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別腹

 俺の仕事は夜勤である。ただ、そのことを嫌だと思ったことは一度もない。どちらかと言えばフリーランスが多い業界ではあるが、この世知辛い時代を考えて雇われの身として暮らしている。実際、かつての仲間達からは侮蔑と嘲りの対象とされている。それでも言いたい。笑いたければ笑うがいい!俺は何よりも安定した生活を送りたいのだ。


「お邪魔しますよ。」

 今日も巡回で外回り。社の方針で日々一人暮らしの老人宅を巡回する。

 最初は拒まれることも多いが、一度上がり込めばあとは慣れたもの。嫌がられることなどはない。

 それどころか、今日も焦がれるような目で俺を待っている。そこには言葉は必要ない。


 予定どおりに1軒目の仕事を終え次の家に向かう。今日のノルマは5軒である。

 俺は、しゃかりきになってノルマをこなすこともなければ、ノルマに届かず焦ることもない。

 ある意味では黙々と計画をこなす目立たず面白味のない、だが優等生であるとも言える。

 激情に駆られて自分を見失う者も少なくないこの業界において、冷静を保ち続けられる俺のような存在はむしろ奇特な存在であろうと自認している。いや、だからこそ今の職業もソツなくこなせているわけでもある。

 数人いる同僚も、俺ほどではないものの似たタイプである。


 かつての仲間達は、気まぐれで仕事のえり好みが激しかった。だから社会から疎まれ追い詰められていったのだ。

 それを勘違いで孤高の存在だなどと偉ぶってはいるものの、現実の凋落は目も当てられないほどである。街中からは追い立てられ、多くは山奥に逃げるように去っていった。それでも過疎の地域では却ってちょっとした行動が逆に派手で目を引くものとなり、益々自分を追い込んでいくことになりかねない。だからと言って、逆に山奥から出ずに仙人のような生活で我慢できるほど枯れたいとも思わない。考えてみれば、ホントなんと自堕落で非社会的な存在であろうか。少なくとも俺にとってはそれが素晴らしい生き方だとは思えない。


 3軒目での仕事も予定時間どおりきちんと終えて、俺はさらに次の家を訪問する。

 そこでも老人が、いつものごとく熱病のように潤んだ視線で俺を待ち構えているのはわかっている。

 それにしても、今月は業務上の新規開拓が必要ないこともあってかなり余裕を持って行動できている。今日もいつも以上にスムーズに仕事を終えることができそうだ。この分だと、予定どおり今日は久しぶりの口直しにデザートまで行くことができそうだ。こっそり教えるが、俺にとっての最高のデザートがあるのさ。

 日々真面目に仕事に取り組んでいる俺ではあるが、それでもたまには気分転換くらいはしたくなる。だから社に内緒で週に一度、ほんのわずかだけ、ほんの一時の楽しみを得ることでリフレッシュしている。もちろん、面倒を起こしてクビになることだけはごめんだから、遊べるところは限定される。細心の注意を払って揉め事は避けるようにするのが、この世界で生きていくため見付けた俺なりの処世術なのだ。


 えっ?俺が何者かって?


 今日は気分も良いので少し話して聞かせよう。もはやその名を轟かせることに何の興味もない雇われの身で言うのも恥ずかしいが、俺の仕事は吸血だ。ああ、そう世間では吸血鬼・ヴァンパイアなどと呼ばれている。今では政府の一機関に所属して、高齢者の口減らしに勤しんでいる。世の中にわからない様に自然な形で高齢者を減らしを行って、人口の歪みを解消しようって高尚なことを実行している。

 しかし、なぜ雇われの身でいるのか不思議に思うだろう。ほんの数年前までは俺もそんなことなど微塵も考えなかったさ。いや、今でもその理由をきちんと整理して話せるわけではない。それでも、今の俺はこの仕事に満足している。


 深夜に今日の仕事を終えた俺は、繁華街から少し離れた目立たないビルの地下に赴く。ここは俺の知り合いの誰も知らない秘密のスポットだ。きちんと仕事をこなした結果、あまり美味くない血を山ほど飲んで嬉しくない満腹状態である。それでもデザートは別腹。これまでの義務感から解放されて飲むそれは格別なのだ。十分な年齢に達した俺ではあるが、この感激を上手く表現できる言葉を未だ知らない。

 この楽しみを知ってしまえば、他のことなどどうでも良いとさえ思えてしまう。


 さて、今日はどの娘から血をいただくとするか。極上のデザートである血を。。。



「はい、予定どおりCの試験体の首筋に取り付いています。計器によれば吸血量は現時点で150cc。」


 白衣の若い女性2人がモニタ越しにこの行為を観察している。そのうちの一人の頭にかけられた無線のヘッドフォンからは老いた男の冷徹な声が響く。

「300ccまでに抑えるように。飲ませすぎるなよ。」

「はい、いつもどおり超音波により妨害します。」

「惚けているから危険はないと思うが、十分注意するんだぞ。」

「わかっています。」


 通信終了後、ヘッドフォンを外して先輩格が小声で囁く。

「ほんと必死に吸っているわね。そんなに美味しいのかしら。」

「でも、ああなると怖さよりも可笑しさが先に来てしまいます。」と楽しそうに後輩が応える。

「ほんと。でもこの人工血液が吸血鬼にとっての強力な麻薬だなんて世の中の誰も知らないでしょうね。。こんなこと。」声を殺して笑う。

「その上、この血の吸いたさのあまり噛みついている相手が人形だってことすらわからなくなるなんて、天下の吸血鬼も形無しです。というか、ちょっと幻滅です。」と更なる笑顔で反応する。


「これ吸っていれば他の吸血まで興味を無くして従順になるんだから、私達は楽で良いわ。」

「でも、最近は警戒されて新しい吸血鬼はほとんど捕獲できなくなってしまいました。」

「そうよね。だから、こうして成分を変えて試しているのよ。こいつがこの血の臭いに気づくかどうか、そして反応がどうなるか。もっと捕まえるためには、効き目をきちんと確かめないとね。」

「考えてみれば、ちょっと哀れで、、、でもちょっと可愛いかもって思います。」

「全くだわ。さあ、そろそろ終わらせて暗示をかけましょう。」

そういうと二人は事務的な態度に戻って計器を操作し始めた。

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