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埋葬されたはじまり

夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。

 一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。

 音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。

 男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。

 力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。


◆◆◆


 古くから続く慣習があった。

 新たな王族が生まれたり、新たな王が即位した際には国中の魔法使いを集めて<この世界ならざるもの>を召喚していた。


 今は滅びてしまったラフテア王国もそんな国の一つであった。


 王族の見本のような輝くばかりの金髪とローズクォーツを嵌め込んだかのような美しい桃色の瞳をもった愛らしい王女。

そんな王女を愛していた父王は、生まれたときだけでなく、毎年のように王女の誕生日に<この世界ならざるもの>を召喚させて遊ばせていました。


 しかし、ある日。


 魔法使いのひとりが、とうとう異世界の人間を召喚してしまった。


 それもひとりではなく、複数。


 老若男女問わず、ちょっとした旅団が築けるくらいに。


 ラフテア王国だけでなく、周囲の国も人間を召喚することは歓迎していなかった。

ひとり、ふたりならまだしも、こんなにたくさんの人間が召喚されてしまうと、

満足に保護することはおろか、隠蔽さえまともに出来ない。


 ラフテア王国にはいないモノクロの髪を持つ人間たちを興味深そうに見つめる王女を背中に隠したまま、父王は召喚の間で即座に決断した。


「ひとり残らず殺せ」


 王女とよく似た色彩を持った父王は冷酷に言い放ちます。


 召喚の儀に参加した魔法使いたちが難色を示す。けれど、それも一瞬のこと。

魔法使いたちは自分たちのもつ様々な媒介を片手に、死の呪文を唱え魔法陣の上に召喚された人間たちの心臓を止めた。


 わけもわからず騒然としていた異世界の人間たちが、一斉に動きを止める。

 鼓動を刻まなくなった心臓を中心に、どろどろと液体が零れ出す。

 真っ赤な血液ではない。水。透き通った水。

 枯れるように肉体から水分が失われ、後に残されたのはびしょ濡れになった魔法陣が描かれた大理石の床。


 それと。


「この女はぼくが貰いますよ」


 いつの間に動いたのか、異世界の人間たちを召喚した魔法使いがおのれの黒いローブで守るように一人の女を囲っていた。


 女が一人、腰砕けになって取り残されていた。

水に変わった同郷の人間たちを呆然と見つめていた。


 女は知らぬことだが、この世界の人間は死ねば水に姿を変える。

やがて水は大気中に蒸発し、雨となって世界に降り注ぐ。

世界を循環し、また新たな生命を得ると言われていた。

雨は死を知らせる象徴でもあった。


 そして、魔法使いは大なり小なり狂っている。

それがこの世界を生きる人間の常識であり、世界の真理でもある。


「アルバ、貴様。まさか、わざとか?その女をどうするつもりだ」


 そんな魔法使いたちの中でも特に扱いづらい若き天才魔法使いを、父王は苦々しげに見つめた。


「怖いな。ただこの女を気に入ったから、ぼくのお嫁さんにしてあげようと思っただけだよ」


 アルバと呼ばれた青白い顔をした不健康そうな美しい魔法使いが、生き残った女の黒髪に触れる。


「…ひっ。触らないで…!」


 特徴づけるならこの世界の人間には見られない黒髪と、豊満な胸だけの、特別美しいわけでもなく、醜いわけでもない平凡な女があからさまに怯える。


 癖のあるまっ白い髪が目に入るのをうっとおしげにかきあげる。

そうして、アルバは女の怯えように苛立たしげに舌打ちをする。


「うるさいな。記憶でも抜くか。ついでに、ぼく好みにでもしておこうか」


 あとついでにきみにも合わせてあげるね――などと心ない言葉をアルバは付け足し、震える女の額に人差し指を当てて魔法を使った。


「やめて、やだ、とらないで、いやぁぁあぁああ!」


 魔法で身体の自由を奪われ逃げることのできない女が狂ったように叫ぶ。


「嫌だね」


 嗤うアルバの白い髪が根元から黒く染まり、月蝕が瞳の中で起こる。

アルバの纏う魔力の色と同じ、女の目と髪の色と同じ純粋な黒に変化する。


「なるほどね、きみの名前はリサっていうのか」


 イチノ リサ。

 でも、家名はアルバの嫁になるのだから必要ない。

名前だけをリサの記憶に残してあとは全部ぐちゃぐちゃにして奪った。


 魔法を施された後遺症で意識を失い、床に倒れ込もうとしたリサの身体を魔術書を持たないほうの腕で抱きとめる。


「やはり狂っているな、魔法使いは」


 父王は呆れて呟く。


「毎年召喚の儀をさせる方も狂ってるさ。予言しといてやるよ。その王女のせいで、あと3年以内にこの国は滅びる」


「な…っ!?」


 父王は顔色を失くす。背後の王女が、父王のマントをぎゅっと強く握りしめた。


「ぼくはもう召喚の儀には集わないから。そこにいる奴らにでもやらせ続ければいいよ」


 顎で自分よりも年老いた魔法使いたちを指す。

 同族であるはずの魔法使いたちですら、アルバの生意気な態度に眉をしかめる。

彼らはアルバの腕の中に抱かれたリサには欠片も興味がない。

そもそもこの世界の人間すら自分以外は興味のない魔法使いに、異世界の人間など同じ人間だと認識出来るはずがなかった。姿形のよく似た別の存在。


「さあ、ぼくたちの家に帰ろうか?リサ」


 リサのなにがそんなに気に入ったのか。

 その場にいた誰もがわからぬまま、アルバは気持ち悪いほどの蕩けるような顔と声で気絶したリサに囁くのだった。




 後年、アルバの予言――あるいは見立て通り、ラフテア王国は王女のせいで滅びた。

といっても、止めを刺したのはアルバである。

 この時の<この世界ならざるもの>の召喚の儀に魅入られた王女は、魔法使いたちに異世界の人間を召喚するよう願い続け、それらを虫けらのように殺させて遊んだから。

やがて異世界の人間全てを水に変えてしまいたい衝動に駆られるようになり、とうとうアルバの嫁であるリサをも隙をついて殺させた。当然、アルバの不興を買う。

国中の人間の命を奪い、あまつさえ隣接する二国の王族の命さえもアルバは奪った。


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