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最低で最高の買い物

 俺が彼女と同棲を始めて1年と少しになる。去年の秋に、かつて一緒に住んでいた彼女の姉の後に俺が居座ってしまった。むろん2LDKの広さは同棲に何ら支障はないし、彼女から不満の声も上がらなかった。二人は誰もが認める恋人なのだから。


 彼女は聡明で気立ても良く、近所でも注目される自慢の美女である。長い髪はいつも結われて整っており、見事に着こなすスーツに乱れはない。一見キャリアウーマン風だが、銀色フレームの眼鏡越しに見える瞳が全てを包み込むほど柔和だ。いつも絶やさぬ微笑みが、近づく人を優しい気持ちにしてくれる。

 そんな高嶺の花であるがごとき彼女が、家では俺に最大限甘えてくる。いくら疲れていようが、そんな彼女を暖かく包み込むのも俺から彼女への愛の証である。


 こんな話を聞けばさぞかし幸せ一杯と思えるだろうが、ところが世の中はそうそう上手く行かないものである。お互い好き同志なのは間違いないのだが、それでもお互いに引けない部分も確実に存在する。

 例えば、彼女は超が付くほど徹底的な片付け魔なのである。潔癖症とは若干意味が異なるものの、俺からすればさほど変わらない。部屋の僅かの乱れさえも許さない徹底ぶり。もちろん埃などとんと見あたらない。確かに彼女の職場は相当に乱雑な場所だと聞く。江戸の敵を長崎での如く、会社で蓄えられた鬱憤を家で解消しているのだろう。

 俺もどちらかと言えば片付けのできない駄目男ではない。おそらく友人達から言わせれば標準以上の整理整頓ができているとされるであろう。常にエリートコースを歩んでいる俺からすれば、周囲の目は最大限に気にして振る舞うのは当然のこと。だから、普段の身だしなみにも整理整頓にも注意を払い続けている。

 ただ、家におけるそれはこの俺をもってしても付き合いきれないレベルなのだ。外では絶やされることのない彼女の笑顔が、家では乱雑さを許さぬ修道者のそれに変化する。惚れた弱みで彼女の何かを追い求めるような表情も愛おしいとは言えど、表情のみならず実力行使が伴えば話は別であった。

 軽い不注意で置き忘れられた俺の持ち物が勝手に戻されているはまだ良い。ただ、モノによってはいつの間にか彼女によって拉致連行され、いずこかの闇へと葬られてしまったものも存在する。それでも、彼女を深く愛し同時に居候の身である俺がこれまで強く抗議しなかったのは言うまでもない。彼女の全てを受け入れるのも男の度量である。


 しかし、極限まで減らしてはいるが仕事道具を部屋に持ち帰ることもある。俺自身の私物ならいざ知らず、仕事の道具まで同じ目にあわされてはたまらない。親しき仲にも礼儀ありという言葉は、愛し合っている俺たち二人の間にも当然適用される。彼女もそれはわかっているのであろう。それとなく普段の行動で匂わすことで、彼女はすぐに俺が一部屋を専用に使うことを認めてくれた。その理由が彼女が俺のことを深く愛してくれているからだと感じるのは思い込みが過ぎるであろうか。まあ、少なくとも彼女自身の性格が二人の関係を壊すのは避けたいと考えているのは見つめる瞳を通じて十分伝わってきていた。


 ところがである。一週間ほど前に突如として二人の関係に重大な危機が訪れた。あろうことか彼女は俺に相談も無しにもう一人の女性同居人を連れてきたのである。確かに同棲とは言え元々彼女の家なので最終的な決断権は彼女にあるかもしれない。だが、聞けばその女は彼女と血縁関係にあるわけでもなく、これまで特段深い付き合いがあった友人などでもないと言うではないか。しかしそれ以上のことをどんなに問いただしても彼女は俺に納得できる形で語ってくれない。こんなことは初めてだ。

 新たに同居人となったこの女と来たら整理整頓になど全く頓着しない上に、ところ構わず叫び声を上げるとんでもないあばずれである。この事実をとっても、この女が彼女と友人でないのは明らかだ。俺としてはこんな女に振りまく愛想などあろうはずもないが、なぜかそれを見る彼女の美しい表情が曇る。どうやら、この女の機嫌を損ねることが彼女には困りごとのようなのだ。そして、逆にその事実が現状を俺に理解させた。彼女はきっとこの女に何か弱みを握られているのであろう。だからこそ、彼女は俺に何も言えないし、何も語らず悲しげな表情を俺に見せるのみなのだ。だとすれば、俺としてはどんな手を使ってもこの女から彼女を守らなければならない。真実を語ることができない彼女を現状から救い出すため。


 このあばずれ女は、その風体どおり彼女の目がない時に限って俺にコナをかけてくる。最初のうちこそ無関心を装っていたようだが、少し時間が経過すると同居人であり男である俺にも興味を抱いたようだ。そんなことで彼女に対する俺の愛が揺らぐわけもないが、逆に言えばこの女の機嫌を損ねれば彼女にどんな仕打ちが及ぶかわからない。何よりも、この女を少しでも彼女から引き離すためには、このあばずれの興味を俺に惹きつける方が望ましい。

 俺は彼女のために精一杯このあばずれ女の行動の後始末を行うと共に、この女の気を惹きつけるように努力した。この女を懐柔して彼女の心労を取り除けばいいのだ。俺にとってはそんなことは造作もないことである。実際、数日で女は容易に陥落し、俺に恭順の意を示し始めた。何てことはない、彼女以外の女など俺にかかれば容易に手玉に取れる。あとは、彼女の握られている弱みを聞き出して解消できればそれでよい。勝利を確信し、夕方家に帰ってきた彼女の表情を確かめようと瞳を見つめる。


 彼女は嬉しそうにそんな俺の目を見ながら言った。


「今年のクリスマスプレゼント、やっと気に入ってもらえたみたいね。お嫁さんって最高の買い物だったでしょ。きっとこの子とは上手く行くって信じていたわ。だから、早く可愛い子供の顔を見せてね。」

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