私にも明かしてくれることはなかった。


「でも、このままじゃお兄ちゃん何も変われないよ。いつまでもお父さんの影を忘れられないのはお兄ちゃんの方じゃない。」

 そう言うと、妹の由紀は奥の部屋へ引っ込んでしまった。古びた狭い台所のテーブル椅子に座りながら、私は冷めてしまった飲みかけの湯飲みを見つめる。頭ではわかっているのだ。いつまでも父の亡霊の囚われていても仕方がない事を。ただ、私が知る事実のみが私を同じ場所に拘束し続けているのだ。

 私は研究者だった父の私的な助手をしていた。どちらかと言えば学会の本流とは外れた世界を歩んでいた父を、昔から頑固で融通の利かない人だとは思っていたがそれでも決して嫌いではなかった。父の研究テーマは論理言語学。万年大学講師ではあったが、巨大私立大学で情報系の学科で教鞭も執っていた。ただ、理論体系は普通でも取り扱っていたものが異端であったために、キワモノ扱いされていたのは想像のとおり。父は、地球活動を言語として捉えようとしていたのだ。


 それはガイア理論の初期の扱いと同じように地球全体を生命として取り扱うような研究として学会本流には見向きもされなかったが、コンピュータを利用したデータマイニングの技法を用いて地球の「言葉」を体系化しようとしていたのだ。

 その中でも父は特に海を一個の巨大な生命体と見なして海とのコンタクトを取ろうと、集めたデータのパターンから言語に相当すると思われる発信を振動を通じて行っていた。それは、地盤を振動させながらもその周波数を言葉に見立てて変化させるという形で試みるものであった。


 もっとも、そんな荒唐無稽な行いを常日頃から行っていたものであるから、研究資金などもどこからも得る事が出来ずに結果的に生活費を削って費用を用立てるという日々が長年続いていた。それ故に生活は日々困窮し欲しいものも買ってもらえない子供時代ではあったが、それでも夢に向かって邁進する父親像が疎ましく感じられた事はなかった。

 しかし、父親から成果が得られたと聞かされた私は大きな疑念を抱かざるを得なかった。父が言う海とのコミュニケーションは、地震という結果を持って現れたのだから。もちろん最初から古代自身という結果が出たわけではない。むしろ、そうであれば逆に私は関連性を疑ってかかるであろう。

 父が与え続けてきた刺激に呼応するように、マグニチュード2~3の超微弱地震が発生したのを父は嬉々として語っていたのを覚えている。父は、それを巨大な生命体である海との会話であると考えたようだ。その地震の発生パターンを言語化しようとしていたのだ。もっともその反応が言語であったとしても、事例数が少なすぎてとてもではないが言語化には至らないだろうことは、当時大学生であった私にも余裕でわかることであったが、結果に舞い上がっていた父がそれに気づく事など無かった。


 その後数年間は実を言えばあまり芳しくない結果が続き、私が父の研究を片手間ではあるが手伝うようになった3年前、あの巨大地震を引き起こしたのだ。それは、研究が行き詰まっていただけに結果を急ぎすぎた父の焦りがそうさせたのか、あるいは何かの偶然が重なって生まれたのかはわからない。ただ、それでも大きな反応が大きな地震になって跳ね返ってくることは最初からわかっていた。

 それは地球物理学を研究の道としていた私からすれば、地球全体の生態系のバランスがガイア理論の根幹であり、それに刺激を与えるという事はそのバランスを崩すという事でもあるのだから、海との会話などと言うファンタジーではなく当然予想されるべき事態だったのだ。極端な刺激は極端な結果を招く。


 それでも私の諫言は父の心には届かなかった。それが悔しさでもあるし、そして引き起こしてしまった被害の大きさは誰に対しても申し開きの出来る事ではない。


 そして、私がもっとも許せない事は父はその時喜んだのである。


 私は自分なりの研究成果として、あの父の実験は地球という強大な生態系バランスに与えた一種の刺激であり、仮に地球を生物と見立てるとしても単に「地球がくすぐったがった」という結果ではないかとしか思えないのだ。そこには意思の疎通は見られない。生物学的反応に過ぎないものを、海という巨大生命体とのコンタクトとして決めつけてしまった父を、研究者としてもやはり許せないでいる。

 父は異端であったからこそ、彼の研究成果が誰かに悪用されるような事は現時点でない。私はと言えば、それが為される事がないように家族でひっそりと暮らすとともに、それでも後世に父の研究成果に私のものを積み重ねて、地球という巨大な生物複合体に関する研究成果を残していく事が使命だと思っている。


 ただ、それでも父を感情的に許せないのは結局自分も父と同じ研究の道につきながら、このような隠遁生活に近い状況になっている事の恨みなのかもしれない。

 そう思いながら、お変わりのお茶を自分で注ぎため息をついた。


 その時奥の部屋では私と別の研究の世界に入った妹が呟いていた。

「お兄ちゃんもわかってないわね。あれはお父さんが海という巨大生命体に命を注ぎ込んだのよ。だから、もうすぐ島が生まれるわ。なぜ「母なる海」と呼ばれていると思っているの。何も生命だけが海から生まれた訳じゃない。陸地こそが海が生み出した最大の存在。マグマを刺激して隆起させる。だから、後数年後に生まれてくる島は、言えば私達の弟、、、いえ、妹かしら。それが結果を残すまでは発表できないけどね。」

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