その3-2 『悪人』という概念
その辺りの事情……加賀と黒瀬の正体を、どこまでメリーゼが知っているのか。
加賀はそれが気になった。
「えっと、ですね……そもそも、召喚魔法というのは、『私の目的』を達成出来るであろう力を秘めた人物を、魔法の力で探索して召喚する、という魔法なのです」
「ふぅん……?」
「つまりですね、誰が……とか、どれだけの人数……とか、それらは魔法で自動的に決定されるものなので、召喚が成功するまで、私自身にも分からないのです」
「へぇ……」
なんというか、ひどくギャンブル性の高い能力に聞こえた。
アタリもあれば、ハズレもある。
そのクジは引いてみるまで分からない。
「だから、実際、私はあなた方……加賀さんや黒瀬さんのことで分かることと言えば、私の『目的』を達成できる力の持ち主である、ということくらいです。それ以外は、全く知りません」
「ふぅん……そっか」
それならば、メリーゼが引いたクジの中身を教えてやろう。
「僕と黒瀬は殺し屋だよ」
加賀はそこでハッキリと、あっさりと、軽い感じで正体を打ち明かした。
まだ高校に通う程度の年齢である加賀だが、それでも殺し屋として、加賀なりのプロ意識は持っている。
殺し屋だから依頼があって、それが自分……そして後輩、部下の位置にいる黒瀬が全う出来るであろう内容ならば、そこには契約が成立する。
ただしそれは、『依頼人』が加賀や黒瀬を『殺し屋』だと認識していなければならない。
少なくとも、『勘違い』をしているのなら、それは可哀想だな、と思った。
驚いたように目をパチクリとさせるメリーゼに構わず、加賀は続ける。
「僕と黒瀬に、純粋で、格好良くて、皆の憧れで、世界を救うような、心優しいヒーロー、みたいなのを期待してたかな?」
そんな、『勘違い』。
あまりにも笑える思い違い。
だから加賀は、シニカルな笑みを浮かべて言う。
「僕と黒瀬は殺し屋で、殺人鬼だ。不純で、格好悪くて、皆が蔑んで、世界を陥れるような、心貧しい悪人だ。悪人。メリーゼちゃんが退治したいっていう、悪人。そんな僕達に、メリーゼちゃんは何を依頼するのかな?」
悪人に悪人退治を頼むなんてあまりにも馬鹿げている。
メリーゼが『悪人を退治したい』と思うのならば尚更だ。
「殺し屋……殺人鬼……ですか」
少しだけ俯き、考えるようにしながらメリーゼは答えた。
絶望しただろうか。
せっかく召喚した相手が、こんな奴らで。
引いたものが、ハズレクジで。
「でも、それでも、あなた達は私を助けてくれました」
加賀の思いとは裏腹に、メリーゼはそんな言葉を口にした。
「そんなに自分を否定しないでください」
メリーゼは加賀を真っ直ぐ見つめる。
「不純でも、格好悪くても、皆が蔑んでも、世界を陥れても、それでも、少なくとも私は、加賀さんや黒瀬さんの心が貧しいとは思いません。あなた達が私を助けてくれたのは、あなた達が本当は優しい心を持っているからだと思います」
ジグリ、とメリーゼの台詞は、加賀の心臓に痛みを走らせた。
優しいとか、そういう、あまりにも自分には合わない、似合わない、相応しくない言葉を投げられると、その重みで押し潰されてしまうような気分にさせられる。
「そもそも、加賀さんの言うヒーローみたいな人なんて、私は求めていないです。それを言ったら私だって、不純だったり格好悪いところ、いっぱい持ってます。むしろ、持ってない人なんていないですよ」
眉をひそめる加賀とは裏腹に、はにかみながらメリーゼは続ける。
「だから私は、そんな心優しい加賀さん達に、『悪人』退治を依頼します。心優しい加賀さん達を、利用します。ね? 私も結構、悪人じゃないですか?」
そう言って、メリーゼは悪戯っぽく舌を出した。
その表情があまりにも眩しくて、加賀はそのまま浄化されてしまいそうだった。
「…………」
……ともかく、メリーゼに加賀と黒瀬の正体は伝えた。
その上でなら、『殺し屋』として、メリーゼの依頼を――当然、条件次第……というか、『何』を相手にするのかにもよるが――引き受けるのに、抵抗はない。
ただ……。
加賀は、少しだけ、考える。
以前から、思っていたこと。
元の世界では、現実的に無理だった、ある思惑。
この異世界でならば、ひょっとしたら、叶えられるかもしれない。
「それに、加賀さんの言っている悪人と私が言っている『悪人』には、たぶん認識にズレがあります」
「ふぅん?」
認識にズレ、とな。
「……というかメリーゼちゃん。そもそも、悪人退治って、そんなのは警察に任せればいいんじゃないか?」
「えぇ……と、ケーサツ、とは、何ですか?」
えー。
この世界に警察という概念は無いのだろうか。
……しかし改めて聞かれると、なんて答えれば良いのか迷うものだ。
「うーん……公の機関でさ、悪い奴らを取り締まる組織だよ」
「……そんな組織は、ありませんね」
「ふぅん? じゃあ、この世界はどうやって治安を維持してるんだ?」
「治安は、『悪人』が維持しています」
…………ん?
混乱した。
「えぇと、悪人って、治安を乱すから、悪人なんだよね。それなのに、その、治安を乱す悪人が、治安を守ってる……って、どういうこと?」
「それはですね……この『世界』にある根本的な一つのルールが、結果的にその状況を導いているのです」
「ルール?」
「勝ったものが正義、力の強い者が支配する。それがこの『世界』です」
弱肉強食……か。
それは黒瀬の喜びそうなルールだな、と加賀は思った。
「だけど、それでどうして治安が保たれるんだ?」
「基本的に『悪人』は、その力……その強大な力で、地域の安全を保障するのです。『守ってやるから、多少の悪事は許せよ』ってスタンスですね」
「ふぅん」
要するに、ヤクザが治安を維持しているようなものか。
まぁ、警察のことを『国営ヤクザ』と呼称する人もいることだし……とりあえずは納得しておこうか。
「ですが、度が過ぎる『悪人』も当然、多く存在します。私が倒したいのは、そういう『悪人』です」
なるほど……なんとなく話が見えてきた。
「じゃあ、あの一つ目の化物。あれが、メリーゼちゃんの言う、メリーゼちゃんが退治したい悪人……『悪人』の仲間とか、そういうこと?」
「あれは……違います。そもそも、あの化物は使い魔で……あれを操る使い主が居るのです」
「んじゃあ、その使い主ってのは、誰なんだ?」
「『政府』の『役人』です」
「……政府?」
「はい、『政府』です」
メリーゼは目を伏せ、どこか重々しく口を開く。
「『政府』。それは、どれだけ『悪人』が集まっても太刀打ちできないほどの力を持った、実質的にこの『世界』を支配している最強の集団です」