その3-1 殺し屋と殺人鬼と魔法使い
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異世界。
加賀のイメージでいうと、異世界と言えばファンタジーの世界である。
剣と魔法でどうのこうのというやつだ。
まぁ、剣というか、日本刀は普段使っているので、ここで気になるのは魔法の存在である。
ローブを羽織った赤茶毛の少女、メリーゼ。
彼女に連れられてやってきた、森を抜けた先にある、丘の上の小さな屋敷。
メリーゼの、隠れ家。
その一室。
中世ヨーロッパを連呼する黒瀬と共に、窓から見える街を見ながら加賀は思う。
あそこには剣と魔法が溢れているのだろうか。
「加賀さん、黒瀬さん」
二人の名前を呼びつつ、メリーゼが室内に顔を出す。
羽織っていたローブはいつの間にか脱いだようだが、手に持った杖はそのままだった。
「お風呂の準備が出来ましたよ」
「うひょー! メリーゼちゃんサンキューっす! 加賀先輩、先に入っちゃっていいっすか?」
「いいよ。というか、僕はべつにお前みたく血まみれじゃないから、入らなくても良いし」
「うえー、ちょー汚いっす。そんなんじゃあ女の子に嫌われちゃうっすよ」
「あぁ、メリーゼちゃんに嫌われたらショックだよな」
「おやおや? 加賀先輩、ここにも女の子がいるっすよ?」
「え? どこだ? 僕には見えないんだけど」
「んもー、加賀先輩の目は節穴っすか? そんな目は要らないっすよねえ」
黒瀬は笑顔でナイフを取り出し、ギラリと光らせて投擲する構えを見せた。
「節穴っつーか、風穴開けるっすか? お手伝いするっすよ?」
「……いや、遠慮しておくよ」
少しボケるととんでもないツッコミが返ってくるので、黒瀬をからかうのは命がけだ。
というか、加賀も黒瀬も、なんとなくメリーゼ『ちゃん』と呼んでいるが、果たして彼女の年齢はいくつなのだろうか。
年上ということは無いだろうが……少なくとも、加賀や黒瀬と同い年くらいだろう。
「いいから、入ってこいよ。後で僕も入るから」
「オッケーっす。んじゃ、メリーゼちゃん、お風呂使わせてもらうっすね」
言って、黒瀬は廊下に消えて行った。
風呂場の位置は先ほどメリーゼに教えてもらったので分かっているはずだ。
「…………」
黒瀬が単独行動をとった、ということ。
それはつまり、少なくともこの場で一人になったとしても問題ない、と黒瀬が判断したことを意味する。
いや、おそらく本人はそこまで考えていない。
黒瀬は、野生の感みたいなものが鋭い。
鋭すぎる。
突拍子もないように見える黒瀬の行動は、全てにおいて納得のできる理由がある。
即断即決すぎて、たまに加賀は追いつけなくなるが、しかしそれでも全て黒瀬に任せるようにしている。
その結果間違っていたとすれば、そこで修正するのが自分の役目である、と加賀は考える。
一度拘束したメリーゼを黒瀬は解放した。
それはメリーゼに敵意が無いと……自分たちの敵ではないと、おそらく、二重の意味で黒瀬が判断したからだろう。
ならば、僕はその地盤を固めてやる、と加賀は口を開ける。
「メリーゼちゃん、また質問だけど、良いかな」
「あ、はい、良いですよ。何ですか?」
「きみの目的は何?」
それは、先ほどした質問と、全く同じものであった。
あのとき……メリーゼが黒瀬に拘束されていたとき、加賀は『何が分かれば黒瀬は次の行動に移るのか』を考えていた。
それはつまり、メリーゼを解放するのか、それとも殺害するのか。
材料を与えてやるのが遅れれば、黒瀬はメリーゼをすぐに殺してしまっていただろう。
多分、あの時の黒瀬は、そうとう我慢していたはずだ。
そういう焦りもあって、咄嗟に出た『目的は何?』という質問。
それが本当にあの場面での正しい選択だったのかは分からない。
結果的に黒瀬はメリーゼを解放したわけだが……。
このとき、改めて全く同じ質問をした加賀に対し、メリーゼがどのような心境だったのか。
それも当然、加賀には分からない。
だが――
「……私は、『悪人』を退治するために、あなた達を召喚しました」
先ほどよりも少しだけ情報の追加された答えが返ってきた。
召喚……。
そんな単語を会話の中で聞いたのは初めてだった。
「えぇと、そりゃつまり、魔法ってこと?」
「はい。召喚魔法です」
普通に肯定された。
化物が存在するなら、魔法もある……か。
「…………」
異世界。
魔法。
召喚魔法。
有り体に言って、メリーゼは魔法使い、ということか。
なるほど、ファンタジーだ。
ならば、メリーゼと出会う直前にあった地面に光る奇妙な模様は、さしずめ召喚魔法に必要な魔法陣ということなのだろうか。
それはともかく、『加賀と黒瀬を召喚した』ということは、少し言いかえると『メリーゼが意図して加賀と黒瀬を呼び寄せた』ということだ。
「『悪人を退治するために僕達を召喚した』……ってことは、メリーゼちゃんは、『僕と黒瀬に悪人退治をさせたい』ってことかな?」
「え、えと、その……はい、その通りです」
慌てるように、そしてどこか申し訳ないような表情でメリーゼは答えた。
悪人……か。
悪人。
殺し屋とか殺人鬼は、どうなのだろう。
その悪人という言葉に、殺し屋と殺人鬼は含まれるのか?
それは考えるまでも無い。
考える余地もない。
だからあの時、黒瀬は笑ったのだろう。
あまりにも皮肉すぎて、笑ってしまったのだろう。
「メリーゼちゃんは、僕達の正体を知っていて召喚したのかな?」
当然のことながら、元の世界において、加賀と黒瀬は、殺し屋と殺人鬼であることを隠して日常生活を送っていた。
……いや、正確に言うと、今は黒瀬も殺し屋だが。
「…………」
殺人鬼だった黒瀬を、加賀が殺し屋に誘った。
他人を殺すことでしか自我を保てなかった黒瀬を、なんとか『人』として、ぎりぎり『人』として生きていけるように、加賀が手を差し伸べた。
そして黒瀬も、その手をとってくれた。
だから加賀は、殺し屋として黒瀬の先輩だし、黒瀬は、殺し屋として加賀の後輩なのだ。