その1-1 なんかヤバい感じの奴らが出てきた
それが起こる直前の出来事は完全に忘却した。
地面から強い光を発する魔法陣のような模様。
それが、この『世界』で加賀が最初に認識したものである。
そして、自身の隣で不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している黒瀬。
そんな黒瀬と目が合うと、彼女は少しだけ微笑んで子犬のように首を傾げた。
「…………」
首を傾げたいのは加賀も同じであったが、手持ちの傘に手をかけ、とりあえず周囲に気を配る。
加賀と黒瀬を包む、謎の光。
だが、地面からのそんな光は急速に衰えた。
それと比例するように加賀は警戒のレベルを上げる。
薄れゆく光の中……すぐ目に入ったのは、一人の少女だった。
同時に、サッと辺りを見回す。
空は明るい。
周囲は木々で囲まれている。
どうやらここは森の中にある、開けた広場のような場所らしい。
少女以外の人物は見受けられなかった。
少女。
一人の少女。
背丈は黒瀬よりも少し高いが、加賀よりは小さい。
クリクリとした赤茶色の癖毛。
そのあたりの特徴はともかくとして、その服装は、加賀の常識からかけ離れたものであった。
少なくとも、学生服姿の加賀や黒瀬と釣り合いのとれるものではない。
まず、少女が手に持っているのは、その背と同じくらい大きな木製の杖である。
杖の先には丸い水晶のような塊がいくつも連なり埋まっており、不気味な光をゆらゆらと漂わせている。
超怪しい。
身体を纏うのはローブかマントのようなもの。
パッと見た感じ、その中に武具も見受けられないし……ただの装飾だろうか。
そんな摩訶不思議ファッションの少女は慌てるように口を開く。
「た、助けてください!」
日本語である。
日本人には見えないが……。
ともかく。
助けてください……とは。
その言葉だけでは、いかにも説明不足かと思われたが……しかし、その直後である。
少女の、背後。
ずっと先の、森の奥。
薄っすらとした木陰の中から、ゆっくりと、のっそりと、まるで浮かび上がってくるかのように、いくつもの影が現れた。
「うわ」
と、加賀は思わず口に出す。
背丈は大人くらい……加賀よりも少しだけ高いだろうか。
全体的に筋肉質で、異様に両腕が太く、その肌色は薄らとした赤紫である。
その頭には、口が見受けられない。
代わり……というのも変だが、ギョロリ、とした一つだけの瞳が赤黒い光を放っている。
そして頭頂部からは大きく歪な二本のツノが生えていた。
明らかに、人間ではない。
あまりにも不気味な、化物である。
その数、五体。
「お、お願いします! 助けてください!」
少女は加賀と黒瀬のすぐ側まで駆け寄り、救いを求める眼差しを加賀に向けた。
「あいつらは私を捕まえに来たんです!」
さて、どうするか。
少女を助ける義理など無い。
正直、あんなイッちゃってる奴らを相手にするのは、正直やめておきたいところだ。
少なくとも、この場は一旦身を引くのが得策である、と加賀は考えたが――
「うっひゃー! 加賀先輩! なんすかあの人たち! 単眼っすよ! 単眼! ちょーこえー!」
そんな、加賀の思考を掻き消すようなテンションで黒瀬は叫びつつ――流れるような動作でスカートの下に手を潜らせ、シィン、という風切り音と共に右手を頭上に構えた。
ギラリ、と黒瀬の右手に太陽の光が反射する。
黒瀬の手に握られているのは、女の子が持つにはあまりにも無骨で、並はずれて荒々しい、鋭く輝くアーミーナイフだ。
「全員ぶっ殺しちゃって良いっすよね!」
ニィイ、と黒瀬は口元をつり上げる。
ヤル気満々だった。
加賀の後輩。
黒瀬は。
殺人鬼である。
「……いや、黒瀬後輩、何でもかんでも殺そうとすんなって。あんな外見してるけどさ、実はお花を育てるのが趣味の心優しいお兄さん達かもしれないだろうが」
「あんなぶっ飛んだ外見の奴らがそんな純粋な心持ってるわけ無いっす! 逆にそれは殺した方が良いっす!」
酷い言われようだった。
「とりあえず逃げるって選択肢もあるだろ」
「逃げたって追いかけてくるっすよ。追われてるらしいじゃないっすか。そりゃあ追いかけてくるっすよ」
右手に持ったナイフを化物達に向けたまま、黒瀬は首だけ傾け加賀に向かって笑顔を見せる。
「それなら今ここで、殺して、ぶっ殺して、虐殺して、抹殺して、殺戮してやった方が早いじゃないっすか」
……まぁ、こいつは言い出したら聞かないからなぁ、と加賀は諦めをつける。
まったく、どうしようもない後輩である。
「全部いけるか?」
「んー、そりゃわかんねえっす。普通に殺って殺れるのか不明っすから」
確かに、あの化物が『人間と同じように殺して死ぬのか』は謎である。
「うーん、そーっすねー……じゃあ、二体は加賀先輩に任せるっす」
「あいよ」
草を踏みしめ、加賀と黒瀬は、のっそりと歩み寄る化物達を迎えるように立つ。
化物から視線は離さず、加賀は愛用の傘を握りしめる。
傘。
それは、内部に刀が納められた、仕込み傘である。
その柄を掴み、ゾゾゾゾッ、と銀色の刀身を前面に晒す。
ほぼ反りの無い日本刀。
それを右手に持ち、化物に向かって真っすぐと構える。
黒瀬の先輩。
加賀は、殺し屋である。