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携帯電話の普及で公衆電話がめっきり少なくなった。さらに周囲に防犯カメラがなくて、人目があまりないという条件をつけると、本当に候補地は限られてくる。
樹音が選んだのは警察署の前にある公衆電話だった。そんなところにある公衆電話を使うというところが、ちょっとおもしろいと感じたのだ。
指紋を残さないため、手袋をしたまま電話ボックスに入る。寒い冬だからあやしまれる可能性は低いだろう。
硬貨ではなく、通話が終わると返却されるテレホンカードを使うことにした。十円玉にどれほどの証拠能力があるか疑問だが、残さずにすむものは残さない。
三回ベルを鳴らすと、相手が出た。同時に樹音は頭の中で一、二、三と数を数えはじめた。リミットは三十秒と決めている。実際のところ、逆探知するのに必要な時間がはっきりわかっているわけではないが、一分では危ないし、十秒や二十秒では用件を全部伝えることができない。
『はい、戸波です』
「昨日の手紙を見てくれましたか?」
しゃべっているふりをして、実際にはICレコーダーのスピーカーを受話器に押しつけている。その声は朱里に台本を渡してしゃべらせたもので、もし録音していても問題ないし、同時に人質の無事も示すことができる。
もちろん、録音だから要求を一方的に伝えるだけで、向こうの質問に答えることはできないし、もしできたとしても、その気はない。
電話はできるだけ短時間で終わらせなければならないのだ。
現金で一億円を用意するようにという手紙は、すでに昨日のうちに郵便受けに放り込んできた。ほかに身代金の運搬手順など、必要なことは伝えてあるから、電話で聞くのはその諾否だけだ。
話をスムーズにまとめるため、その手紙には高針聖夜の写真も同封しておいた。身代金の受け渡し場所に警察が張りこんでいたせいで頭をコンクリートブロックで殴られ、川に遺体を捨てられたことになっている少女。
もちろん、戸波朱里の父親はすべての条件を飲んだ。