その11-1 殺りたいことは変わらない
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「おーい、黒瀬後輩。ご飯作ったぞ」
と、加賀がスープの入った食器を両手に持って部屋に入ると、ベッドにうつ伏せになった黒瀬が目に止まる。
セーラー服を無くしてしまったショックから未だに立ち直れないらしい。
「……いつまでそうしてんだよ黒瀬後輩」
二人でご飯作るっす! とか張り切っていた割には、結局加賀が全部作ることになってしまった。
食品庫にあった謎の野菜っぽい何か、芋っぽい何か、干し肉っぽい何かを、テキトウにぶち込んで煮込んだ謎スープ。
結果的にポトフ的なものが出来上がった。
加賀としてはうまく出来たつもりである。
「ほら、せっかく作ったんだから起きろよ」
「むむむむ。むむむむ」
ベッドに埋もれながら答えるものだから全く聞き取れなかった。
「おーい、食べないのか?」
「……ばべぶっぶ」
……?
食べるっす?
「じゃあ起きろよ」
「んむー」
のっそりと、黒瀬はベッドから上体を起こす。
エビ反りのような格好である。
そんな体勢で加賀の持った食器を見つめた後、黒瀬はベッドに座りなおし、ゆっくりとスープの皿とスプーンを手にとった。
そうしてから、小さく黒瀬は口を開ける。
「……加賀先輩、怒らないんすか」
「あぁ? 怒るって、何を? ご飯作るの手伝わなかったことか?」
「……セーラー服無くしちゃったことっす」
気にしすぎだった。
本当にいつまで気に病んでいるんだろう。
「いやだから、べつに黒瀬後輩が悪いわけじゃないって。それに、黒瀬後輩の手落ちで無くしたとしても、べつに僕はそんなことで怒らないよ」
「……怒ってほしいっす」
「なんだそりゃ」
さっぱり意味がわからなかった。
「えぇと、つまり黒瀬後輩はドMだってことか?」
加賀がそう言うと、黒瀬は不機嫌さ爆発な感じで頬を膨らませ、乱暴にスプーンを使ってスープをバクバクと口の中に押し込んだ。
食欲はあるようなので加賀はとりあえず安心した。
物凄い勢いでスープを平らげた黒瀬は、大きく息を吐いて空っぽになった皿を膝の上に乗せる。
「加賀先輩、私達は強いっす」
「はぁ? なんだよ唐突に」
スープを口に運びつつ加賀は聞き返す。
「元の『世界』でも私達に敵うやつは居なかったっす。この『世界』でだって、私は加賀先輩と一緒なら、誰にも負ける気しないっす」
何が言いたいのだろう、と加賀はモグモグと芋のようなものを咀嚼しながら耳を傾ける。
「あの一つ目怪物とか、メリーゼちゃんはともかく、武器屋に居たあのチビっ子だって、加賀先輩は止めたっすけど、私達だったら……楽勝ではないにしても、絶対に勝てる自信あったっす。なんつうか、加賀先輩は私達のことを過小評価しすぎっすよ」
過小評価。
加賀自身にそういうつもりは無い……が、保守的であるとは言えるかもしれない。
否、消極的と言うべきなのか。
黒瀬が積極的過ぎる分、加賀が消極的にならざるを得ない、という面も当然あるが……それを除いたとしても、確かに物事を悪い方向に考える性格ではある。
「私達なら、世界の全てを殺戮することだって、簡単に出来ちゃうっす」
……いや、やはり黒瀬が過大評価しすぎなのではないだろうか。
「それくらい、私達は強いっす。でも、それでも」
黒瀬はゆっくりと、真剣な眼差しを加賀に向ける。
「そんな強い私達でも、セーラー服は守れなかったんす……」
「…………」
「私達の強さは、セーラー服すら守れないほど、実際には儚くて、ちっぽけなものだったんすね……」
これ笑うとこ?
どういう反応をしていいのか分からないので、とりあえず加賀はスープを飲み続ける。
「加賀先輩は、この『世界』をどう思うっすか?」
「……んー」
また唐突だなぁと思いつつ、加賀はスープを飲み込む。
「どう……って言われてもなぁ。『政府』とか『悪人』とか『魔法道具』とか……色々な要素は今日だけでも分かったけれど、まだ曖昧な部分が多いからなぁ」
「私は、この『世界』に来た時、すげえワクワクしたんすよ」
黒瀬は加賀の言葉を聞いているのか聞いていないのか、お構いなしに続ける。
「つーか、どことなく懐かしい感じもしたんすよね。なんすかね、どっかで見たことあるような、無いような? デジャヴっつうか、既視感っつうか……とにかく、なんか、ようやく目的地についた、みたいな感覚があったんすよ」
「ふぅん?」
なんだかよく分からないが、それも黒瀬の『直感』というやつなのだろうか。
目的地。
探していた場所……。
加賀が求めていた『居場所』に通じるものがあるのかもしれない。
黒瀬の感覚を信じるならば、加賀と黒瀬は{来るべくしてこの『世界』に来た}ということだろうか。
否、加賀と黒瀬はメリーゼの使った魔法によってこの世界に来たのだ。
しかしそれは、メリーゼの意思であるようでいて、実は違う。
なぜなら、メリーゼから聞いた限り『召喚魔法は召喚する対象を選べない』からである。
ならば。
それならば。
実際には、そこに別の意思が存在した?
メリーゼではない、別の意思。
加賀と黒瀬をこの『世界』に召喚した、別の誰かの思惑……。
「でも、この『世界』には絶望したっす。私の大切なセーラー服がどっかにいっちゃう『世界』には心の底から失望したっす」
セーラー服一つで失望される世界が何だか可哀想だった。
「もうこんな『世界』はいらないっすよ。加賀先輩、この『世界』、殺戮して終わらせないっすか? 異世界殺戮パーティータイムっす」
「……そんな理由で『世界』を終わらせんなよ」
「むー……そんな理由とか言わねえで欲しいっす」
口をへの字に曲げて黒瀬は言う。
「加賀先輩にとっては大したことない物だったかもしんないっすけど、私にとっては大切な物だったんすよ。もう壊しちゃえば良いんすよこんな『世界』。良い子ぶる必要も無いんじゃないっすか? 元の『世界』と同じく、私達は修羅の道がお似合いっすよ」
「……それが嫌だから『居場所』が欲しいって言ってるんだけどな」
スープを飲み干して加賀は言う。
「というか僕は静かに暮らしたいんだよ」
「じゃあなんすか、加賀先輩は山へ芝刈りに、私は川へ洗濯に行くんすか」
どこか不貞腐れたように黒瀬は答える。
「だけどそんなのは絶対に叶わないっすよ。殺し屋と殺人鬼に、平穏なんてものは訪れないっす」
「だからさ、もう元の『世界』で殺し屋だったとか、殺人鬼だったとか、そういうのは無かったことにして、僕はただの加賀だし、お前はただの黒瀬として、この『世界』で生きていければ良いじゃんって思うわけ」
だからこその、新しい『居場所』。
今までのことはチャラにしての新生活。
「加賀先輩、それは都合が良すぎると思うっす。加賀先輩が殺し屋で私が殺人鬼なのは、もうどうしたって無かったことにはならなくて、どこの『世界』に行ったって変わらないんすよ」
「ネガティブな意見だな」
そういうのは、本来加賀の役割だが……。
否、ネガティブなのはやはり、加賀の方なのか?
黒瀬は、新しい『居場所』なんて、求めていない。
それは、現状の自分を肯定しているから……?
どうしようもない殺人鬼である自分を、認めているから……?
「……なら」
それならば。
「黒瀬後輩は、この『世界』で、何がしたいんだ?」
「えぇ? だから何度も言ってるじゃないっすか」
ちゃり、と黒瀬はどこからともなくナイフを取り出して答える。
「殺戮パーティータイムっす」




