その5-1 依頼と報酬の天秤
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「ふえー、『悪人』に『政府』っすかー。うんうん、なるほどなるほど、もうすっげぇ理解できたっすよ。私はお利口さんっすからね」
黒瀬はメリーゼに借りたスウェットのような服に身を包み、両手を組んで頷いた。
メリーゼから聞いた『悪人』や『政府』の話。
それを風呂から上がった黒瀬にも改めて説明した。
当人は理解したと言っているが……。
「…………」
説明中、黒瀬の頭上に終始クエスチョンマークが浮かんで見えていたので、本当に理解できているのかは怪しいところである。
いや、まぁ、分かってないのだろう。
「メリーゼちゃんの依頼っつーのは……えぇと、とりあえず、その『政府』の奴らをぶっ殺しちゃえば良いんっすよね?」
「ち、違いますよ! 『政府』は相手にしちゃダメです。命がいくつあっても足らないです」
「さすが黒瀬後輩はお利口さんだなー」
馬鹿にするつもりで加賀はそう言ったが、黒瀬は何だか照れたように表情をアホっぽく緩めた。
アホっぽいというか、アホだった。
「んー、でもそういえば、単眼の化物は殺しちゃったっすよ。あれって『政府』の追っ手なんすよね?」
「あれは『政府』の『役人』が操る人形なのです。あれは倒しても、まだ大丈夫です。あれはほとんど偵察用で、倒されること前提の人形でもありますから……」
「……偵察用……ね」
加賀はそこで少しだけ違和感を覚えた。
なんというか、メリーゼは少し、相手の事情について知りすぎている気がする……。
「『政府』の『役人』から逃げつつ、私が標的としている『悪人』を退治する。これが私の依頼です」
「ふーん?」
膝を折りたたんでソファに座っている黒瀬は、濡れた髪の毛をくるくると弄りつつ、分かっているような分かっていないような表情を浮かべた。
ちなみに、今居る部屋はリビングのような場所だ。
小さな椅子に座るメリーゼに対面するような形で、テーブルを挟み加賀と黒瀬がソファに座っている。
天井には電球……なのかよく分からないが、なんか光る水晶みたいなものが付いており、室内を明るく照らしている。
この屋敷はメリーゼの隠れ家らしいが、しかしそう言う割に部屋数は多い。
建物自体もそこそこ大きくて、本当に隠れる気があるのか疑問である。
……まぁ、魔法というものがあるくらいだから、結界とかそういう都合の良さそうなものがあるのかもしれない。
「ま、聞いた感じ面白そうっすけどね」
と、黒瀬は無邪気な笑みを浮かべた。
黒瀬は、よく笑う。
特に、人を殺すときなどは、恐ろしいほどに充実した笑顔を見せる。
しかし、今の微笑みや、先ほど見せた遠くの街を眺めていたときの笑みは、それとは全く異なる気がする。
歪んだ笑顔ではなく……もっと、純粋な笑顔。
元の世界では見られなかった、黒瀬のそういう、笑顔。
そんな笑みを浮かべたまま、折りたたんだ膝に顔を埋めつつ黒瀬は加賀に顔を向ける。
「加賀先輩はどうっすか? メリーゼちゃんの依頼、受けようと思うっすか?」
「報酬次第かな」
「うひゃー、加賀先輩は守銭奴っすねー。お金で動く殺戮マシーンっす」
黒瀬は大袈裟に両手を広げて驚いたアピールをした。
腹が立つ。
というか、お金がなくても動く殺戮マシーンには言われたくなかった。
そもそも別に、加賀はお金次第で何でも請け負うようなタイプの殺し屋ではない。
生活に最低限必要な金銭を稼ぐ程度だ。
だから、今ここで加賀が言うのは、そういう『物』ではない報酬。
「メリーゼちゃん。例えばさ、『悪人』を倒すってことは、その地域のボスを倒す……つまり、その地域のボス……頂点に成り変われるってことで良いんだよね?」
「あ、はい、そのとおりです」
「『民衆』の反対にあったりはしない?」
「それが『民衆』に嫌われている『悪人』だったら、『民衆』は頂点が代わることを望んでいますし、『民衆』に慕われている『悪人』でも、より強い『悪人』に治安を守ってもらえるわけですから、基本的に『民衆』の反対もなくその座につけると思います。それに……」
と、メリーゼは一呼吸を置く。
「この世界は弱肉強食ですから、強い者が頂点です。弱い者は何も言えません」
微かに、メリーゼの言葉が重たくなったような気がした。
やはり、そこにあるのだろうか。
メリーゼが、とある『悪人』を倒したいという、その理由。
私念か、復讐か……そんなところだろう。
くだらないな、と加賀は思った。
殺し屋として、加賀はそういう理由の依頼をいくつも請け負ってきた。
異世界に来ても、結局、そこは変わらないのか。
だが、元の世界では、あり得ない報酬が、ここでは要求できる。
それは……。
「僕達の報酬は『それ』じゃあダメかな?」
加賀は目を細める。
「僕達がメリーゼちゃんの依頼を達成出来たのなら、『その地域のトップに僕達が立つ』。それが、メリーゼちゃんが僕達に渡す、『報酬』だ」
それは、居場所である。




