幽霊を卒業
若い男女が驚くのを見て、俺はいつものように腹を抱えて笑うことができた。それほど楽しくない人生を過ごす俺にとっての、ちょっとした楽しみでもあり気分転換でもある出来事だ。ただ、俺が悪いわけではない。怖いもの見たさで見物に来るお前達が悪いのだ。こんなことを言って悪ふざけをできていたうちが最も華なのだろう。なぜなら、それは義務ではなくて楽しみなのだから。
実は、俺には子供の頃からちょっとした超能力があった。ただ悲しいかなその力を用いてもこの世の中には何の影響も及ぼさないし、当然ながら俺の懐が潤うわけでもなかった。もしそれを広めようと皆にふれ回っても、せいぜいインチキ呼ばわりされるか、あるいは想像力過多としてご厄介になりたくない病院への入院を勧められる可能性が高まるってところなのは俺にもわかる。
そう言う意味では俺が自分で自覚している超能力とは、その影響度から言えば全く「超」能力と呼べる代物ではなかった。そもそも周囲には能力として認識されることもない。ただそれでも俺は自分のこの能力を信じていたし、それが社会に何らかの影響を及ぼしているのだと言うことは強く確信していた。
もったいぶらせずに、どんな能力だったのかをさっさと教えろってか?
まあ、そう焦るな。ものには順序というものがある。まずは俺がその能力を自覚するに至った経緯から話をしよう。
初めてその能力を自覚したのは小学生の時だった。
小学生時代の俺は頭のできはほどほど運動能力もほどほど、だからと言って音楽や絵の才能があるわけでもない。自分で白状するのは何だけど、自慢できるようなものはほとんど持ち合わせていなかった。幼い頃は背が高い方だった、それも早く背が伸びると却って逆転されるケースが多い。ご多分に漏れず、俺の場合も高校になって気づけば身長も並以下になっていた。
ただそんな俺でもというか、それほど才能がなかったが故にクラスに溶け込むために、半分以上は自爆ネタではあるもののくだらないギャグを言ったり、ものまねを披露したり、あるいは下ネタをふれ回ったりで、クラスの男性諸君からはそれなりの支持を博していた。もちろん、女性陣からの蔑視の目と引き替えにである。
俺が自分の能力に初めて気づいたのは雨の日だった。数人の友達達と学校の帰りにある放置された古い倉庫で遊んでいたときだった。かくれんぼで物陰に隠れた俺は、不意に立ちくらみのような感覚に襲われたのだ。しゃがみこんだ状況で頭がくらくらと揺れ、自分の周囲の空間が視界においてぐらりと歪む。個人的には朝礼で貧血により倒れたことはないけれど、いつも身体の弱い子がよく倒れていた。想像するにその状況に近かったのではないかと思う。
ぐるぐる回る頭と、霞がかかったような視界。そして、ふわふわと浮いているような身体感覚。自分がそこにいることは自覚できるんだけど、同時に自分がこの世界にいないようなそんな二重感覚であった。そんな状態で安定せずぐるぐると視界が回る感覚ではあったが、どうもその霞の向こうにぼんやりと人らしきものが認識できる。どうやら、こんな状態の俺は音でも立てて転がったのだろうか、結果的に隠れるどころか自ら居場所を教えてしまったようだ。
ところがである。俺を見付けたはずの友人は、くらくらするためハッキリわからなかったがどうも反応が妙であった。何か喋っているようだが声は聞こえない。ぼんやりと見える姿は俺を指さして怯えているようにも感じられる。見付けたなら、大きな声で「み~つけた」と言えばよいのにだ。
そのままおれは気を失ったようで、気づいたときには友達達が心配そうに俺のまわりに集まっていた。なかなか現れない俺をみんなで捜したらしい。つまり先ほど見た人は友達達ではなかったということだ。
この経験を経てから、俺は多いときには月に数度も似たような体験をした。不思議と恐怖感はなく、また話を聞いて心配した親が連れて行った病院での検査でも何も見つからなかった。普段は特に変わった感じはない。突然訪れるその感覚にも、俺は徐々に慣れていった。今考えてみると、本当に人間とは凄いものだと思う。信じられないような体験も慣れれば日常に変わりうる。
年を経て、俺はこの自分だけの体験がどうも別の空間との干渉ではないかと思うに至った。それが何処なのかはわからない。ひょっとすると今ではなく遠い未来や過去なのかもしれない。音は聞こえずに霞がかかったような状態で人が見えるだけなので、詳しいことはわからない。ただ、それでも俺が干渉する世界で出会う人たちが俺を見て驚いているのはよくわかった。
そこで俺は大きな仮説を立てた。ひょっとすると、俺は幽霊やお化けと間違われているのではないだろうか。
空間を超えて、ひょっとすると時間すら超えて、どこかにぼんやりと出現する俺。それを見た人は、おそらく俺が普通の人間だとは思えまい。しかも、こちらはかなり慣れたとは言え頭はクラクラ、目は回るというあまり芳しい状況ではない。そんな状況を見かければ幽霊やお化けと勘違いされてもおかしくない。また、日によっては干渉する場所や状況によって頭だけが干渉している感覚を得たり、腕だけとか下半身だけって感じられることもある。慣れないうちはなかなか安定しなかった。
こうして考えれば考えるほど、俺と似たような人が結構いてそれがあちこちでの心霊現象らしきものを引き起こしてるのではないだろうかと思うのだ。俺と似たような能力を持つ人たちが、どの程度自覚しているかはわからないけれどあちこちに出没しているのではないだろうか。
ただ、世間ではそんな話題など聞いたことがない。だとすれば、そのことを明確に意識できるのが俺だと言うことであろう。
そのことに考えが至った俺は、益々能力に磨きをかけた。今では、目の前に見える霞はかなり薄まる、、、というか集中してみればかなりのことがわかるのだ。もちろん、俺はそこにいる人に触れることもできないし、多くの場合にはあっという間に逃げられる。ぽつんと残された俺は、手持ちぶさたに付近を散策できる位にまで至っている。 散策とは言っても霞がかかって遠くはよく見えないし、そこにいられる時間は長くても10分くらいなのだが、数mの距離まで近づけばさすがに多少はわかる。すると、意外と見たこともないような風景が見られて面白いのだ。だから、人に会わない時にはちょっとした旅行気分すら味わえる。出現する場所は、よくわからないが数カ所あるようで同じ場所の時もあれば違うことある。ただ、雰囲気だけを言えば牧歌的な村の感じがしないでもない。霞により全体が見渡せないのが残念だ。
そして、俺がよその場所に現れるのは夜だけではない。昼間でも関係無しにこの能力は発動されるが、どうも昼間には干渉が薄すぎてかあまり見付けられることは多くないようであった。
人は慣れるものである。最初のうちはこうした能力の発動も面白かった。音もよく聞こえない、ものにも触れられない。ふわふわとした状態で浮いているだけではあるが、場所を多少動くことができる。普通は5分ほど、長くても10分ほどで現実に戻る。慣れてしまえば飽きも来る。いつも同じようなそれではだんだんと面白くなくなってくる。そして、俺は無理矢理にでも人を探して驚かすことを楽しむようになった。即ち幽霊ライフを満喫するに至ったのだ。
何度も人を探しては驚かせ回った。霞がかかっているので遠くを見渡せず、人捜しは運試しでもある。俺が出現しているのが何処かはさっぱりわからないが、そんなことはどうでも良かった。俺に与えられた機会を最大限に楽しもうとした結果である。
しかし、愉快な時間は長続きしない。瀬嫌悪大kの人と同じように、俺も物事には必ず終わりが存在することを知ることになる。その時は突然だった。
ある日、いつもと同じように驚かせるためのターゲットを探していた俺は、地面に書いてある不思議な目印に気がついた。一体何だろうと考えて上からその印を眺めるべく、空中をふわふわと浮きながら印の上に来たとき何かが発動した。発動したという言葉がぴったりなくらい自分の周辺の空気の質が変わったのだ。どんな仕組みかは全くわからないが、俺は捕らえられてしまったのである。
捕まった俺を見て人がゾロソロと集まってくる。見せ物じゃないぞと叫ぶも、俺の声は届いてそうにない。物音や声は全く聞こえないのだが、100人近く集まった見物客達は俺を指さしながら騒がしそうに話しているようだ。というか、嬉しそうな熱気が伝わってくる。そんな熱気とは隔絶されたように俺の心は冷めていく。状況としては、鳥かごに捕らえられた鳥のように狭い空間から外に出ることができないのである。おそらく、幽霊か化け物を捕まえたなどと話題になっているのではないだろうか。
この突然の事態に焦った俺はあるが、それでもどこか楽観視していたところがあった。多分あと数分もすればここから元の世界に戻るとこがわかっていたからである。一抹の不安がなかったと言えばウソになるが、単に空間的に閉じ込められているだけなのだから元の場所に戻るに支障はないはずだと、そう考えていた。
ところがである。いくら待っても俺は元の場所に戻る気配がない。逆に、どんどんと視界がクリアになっていき、空中に浮いていた身体が徐々に重力を取り戻すように下がり始めた。
ひょっとすると、俺はここで実体になろうとしているのか!?
とんでもない事態に至ったのだとようやく気づいた俺は、突如溢れ出る気持ち悪い冷や汗を強く意識していた。
捕まった俺は一体どうなるのだ?そもそも、ここは何処なのだろう?
まさか、殺されるなんてことはないよな。
だいたい、俺が何もしなくても勝手に皆が驚いて逃げただけなのだ、俺が悪い訳じゃない。
様々な言い訳を考えていると、俺の身体はついに地面に接する。着地した。この世界でものに触れたのだ。そして、徐々にざわめき超えも聞こえ始めた。完全にこの世界に現れることになったのである。
ただ、聞こえてくる言葉は全く理解できない言葉である。周囲に集まっている人たちもじっくりと見ると日本人とは思えないし、服装も現代日本とは明らかに異なる。これまでは半分夢だと思っていたことや、霞がかかったようであまりじっくりと見てこなかったが、いざそれがわかるとここが日本でないと強く実感できる。
悪霊のたぐいとして成敗されるのか、貴重なサンプルとして実験材料にされるのか、それとも、運良く神様として崇め奉られるのか?
運を天に任せるしかないようだ。そう開き直った俺に聞き慣れた日本語が耳に入る。
「よく帰ってきた。」
「えっ?」
俺にその言葉をかけたのは、見たこともない年老いた男性だった。だいたい、この場所は超能力で幽霊のように徘徊するだけの場所だったはずだし、まわりを囲む人たちも全く見知ったものなどいやしない。
「お前は知らぬだろうが、ここがお前の元いた世界だ。」
なんだって!?
日本語を話せるのはこの長老を含めて数人いた。彼らは俺と同じように幼少の頃、俺がこの前までいた日本の最も安定して平和な時期に送り込まれるのだ。そしてのその文化などを覚えてきて、この世界-500年後の未来に戻ってくる。ただし時間を超えることは容易ではなく、世の中に存在する時間と空間の歪みを上手く利用しなければならない。そのための特別な施術が俺やその他の過去に送り込まれる人間には施されているのだ。
ただ、その施術が為されていてもこちらに戻れない人は多く存在する。しかも自然のほころびを利用するため、俺たち以外にも偶然にそこに足を踏み入れる人もいるようだ。
なぜ、過去に送り込むかって?
未来に戦争があった訳じゃない。ただ、それでも人は減り続けた。生活するには十分な資源やエネルギーも得たが、それでも人は衰退していた。その原因は、精神の高揚がなくなっていたためである。何事にも感動せず、心が揺れない。まるで悟りの世界のような高尚な感じがするが、それ故に人の活動はどんどんと衰退していったのだ。
そこで、平和でかつ人の活動が活発な時期を狙って、適性の高い子供を幼少の頃に過去に送む。そうしたプロジェクトが行われていたのだ。帰ってこれない人も少なからずいる。危険な賭でもある。
で、帰ってきた俺は何をするのか?
何事にも無感動なこの世界の人たちを、驚かせたり、笑わせたり、泣かせたり、、、とりあえず感情のエントロピーを小さくさせる、すなわち世の中に不均衡や波を起こさせる役割を担う。役職はシャーマン。名誉ある職業だ。
しかし、、、義務で人を驚かせて何が面白い?ほとんど笑わない奴らを笑わせることを楽しめるか?
結局のところ、幽霊から卒業した俺は名誉ある道化へと転向したに過ぎないのである。ああ、幽霊だった頃の方がずっと良かったと思いながら、これからを生きていく。




