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その11-2 正義の味方、殺し屋マン

 自ら「正義の味方です」なんて自己紹介する正義の味方が目の前に現れたら、おそらく加賀は「それはすごいですね」と言って軽蔑した視線を送るだろう。

 同時に、自身のことを「悪者です」という悪者も、それと変わらないくらい胡散臭い。

 彼らはこう言うべきなのだ。

「自分の中にある正義の味方です」

「自分が思う悪さをする者です」

 そんな感じに、あくまでそれは自分が考える正義や悪で、そこに他人様の正義や悪なんて関係ありませんよ、と主張するべきだ。

 そう加賀は思う。

 だから、正義の味方も、悪者も、それは自ら主張することじゃなく、他人がレッテルを貼るものだ。

「私は殺戮パーティーがしたいっすよ」

 黒瀬は、そんな悪者のレッテルをペタペタと何枚も貼られそうな台詞を繰り返して言った。

「んでも、それでも私は、殺戮はしないっす。……あ、嘘っす。なるべく、しないっすよ。だって、加賀先輩との約束っすからね」

 と、黒瀬は柔和な笑みを加賀に向ける。

 緩く結わえられたおさげを揺らして加賀を見つめる。

 約束。

『僕と一緒の時以外は殺さない。一緒の時でもなるべく我慢する』。

 そんな約束。

「……どうして黒瀬後輩は、その約束を守るんだ?」

 良い機会だと思い、それまで何となく聞かなかった……不躾だと思って聞かなかった、その質問を加賀は口にした。

「ふぇ? 守らなくても良いんすか?」

「いや、そういうことじゃなくてさ。べつに、その約束って、僕にも黒瀬後輩にも利益があるわけじゃあないだろ? それなのに、どうして守ってくれるんだろうなって思ってさ」

「んー、大した理由じゃねえっすけど」

 と、黒瀬は腕を組んで言葉を選ぶように……というか、気持ちの言語化に苦労しているような様子でゆっくりと口を動かす。

「えーと……加賀先輩って、殺し屋じゃないっすか」

 加賀は殺し屋の一族。

 古くからある、その界隈ではあまりにも有名な家系。

「んで、しかも『悪いやつしか殺さない』っていう、殺し屋っすよね」

「……あぁ」

 加賀の一族は、『悪いやつしか殺さない』。

 そういうルールの元に殺しを行う。

 義賊を名乗る、正義の味方ぶった、殺し屋。

「なんつーか、そういうのがカッケーと思ったんすよねー。ほら、私って何でもかんでも殺したくなる性質っすから、勧善懲悪! 弱きを助け強きを挫く! 正義のヒーロー! みたいな、そういうの憧れるーって思ったんすよ」

「ヒーローじゃねえよ」

 加賀は黒瀬の言葉を少しだけ遮るようにそう言った。

 そんな加賀に対し、黒瀬は不思議そうに首を傾げる。

「……僕は……僕の一族は、ヒーローでも何でもないよ」

 純粋で、格好良くて、皆の憧れで、世界を救うような、心優しいヒーロー。

 そんなものではない。

 不純で、格好悪くて、皆が蔑んで、世界を陥れるような、心貧しい悪人。

「『悪いやつしか殺さない』とか、そういう綺麗ごとを信じるなよ、黒瀬後輩。人を殺してる時点で、そいつは悪いやつなんだよ」

 それなのに、正義の味方ぶっている一族が、加賀にとってはどうしようもなく、気持ち悪かった。

 居心地が悪かった。

 居場所が、無かった。

「例えばさ、黒瀬後輩。魔王ってやつがこの異世界を支配しようとしてたとする。そいつを倒した人間側の勇者ってやつは、正義のヒーローだと思うか?」

「そりゃあ、正義のヒーローっすよ。悪いやつを殺したんだから、そりゃあ英雄じゃないっすか?」

「だけれど魔王にも、この異世界を支配する理由があったのかもしれないだろ。魔族のために、異世界を支配せざるを得なかったのかもしれない」

 魔族側からしてみれば、勇者の方こそ悪いやつだ。

 要は、正義の数だけ悪はあるのだし、その逆もまた然り。

 それを無視して『悪いやつしか殺さない』なんてのは、あまりにも片腹痛い。

 世界を救ったその後で、魔族を殺し過ぎたと悲観するなんてのも、あまりにお寒い。

「……うーん」

 加賀の言葉を聞いて、黒瀬はまた考えるように腕を組んだ。

「加賀先輩の話は難しくってよく分かんねえっすけど……んでも、その話の場合、べつに魔族のことを考える必要無くないっすか?」

「……どうして?」

「だって私らは人間側っすよね」

 黒瀬は難しそうな顔をして言う。

「なら……魔族のことを考えなくても良いじゃないっすか。いや、相手が握手しようとしてくるところをぶん殴るのは悪いなって思うっすけど、相手が殴る気満々なら、こっちも殺す気満々でいるのが当然っすよ」

 シィン、と空気を斬るように黒瀬はナイフを振る。

 相手が殺すつもりなら、こちらも殺すつもりで立ち会う。

 その意見は分からないでもないが……。

「加賀先輩の言うとおり、正義と悪は絶対じゃあねえっすよね。魔族から見たら、人間の方が悪かもしんないっす。んでも、そんなの当たり前っすよ。当たり前に、正義と悪はどっちもどっちで、どちらか一方が絶対ってのはあり得ないっす」

「そうだろ?」

「だからこそ、どっちかの立場に立つしかないんじゃねえっすか?」

 黒瀬はゆっくりと立ち上がり、ゆらゆらと二つのおさげを揺らしながら加賀に背を向ける。

 そうしてから、左右の人差し指と親指をそれぞれ曲げて二つの輪を作り、そこから目を覗かせながら部屋を見渡す。

「傍観者じゃねえんすからね。加賀先輩の話でいくと、私たちは人間と魔族のどっちかにつくしかねえんすよ。両方救うとか綺麗事はいくらでも言えるっすけど、そんなもんは現実問題できねえっすよね。それこそ、正義のヒーローっす」

 指の間から瞳を覗かせたまま、黒瀬は加賀に向き直り「あ、加賀先輩発見ー」と白い歯を見せる。

「結局、どういう考えが自分に合うのかっつーことっすよね。私の場合は『悪いやつ以外は殺さない』ってのにピーンと来たわけっすけど……でも聞いた感じ、加賀先輩はそうじゃあないってことっすかね」

 どっかりと黒瀬は再びベッドに座り直し、顔から両手を離す。

「んでも、加賀先輩だって、悪いやつは許せない、とかそういう気持ちはあるっすよね。そうじゃなかったら、メリーゼちゃんを追ってた一つ目怪物だって無視してたっすよ。それに、だから加賀先輩は私に約束したんじゃないんすか?」

『僕と一緒の時以外は殺さない。一緒の時でもなるべく我慢する』。

 無差別に殺す黒瀬は、加賀にとって、どう考えても悪だ。

 だから、だからこそ、加賀は、黒瀬に約束をお願いした。

 悪いやつは、許せないから。

 けれども、悪いやつを殺すのも、また悪だ。

 そういう矛盾。

 そこから絞り出された、一つの答えが、黒瀬にお願いした約束なのだった。

「まー、強いて言うなら自分が正しいと思うことが正義なんじゃないっすかね」

 うんうんと黒瀬は一人で頷いて言う。

「んふふ~、だから私は、加賀先輩っていう正義の味方……の味方、なんすよ。正義の味方、殺し屋マンっす」

 間違いなく恰好悪そうな名前を言いつつ、黒瀬は両手を斜め上に上げて謎のポーズをキメた。

 その姿があまりにも間抜けすぎて加賀は思わず顔がほころぶ。

「っは、なんだよそりゃ」

「おお、加賀先輩が笑ったっす。珍しいっすねー」

 ぱちぱちぱち、と黒瀬は柔らかく両手で拍手をする。

「だから、さっきの質問に戻っちゃうっすけど、私はこの『世界』を滅茶苦茶に殺戮してやりたいっす。けれど、加賀先輩との約束があるっすから、この『世界』の悪いやつを殺戮してやる……ってのが、私の妥協点で、加賀先輩とやりたいこと……殺りたいことっすかね」

 にひひ、と黒瀬は屈託のない笑顔を加賀に向けた。

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