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その4-1 私、審判を務めさせて頂く小悪魔でございます

**********************************


「眠い」

 この世界に散らばる無数の都市。

 それらを統治しているのは、各地域、各都市、各地方に点在する『悪人』達だ。

 ただし、そこには例外がある。

 中央都市ルナルノルーナ。

 ここは『象徴』『傍観者』『待つ者』を基本スタイルとする『政府』が、特例として民衆を直接統治する、この世界の中心部である超巨大都市である。

『政府』とは、三十六名の『役人』から成る集団だ。

『政府』という言葉は、その三十六人の『役人』を指す。

 どれだけ傍若無人な『悪人』であっても、どれだけ自分の力に自信のある『悪人』であっても、この場所で犯罪に手を染めることは、まずあり得ない。

 しかし、それでも、この世のルール『弱肉強食』に伴って、『政府』を打倒し、世界の頂点に立とうと挑戦する『悪人』は数多く存在する。

「あー、あー、あー、眠いし、ダッルー。超絶に、ダルい。ダルいのじゃー」

 圧倒的な実力者が集まった『政府』に、一対一で挑める特別な場。

 ルナルノルーナでは、一種の催し物として、そんな『悪人』VS『政府』の格闘ショー……通称『決闘祭』が不定期で開催される。

「うーん、昨日はあんまり寝てないからかのう。そういえば、なんだかお腹も痛くなってきたような気もするのじゃ……」

 合計で、五名。

『政府』側から出した五名の『役人』を倒すことができれば、現在の『政府』……つまり、世界の頂点という座を手に入れることができる。

 しかも、連続で五回戦うわけではなく、それぞれの試合は五日間に分割されている。

『悪人』……世界を手に入れたい人物にとって、これほど美味しい話は無いだろう。

 また、一名を倒すたびに賞金など、褒美が出されるのも特徴だ。

 世界の頂点、というのに拘りがないのなら、その一名だけを倒して終了、というのも可能だ。

 賞金が欲しいというだけの『悪人』もいるし、そもそも『役人』を倒した、という名誉はその後の活動に大きく影響が出る。

 なぜそんな、『悪人』に都合の良い制度が用意されているのか。

 それは、そもそも『政府』に『世界』を支配する気がないからである。

 だからこその、『象徴』、『傍観者』、『待つ者』。

 支配する気は無いものの、自分たちより強い者が居ないから、とりあえず自分たちが頂点に立っているよ、という感じだ。

「そういえば腰も痛い気がするのう。いやこれ本当じゃよ?」

『政府』側は『決闘祭』が開かれるたび、ランダムで出馬する『役人』を選択してくる。

 その選出に規則性があるのかは不明だが、それはある一人の『役人』によって決定されているらしい。

 それが『政府』の意思として扱われる。

「なー、だから、もう帰っていいかのう?」

「ダメに決まってるじゃないですか」

 今回『政府』が選択してきた彼女の希望を、審判役の小悪魔はキッパリと拒否した。

 小さく生えた二本の黒いツノ。

 キリッとした大きなツリ目。

 真っ赤なポニーテールを揺らせ、小悪魔は呆れたように口を開く。

「というか、私がどうこう出来る問題じゃ無いんですから」

「つっかえんのう」

 彼女。

 老人のように喋る彼女。

 身につけているドレスは黒を基調とし、真っ白なフリルやリボンが全体に飾られている。

 透けるように白い肌色と、長く絡みつくような純白の髪、そしてちんまりとした低い背が相まって、なんだかモノクロのお人形さんみたいな印象だ。

 だがしかし。

 彼女の右手。

 そこには、その容姿とあまりにも釣り合いのとれない物体。

 彼女の背ほどもある鋭く大きな鎌が握られていた。

「ワシはもう帰りたいのじゃ。痛いの嫌じゃしー、ワシのお肌に傷がついたら困るし?」

 誰も困らねえよ、と小悪魔は心のなかで呟く。

『政府』内にある複数の派閥。

 その中でも、基本的に何もしないことをモットーにする集まり。

 それが『傍観派』と呼ばれる派閥だ。

 そして更にその中で最もやる気のない『役人』。

 そんなレッテルを貼られた彼女。

「たまには働いてくださいよ、フルクス様」

 小悪魔は溜め息混じりに彼女の名前を言った。

「この場所に立っている以上、ここで退場したら不戦敗になりますよ」

 太陽が照らす、真っ昼間の円形闘技場。

 その中心部に、小悪魔とフルクスは立っていた。

 周囲を囲む観客席は満員である。

 不定期に開催されるこの『決闘祭』は、ルナルノルーナの民衆……いや、この世界の住人にとって最高の娯楽なのだ。

『悪人』は基本的に人気商売である。

 その地域の用心棒である以上、悪行ばかりするよりも、民衆の人気を得て活動したほうが、遥かに効率的だからだ。

 だから、ある一定の人気は持ち合わせていて、いうなれば、その地域のヒーローという場合が多い。

 対して、『政府』。

『政府』はずばり、世界のヒーローだ。

 なぜなら『政府』は、二十年前まで行われていた魔族と人間族の戦い……『大戦争』を驚くべき早さで終結へと導いた者達だからである。

「ほらほら、フルクス様。観客に手でも振ってあげたらどうですか?」

「えーもう……ダルいのう。まぁ、ファンサービスも大切か」

 面倒くさそうにフルクスは観客席に向けて小さな手をフリフリと振った。

 すると、一斉に客席が沸く。

「「「うおおおおおお! フルクス様ああああああ!」」」

「「「頑張ってフルクス様あああああ!」」」

 ……なんでこんなやる気のない生物がここまで人気あるんだよ、と小悪魔は口に出さないで悪態をつく。

残忍幼女(スパイシードロップ)』フルクス。

 可愛らしい容姿。

 鮮やかな鑵捌き。

 それらの魅力で大きなお友達のファンを大量生産する『政府』『傍観派』『序列六位』のロリババア。

「「「愛してるフルクス様ああああ!」」」

「「「足で踏んでフルクス様ああああ!」」」

「「「あなたの馬にしてくださいいい!」」」

 ドン引き。

 馬にしてください、とか意味不明すぎてどうしようもない。

「くっふっふ、ワシのファンは変態ばっかじゃろ?」

 で、どうしてこの人はちょっと嬉しそうなのだろう。

 なんだかこっちが帰りたくなってきたなぁ、と小悪魔が思ったところで、相手……『悪人』側選手の入場ファンファーレが流れ始めた。

「…………」

 さて……と。

 気を取り直し、小悪魔は大声拡散の魔法を込めた水晶に向かって声を張り上げる。

「さぁ! お待たせしました! 『悪人』の入場です! さてさて、彼は『残忍幼女(スパイシードロップ)』フルクスを打ち破れるのか!? 西の地の果て、水の都市ウェンシードラを治めるリヴィア組のトップに立つ男! 人間族『水流(ハイドロクリエイター)』! アカディディス!」

 現れたのは、とても大きな……フルクスを縦に四人くらい並べた程の背丈を誇る大男だ。

 その登場と共に、また歓声が巻き起こる。

 半袖の上服を破らんばかりに膨れた筋肉。

 少し長く垂れた髪。

 そこから覗く瞳は目尻の下がったタレ目であるが、その眼力は半端ではない。

 結構、小悪魔の好みだった。

「ガハハハ!」

 アカディディスは豪快に笑う。

「『残忍幼女(スパイシードロップ)』のフルクスさんよぉ! お前の評判、実力はよぉく知ってるぜ。最初の相手として申し分ねえなぁ」

「あー、あー、あー?」

 面倒くさそうに、やる気もなさそうに……そして、バカにするように、フルクスは手に持った鎌をクルクルと回して弄ぶ。

「『最初の相手』じゃってー? このマッチョマンは何言ってんじゃろうなぁ。最初も何ものう、お前の相手はワシで終わり。次なんて無いんじゃよねー」

「ガハハハハ! 面白えじゃねえか! ファンの前で素っ裸にして、とんでもなく恥ずかしい思いさせてやるぜ!」

「ほほう、そいつは楽しみじゃのう。面倒なファンサービスの手間も省けるってもんじゃ。しかしー、残念ながら、ワシのファンが見るのはむさ苦しい筋肉男の美肌じゃろうな」

「それは実に見たいです!」

 思わず、小悪魔は大音量で心の言葉を叫んでしまった。

 瞬間、静寂に包まれる会場。

 小悪魔にドン引きだった。

「…………」

 やっちまったー!

「……え、えぇと、ではでは、さっそく! 試合を開始したいと思いまーす!」

 無かったことにした。

 小悪魔はプロなのである。

「一応確認を致しますがー……一対一という点以外、ルールはございません! ただし、魔法や能力に例外はつきもの! それらが発生した場合には、この私が審判を行います!」

 コホン、とそこで一つ咳払い。

「申し遅れましたが、私、審判と簡単な実況を務めさせて頂く小悪魔でございます! よろしくお願い致しまーす!」

 小悪魔が両手を広げて大きく振ると、会場も合わせて湧き上がった。

「それでは、第四百七十八回『決闘祭』第一試合! 正々堂々でも、卑怯卑劣な手段を用いても、勝てば正義の弱肉強食! 『悪人』、人間族『水流(ハイドロクリエイター)』アカディディス選手と――『政府』、魔族『残忍幼女(スパイシードロップ)』フルクス選手の試合を開始致します!」

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