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その4-4 曖昧な分け目とその相違

 フルクスはアカディディスの血液で重たくなった服を脱ぎ捨てる。

 可愛らしいフリルで飾られた薄い水色のキャミソール姿だ。

 フワフワしたドレスを脱いだことで、よりフルクスの小さな身体が際立つ。

「「「ううううううおおおおおおおおおお!」」」

 今日一番の物凄い歓声である。

「皆さん! 盛り上がるところを間違えています!」

 会場が変な盛り上がりを見せる中、アカディディスは、フルクスの言い放った挑発めいた言葉を受けても、全く気にしていない様子で豪快に笑う。

「ガハハハハ! 大したお言葉じゃねえかフルクスさんよぉ! それならその『完全』とやらで、この俺をハレンチな事態にしてみやがれ!」

「ふむ、ならば、お望み通り」

 スッ、とフルクスは、鎌を構えた。

 そこで、気がつく。

「……なに?」

 アカディディスも、小悪魔も、そして興奮真っ只中の観客も驚いたことだろう。

 先ほど、アカディディスの血で塗り固められた、フルクスの鎌。

「俺の血は……一度付着したら絶対に剥がれねえはずだ……!」

 鋭い刃を完全に覆っていた、アカディディスの血液。

「フルクス……お前、何をしやがった!」

 消えていた。

 アカディディスの血液が、完全に消えていた。

「何が起こっているのか分かりません……! が、フルクス選手の鎌を覆っていたアカディディスの血液が、いつの間にか消失しています!」

 まるで、何事も無かったかのように。

 フルクスの鎌は、その鮮やかな銀色の輝きを取り戻していた。

「あー、あー、あー?」

 とぼけたように、フルクスはその鋭い鎌を優雅に振り回しながら、アカディディスに歩み寄る。

「『何をしやがった』って、そんなの言うわけないじゃろうが。ワシの『魔法道具』……この鎌に掛けられた魔法の正体を、そう簡単にバラすわけがないじゃろうが」

 唇をつり上げて、フルクスは邪悪に微笑む。

「まぁ、少なくとも、お前は、ワシとは、相性が悪い……ってことじゃな」

「ガ、ガハハハハハハハハ!」

 アカディディスは豪快に……否、虚勢を張るように大きく笑い飛ばす。

「何をしやがったかは分からねえが、それならまた固めてやればいいだけの話だ!」

 両腕に左右に伸ばし、見せびらかすように力こぶを作る。

「俺の鍛え上げた肉体の限界まで! 俺が血液を流し続けられる限り!」

 滴り落ちる血液を振り払い、フルクスを指さす。

「ガチガチに固め続けてハレンチなことにしてやるだけだぜ!」

 と、アカディディスがフルクスに突進しようとした――その時。

 ガクン、とアカディディスは膝から崩れ落ちた。

「あーっと! アカディディスが倒れました! どうしたのでしょう!」

「……あ、あぁ? な……ん……だと?」

 よく見ると、アカディディスの顔は真っ青だった。

 そう、まるで――

「あー、あー、あー、おいおいどうしたー? 貧血かのう?」

 裂けるような笑みを浮かべるフルクス。

「血、流しすぎではないのか? 『鍛え上げた肉体の体力』とやらは口だけじゃったか?」

「う……ぐ、そんな……馬鹿な。こんな早く……ありえ、ねえ……! フルクス……てめぇ、また……何かしやがったのか……!」

「おいおい、人のせいにするなんて酷いのう」

 やれやれと言わんばかりにフルクスは大袈裟に片手を広げて首を左右に振る。

「今日は体調が悪かったのかのう? それともダルかった? 昨日は寝てない? お腹が痛かった? あー、あー、あー、そいつは仕方がないのう。ワシと一緒じゃ」

 残忍に唇を歪め、フルクスはアカディディスに近づく。

「それじゃあそろそろ終わりじゃな」

 フルクスが鎌を振り上げる。

 そのあまりの風圧で、アカディディスの服がビリビリに裂け、その筋肉質な肉体が顔を見せた。

「あー! これはハレンチな事態です! これは! ハレンチな! 事態です!」

 小悪魔的には大事なことだったので二回言った。

 ヨダレがでる。

 間髪入れず――フルクスはアカディディスの身体に斬撃を入れる。

 まるで、全身に真っ赤な蜘蛛の巣が張ったかのごとく、一瞬のうちに赤色の線が無数に刻まれた。

 もうアカディディスに血を固める程の体力は残っていないだろう。

 断末魔を上げる間もなく、アカディディスは白目を向き、そのまま地面に――ドサリ、と倒れた。

「ほれ、小悪魔審判。ワシの勝ちで良いかの?」

 言われてハッと気がつく。

 小悪魔は急いでヨダレを拭い取り、マイクを構える。

「えー……と、アカディディス選手を再起不能と見なします! よってこの度の『決闘祭』! 勝者は、『政府』『残忍幼女(スパイシードロップ)』フルクス選手です!」

「「「うおおおおおお! フルクス様すげー! かっこいー! 結婚してー!」」」

 大歓声が鳴り響いた。

「くあー、疲れたー。んじゃ、ワシは帰るからな」

 フルクスは、アカディディスの血に塗れたモノクロドレスを拾い上げる。

「あのマッチョマン、さっさと医務室に運んでやっとくれよ。若い芽を摘むのは『政府』の方針じゃないからのう」

「え、えぇ、はい。了解しました、フルクス様」

 このロリババアたまにしっかりしたこと言うんだよな、と思いつつ小悪魔は連絡用の水晶で医務班を呼ぶ。

『政府』は『傍観者』である以上、世界への直接的な干渉を基本的に行わない。

 もっとも、『直接的』とか『基本的』という部分は、『派閥』によって解釈が少しずつ異なるが……。

 しかし……一つだけ、そこには共通点がある。

 それは、『殺生の禁止』である。

 弱肉強食という世界である以上、そこに死人は必ず発生する。

 例えば『悪人』同士の争いが起こった結果、どちらかが死んでしまったり、それに巻き込まれてしまうというのは当然起こり得る。

『民衆』や『悪人』が、『世界』で何をしようとも、『政府』はそれに対して何も言わない。

『政府』は『傍観者』だから。

 逆に言うと、『傍観者』である『政府』は、『世界』に手を出さない。

 つまり、『殺生を行わない』。

 例外として、『決闘祭』などの『政府』が認めた場以外で、『悪人』や『民衆』が『政府』に敵意を向けた場合。

 それは別だ。

 それこそあり得ないだろうが、例えば『役人』を暗殺しただとか、例えば『役人』の持ち物を盗み取ったりしたとか……。

 そういうとき。

 そんなときは『それに対応した結果、やむを得ず殺してしまった』という抜け道……建前を用意しているそうだが……。

 その辺りは、小悪魔もあまり詳しく知らない。

 小悪魔は倒れたままのアカディディスに視線を送る。

「…………」

 というか、アカディディス。

 なんかもう大変なことになっている。 

 滴り絡みつく血液。

 呼吸によって上下する筋肉。

 小悪魔の……大好物!

「フルクス様……ありがとうございます! ごちそうさまです!」

 と、小悪魔は心の中で感謝する。

 ……それはそれとして……と、小悪魔は会場から出て行くフルクスに視線を移す。

 当初は苦戦するかと思われた試合だったが……フルクスはあっけなくアカディディスに勝利した。

 さすが、『政府』の『役人』といったところか。

 アカディディスを打ち破ったフルクスの力。

 その能力の正体、それは――

「…………」

 小悪魔も全然知らないのだった。

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