その4-2 その能力の正体は?
振り下ろされた小悪魔の右手。
それが試合開始の合図である。
瞬間、先に動いたのはアカディディスだった。
威圧感のあるその巨体。
比較するとあまりにも小さなフルクスに向かって突進する。
だが……。
それは、どれだけ贔屓目に見たところで……かなり、お粗末なものだった。
何の変哲もない、ただの、突進。
正直、「はぁ?」と小悪魔は思った。
それはフルクスも同じだったようで、多少訝しげな顔をしたが、流れるような動作でアカディディスの突進をスルリとすり抜け、その際に軽く、鎌を一振りした。
早い。
戦闘を見慣れている小悪魔でも、フルクスの鑵捌きは目で追えない。
それほどの速度で、フルクスは自分の身の丈ほどもある鎌を操る。
「ぐああああ!」
「フルクス選手の斬撃が炸裂! アカディディス選手の右腕から鮮血が飛び散ったぁ! かなり傷は深そうです!」
小悪魔の実況も炸裂。
テンション上がってきた。
「ガ、ガハハハハハ! 痛えなぁフルクス!」
「そりゃ、血が出れば痛いじゃろ」
ゆっくりと振り返りつつフルクスは呆れたように言う。
「というか、何じゃお前。『水流』とか名乗っている割には、マッチョな身体だけが取り柄か?」
「おいおい、この鍛えぬかれた身体を馬鹿にされちゃあ困るぜフルクス」
血の出る右腕を抑え、アカディディスは白い歯を見せる。
「俺の力があればよう、お前の小さな身体なんて一捻りだぜ?」
「ならばその前にワシの鎌で斬り刻んでやろう」
「ガハハハハハ!」
笑った。
アカディディスは豪快に笑った。
「斬り刻む? その鎌で? おいおい、フルクスさんよぉ! しっかり見ろよ! お前の鎌をよお!」
言われて、フルクスは自身の鎌をバッと見つめた。
そこで小悪魔も初めて気がつく。
「な、なんでしょうこれは!」
フルクスの持っている鎌。
その刃先。
「これは……ロウソク……でしょうか……!? フルクス選手の鎌が、赤い蝋のようなものでねっとりと塗り固められています!」
赤くて不透明……そしてどこか光沢のある、謎の粘着物……。
「ガハハハハ! それじゃあご自慢の鎌も使い物にならねえんじゃねえのか?」
何が起こったのだろうか。
……否、あんなコーティング、いつの間に行った?
先ほどの一振り。
あの目にも止まらない早さで振られた鎌。
そこに、一体いつあんなことをする余裕があった?
ガシンッ、とフルクスは地面に鎌の切っ先を打ち付ける。
その音からするに、あの粘着物はそれなりの硬度を持っているようだ。
「無駄だぜフルクスさんよぉ! その塊は絶対に砕けねえし剥がれねえ!」
「……ふん、斬れずとも、殴ることは出来る」
言い終えると同時に、フルクスが動いた。
早い。
一瞬の間に、数メートルの距離を一気に縮め――振りかぶった鎌を、アカディディスの腹部に、打ち付ける!
「――グ」
少しだけ怯んだアカディディスに、フルクスは容赦なく鎌で殴打する。
殴打。
殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打!
殴られるたびにアカディディスの血飛沫が撒き散らされる。
「目にも止まらないフルクス選手の打撃! ジリジリとアカディディス選手が押されています!」
反撃の隙を与えない、あまりにも早い殴打の連続!
小悪魔の目はそれを追えない……否、そこで、小悪魔は気づく。
「おや……?」
と、首を傾げる。
おかしい。
フルクスの攻撃が、目で追える……?
それに気がついた時、アカディディスは、ニンマリと微笑んだ。
「……ガハハハ」
確実に……小悪魔の目で明らかに、フルクスの打撃が遅くなって映ったところで――アカディディスは、フルクスの腹部目掛け、思いきり拳を突き上げた!