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その3-1 殺し屋と殺人鬼と魔法使い

**********************************


 異世界。

 加賀のイメージでいうと、異世界と言えばファンタジーの世界である。

 剣と魔法でどうのこうのというやつだ。

 まぁ、剣というか、日本刀は普段使っているので、ここで気になるのは魔法の存在である。

 ローブを羽織った赤茶毛の少女、メリーゼ。

 彼女に連れられてやってきた、森を抜けた先にある、丘の上の小さな屋敷。

 メリーゼの、隠れ家。

 その一室。

 中世ヨーロッパを連呼する黒瀬と共に、窓から見える街を見ながら加賀は思う。

 あそこには剣と魔法が溢れているのだろうか。

「加賀さん、黒瀬さん」

 二人の名前を呼びつつ、メリーゼが室内に顔を出す。

 羽織っていたローブはいつの間にか脱いだようだが、手に持った杖はそのままだった。

「お風呂の準備が出来ましたよ」

「うひょー! メリーゼちゃんサンキューっす! 加賀先輩、先に入っちゃっていいっすか?」

「いいよ。というか、僕はべつにお前みたく血まみれじゃないから、入らなくても良いし」

「うえー、ちょー汚いっす。そんなんじゃあ女の子に嫌われちゃうっすよ」

「あぁ、メリーゼちゃんに嫌われたらショックだよな」

「おやおや? 加賀先輩、ここにも女の子がいるっすよ?」

「え? どこだ? 僕には見えないんだけど」

「んもー、加賀先輩の目は節穴っすか? そんな目は要らないっすよねえ」

 黒瀬は笑顔でナイフを取り出し、ギラリと光らせて投擲する構えを見せた。

「節穴っつーか、風穴開けるっすか? お手伝いするっすよ?」

「……いや、遠慮しておくよ」

 少しボケるととんでもないツッコミが返ってくるので、黒瀬をからかうのは命がけだ。

 というか、加賀も黒瀬も、なんとなくメリーゼ『ちゃん』と呼んでいるが、果たして彼女の年齢はいくつなのだろうか。

 年上ということは無いだろうが……少なくとも、加賀や黒瀬と同い年くらいだろう。

「いいから、入ってこいよ。後で僕も入るから」

「オッケーっす。んじゃ、メリーゼちゃん、お風呂使わせてもらうっすね」

 言って、黒瀬は廊下に消えて行った。

 風呂場の位置は先ほどメリーゼに教えてもらったので分かっているはずだ。

「…………」

 黒瀬が単独行動をとった、ということ。

 それはつまり、少なくともこの場で一人になったとしても問題ない、と黒瀬が判断したことを意味する。

 いや、おそらく本人はそこまで考えていない。

 黒瀬は、野生の感みたいなものが鋭い。

 鋭すぎる。

 突拍子もないように見える黒瀬の行動は、全てにおいて納得のできる理由がある。

 即断即決すぎて、たまに加賀は追いつけなくなるが、しかしそれでも全て黒瀬に任せるようにしている。

 その結果間違っていたとすれば、そこで修正するのが自分の役目である、と加賀は考える。

 一度拘束したメリーゼを黒瀬は解放した。

 それはメリーゼに敵意が無いと……自分たちの敵ではないと、おそらく、二重の意味で黒瀬が判断したからだろう。

 ならば、僕はその地盤を固めてやる、と加賀は口を開ける。

「メリーゼちゃん、また質問だけど、良いかな」

「あ、はい、良いですよ。何ですか?」

「きみの目的は何?」

 それは、先ほどした質問と、全く同じものであった。

 あのとき……メリーゼが黒瀬に拘束されていたとき、加賀は『何が分かれば黒瀬は次の行動に移るのか』を考えていた。

 それはつまり、メリーゼを解放するのか、それとも殺害するのか。

 材料を与えてやるのが遅れれば、黒瀬はメリーゼをすぐに殺してしまっていただろう。

 多分、あの時の黒瀬は、そうとう我慢していたはずだ。

 そういう焦りもあって、咄嗟に出た『目的は何?』という質問。

 それが本当にあの場面での正しい選択だったのかは分からない。

 結果的に黒瀬はメリーゼを解放したわけだが……。

 このとき、改めて全く同じ質問をした加賀に対し、メリーゼがどのような心境だったのか。

 それも当然、加賀には分からない。

 だが――

「……私は、『悪人』を退治するために、あなた達を召喚しました」

 先ほどよりも少しだけ情報の追加された答えが返ってきた。

 召喚……。

 そんな単語を会話の中で聞いたのは初めてだった。

「えぇと、そりゃつまり、魔法ってこと?」

「はい。召喚魔法です」

 普通に肯定された。

 化物が存在するなら、魔法もある……か。

「…………」

 異世界。

 魔法。

 召喚魔法。

 有り体に言って、メリーゼは魔法使い、ということか。

 なるほど、ファンタジーだ。

 ならば、メリーゼと出会う直前にあった地面に光る奇妙な模様は、さしずめ召喚魔法に必要な魔法陣ということなのだろうか。

 それはともかく、『加賀と黒瀬を召喚した』ということは、少し言いかえると『メリーゼが意図して加賀と黒瀬を呼び寄せた』ということだ。

「『悪人を退治するために僕達を召喚した』……ってことは、メリーゼちゃんは、『僕と黒瀬に悪人退治をさせたい』ってことかな?」

「え、えと、その……はい、その通りです」

 慌てるように、そしてどこか申し訳ないような表情でメリーゼは答えた。

 悪人……か。

 悪人。

 殺し屋とか殺人鬼は、どうなのだろう。

 その悪人という言葉に、殺し屋と殺人鬼は含まれるのか?

 それは考えるまでも無い。

 考える余地もない。

 だからあの時、黒瀬は笑ったのだろう。

 あまりにも皮肉すぎて、笑ってしまったのだろう。

「メリーゼちゃんは、僕達の正体を知っていて召喚したのかな?」

 当然のことながら、元の世界において、加賀と黒瀬は、殺し屋と殺人鬼であることを隠して日常生活を送っていた。

 ……いや、正確に言うと、今は黒瀬も殺し屋だが。

「…………」

 殺人鬼だった黒瀬を、加賀が殺し屋に誘った。

 他人を殺すことでしか自我を保てなかった黒瀬を、なんとか『人』として、ぎりぎり『人』として生きていけるように、加賀が手を差し伸べた。

 そして黒瀬も、その手をとってくれた。

 だから加賀は、殺し屋として黒瀬の先輩だし、黒瀬は、殺し屋として加賀の後輩なのだ。

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