こんな夢を観た「世紀の天体ショーが始まる!」
もう間もなく、ブラック・ホールが、地球のすぐ近くを通り過ぎていくという。
ワイドショーも週刊誌も、その話題で連日、持ち切りだった。
ツイッターでは、まことしやかなデマが拡散していた。
〔B.Hが最大接近するとき、大気が残らず吸われてしまう。世界オワタ……〕
〔それどころじゃない。人もクルマも持っていかれちまうんだ〕
〔NASAによれば、地球上に「事象の地平線」が出現するという。ワシントンなう〕
なんにしても、世紀の天体ショーである。今を逃したら、この先一生、見ることができないのだ。
どうせなら、じっくりと観察をしたい。そこでわたしは、望遠鏡を買いに、近所のコンビニまで出掛けていった。
ところが、どこを探しても望遠鏡の「ぼ」の字すら見つからない。考えてみれば、コンビニにそんなもの置いてあるはずもなかった。
店の中でウロウロしているわたしを見て、店員がレジの向こうから迷惑そうに言う。
「冷やかしなら、さっさと出ていってくれ!」
なんて感じの悪いコンビニだろう。わたしはムスッとして、店を出る。
いったん家に戻ると、広告の裏に赤マジックででかでかと、「冷やかし始めました」と書いて、さっきのコンビニの自動ドアに貼り付けてやった。
どうだ、思い知ったか。
そう言えば、隣の家の大学生が望遠鏡を持っていたっけ。彼は夜な夜な、3ブロック先にある女湯を覗くのに使っているのだった。
わたしはさっそく、借りに行った。
「こんにちは。となりのむぅにぃですけど、あのう、今夜ブラック・ホールの観察をしたいので、望遠鏡をお借りできませんか?」
大学生はちょっと困った顔をした。
「う~ん、あれ1台しかないんだよね。君に貸しちゃうと、今晩、女湯が覗けなくなっちゃうしなあ」
そこでわたしは提案をする。
「それだったら、銭湯の塀を乗り越えて、直接覗きに行ったらどうです? 両方の目で見られますよ」
「おおっ、そいつは思い付かなかった。なら望遠鏡は不要だな。よし、貸すよ。好きに使うといい」
わたしは望遠鏡を抱えて、家に戻った。
いよいよ夜になり、遠く頭上からブラック・ホールの走り寄る、シュワン、シュワンという音が鳴り響く。
「今、この瞬間にも、日本中の人たちが空を見上げているんだろうな」わたしは感慨深く夜空を仰いだ。
月の裏側から、真っ黒な円盤状のものが近づいてくる。ブラック・ホールだ。
「来たっ、来た来たっ!」わたしは接眼レンズに目を押しつけて、夢中になって位置を合わせる。
望遠鏡の視野のど真ん中にブラック・ホールを収めると、食い入るようにして見つめた。
想像では、ただの真っ黒い影だろう、ぐらいにしか思っていなかったのだが、こうして観察してみるとそれは誤りだとわかる。
ブラック・ホールは、ほんのりと紺色をしていて、かすかに物の影が差していた。じいっと目を凝らすうち、次第に色形がはっきりしてくる。
ブラック・ホールの中には、狐と狸が住んでいた。
ちゃぶ台に向かい合って座り、仲よく湯豆腐をつついている。