彼女は○○屋志望
今となっては懐かしく感じることではあるが、今から話すのは俺と彼女の高校時代のエピソードである。ごく普通の高校生だった俺は、ごく普通に恋をして、ごく普通に告白した。そこまでは、特段語るほどのことはないごく普通の日常の出来事でしかなかった。ただ、真面目で温和しいだけと思っていた彼女の秘密を知るまでは。
「俺と付き合ってください!」
生涯初めての告白は俺の16歳の誕生日だった。
やっと掴んだ絶好のチャンス。言葉足らずで不格好なのはご愛敬。
校舎の裏で彼女に向かって深くお辞儀をしてお願いをする。
これまでも何度も告白しようとチャレンジしてきたのだが、なぜか上手くタイミングが合わずに何度も逃してきた。
ようやく掴んだ機会である。悔いだけは残したくない。玉砕覚悟の決断だ。
なぜ彼女かって?そりゃ、好きになってしまったのだから仕方ない。恋は盲目、あばたもえくぼ、たで食う虫も好き好き。。。とにかく、俺の感性が俺の体と心を強く突き動かしている。
高校二年生ながら、剣道部のエースで県大会でも好成績を残している俺は、その剽軽な性格も幸いして自分で言うのも何だがクラスでは人気者だ。一方彼女は、小柄で細身、無口で温和しく平凡などちらかと言えば地味でほとんど目立たないタイプ。
そして告白を受けた今の彼女はと言えば、、、俺の告白を聞いてうつむき加減に小さく震えているような気配である。気弱そうな彼女のことだ。俺の告白の迫力に飲まれてしまったのかもしれない。返事には時間がかかるかな。。そんな考えを巡らせていた。
彼女はと言うと、考えこんでいるのだろうか何かぶつぶつとつぶやいている。
「ちゃんと気配は消していたし、、気も配ってた。。。。」
「でも、私にそんな余裕はないわ。」
「いえ、上手く使えれば、、、」
俺はと言えば、お辞儀した頭を上げるタイミングを失って彼女の様子を耳から伺うしかできない。
全神経を耳に集中させて彼女の反応を分析しようと努力する。
一方の彼女はと言えば、よく聞き取れないがまだ何かをつぶやき続けている。つぶやいていると言うよりは口に出しながら考えているのかもしれない。ただ、クラスではほとんど喋らずどちらかと言えばおっとりとした感じの存在だったので、パニックにでもなっているのだろうか。
ところが、涙ながらに彼女の口から出てきた言葉は、嬉しくも激しいものだった。
「あなたのせいで何もかも台無しよ!でも、仕方がないわ。私に付き合いなさい。」
「???」
俺には何のことかよくわからなかった。これって告白成功なのか?
戸惑う俺ではあったが、兎にも角にもこうして二人はパートナーになったのだ。
それからの日々は、詳しくは語れないものの壮絶な日常に変化した。
何しろ彼女は常人とは異なる目標を持っている。独学で努力している彼女がなりたいのは、、殺し屋なのだから。
二人が秘密を共有してからは、毎日のように彼女は気づかれないように俺に近づき、本物の殺意とおもちゃのナイフや銃を利用して殺しにやって来る。俺は24時間彼女の気配を感じ取りその犯行から逃れなければならない。もちろん、パートナーの俺は彼女を最大限にサポートすることが求められる。その後の反省会で、彼女の技術を評価し、思いつくことを彼女に語らなければならない。なにせ彼女が俺を選んだのは、気配を消す練習をしていた彼女を容易に見付けたからであるらしい。いやはや、、、これは愛情だったのか?
今となっては、酸っぱいような。。。そして少し甘さと切なさが同居する思い出である。
もちろん今ではそんな浮ついたことなど言っていられる歳でもない。
そして俺は今日も街中で騒ぎを起こす。彼女の仕事をスムーズに進めさせるために。俺が煽動して警官やマスコミの目を攪乱するのである。
そう、今も俺と彼女の仲は続いている。ただ、違うこともある。
・・・今はもう甘酸っぱくはない。