感想を書こう
「ねえ、康太ー、聞いて聞いてー」
2年6組の昼放課、俺が本を読んでいたら、明美が話しかけてきた。
「ねえ、ねえ、聞いてってばー」
無言を貫き通していると、また声をかけてきた。
「やだ、めんどい」
俺は付きまとってくる明美の発言を一蹴した。こいつの言うことにいちいち耳を傾けていたら、時間がいくらあっても足りやしない。
俺は一言返事をして、読書に戻る。1時間目の途中から読み始めた「項羽と劉邦」、まさかここまで面白いとは思っても見なかった。
「私さー、ブログとツイッターとミクシイをしてるんだけど」
聞く気はないと言っているにもかかわらず、気にせず言葉を続けてきた。明美の声が入ってきて、だんだんと本に集中できなくなってきたので、いったん本を置いて、話を聞くことにする。
「どこにも、1回もコメントも返信も来ないんだよー。1回くらい感想来てくれてもいいのに……」
ちゃんと聞こうと思っていたが、なんて返事すればいいかちょっと困り、間の抜けた返事をした。
「はぁ……さいですか。がんばれ」
「がんばれじゃなくて、何かアドバイスちょうだいー」
まずは自分で考えろよ、とちょっと言いたくなったが、少しだけ我慢して返事をする。
「続ければそのうち来るんじゃないか? ちなみに初めて何ヶ月?」
「3ヶ月ー。毎日更新してるのにー」
……それはまた。そろそろくじけてもいい頃合だよなあ。自分はブログなんて、3日書いて飽きてやめたからなあ。
「ちなみにどんなこと書いてるんだ? どれでもいいから、見せて」
「いいよー。それじゃまずツイッターね……はいこれー」
そう言って携帯を取り出し、カチャカチャと操作をし、俺に渡してくれた。
ふむふむ……。
『おはようなう』
『おやすみなう』
『おはようなう』
『おやすみなう』
『おはようなう』
『おやすみなう』
『おはようなう』
『おやすみなう』
……。
「お前馬鹿だろ!? おはようとおやすみしかつぶやいてないじゃん! それで何の返事もらおうってんだ!?」
「ええ!? あいさつされたら、あいさつするのが基本でしょ!?」
「ツイッターでつぶやかれるすべての挨拶に返事してたらそれだけで1日が終わるよ!」
……はぁ、明美のやつはなに考えてんだか。これじゃ返信が来なくたって当たり前だろ。
これ以上見る気も失せたので、明美に携帯を返す。
「でもでも、以前は他にも書いてたんだよ。でも誰も返事してくれなくって……」
「はぁ……じゃあ、他にどんなのつぶやいたってんだ?」
「えっとね、これこれ」
下のほうにスクロールして、再度俺に手渡した。
どれどれ……。
『ブログ更新したよー、見に来てね』
……何度も読み直してみたが、後にも先にも、このつぶやきにはこの1文しか書かれていない。
「あのさ、明美。ブログを更新したのはいいんだけど、URLが載ってないんだが」
「最初の1回は書いたよ?」
「毎回書けよ!」
どこに明美のブログがあるか、わからないじゃねえか。
「ええ? めんどくさいー」
「それぐらいでめんどくさがるな! そんなんじゃ、誰も読みにいかないって!」
「そんなことないよ! ブログを更新すると、更新した瞬間に必ず1人誰かが見に来てくれるもん! その人のおかげで頑張れるんだよねー。今まで1回もコメント返してくれたことないけど……きっと恥ずかしがりやさんなんだねー」
……どなたか、明美に検索ロボット君について教えてあげてください。自分にはかわいそうすぎて、その事実を伝える勇気はありません。
検索ロボット君……あなたのおかげで、明美はずっとブログを続けられていたようです。
「まあいいや。んで、ブログの記事はどんなのなんだ?」
「えっと……あった。これだよー」
再度、明美に操作をしてもらって、ブログの記事を見せてもらう。
今度はまともなのが書いてありますように。
『ミクシィ日記を更新したよ。見に来てね』
……もう、狙ってやってるとしか思えないんだけど。
「あのさ、何でわざわざツイッターからブログを見に来たのに、さらにミクシィ日記を見に行かないといけないわけ? ってか、俺ミクシィのアカウント持ってないから見ることすらできないんだけど……って長くなるからもういいや。最後、ミクシィ日記見せて」
「うん、わかったー……はい、どぞー」
ミクシィの日記画面に移動してもらってから、携帯を受け取る。
もうなんか、まともな記事なんて期待しちゃいけない気がしてきたが、一縷の望みをかけて見させてもらう。
『ツイッターでつぶやいてきたよ。見に来てね』
「あほかー!」
「えー? なんでなんで!?」
「なんでって、これじゃ無限ループじゃんか! ツイッター見て、ブログ見て、ミクシィ見に行ったらまたツイッター見に行くとか、馬鹿じゃないの!? ちょっとくらいまともな内容書けよ!」
「だってさー、ツイッターだってブログだってミクシィだって何書けばいいかわかんないし」
「別に適当な内容でいいじゃん! 今日1日あったこととか!」
「『今日は晴れだった』」
「小学生の日記かよ! もっと内容を盛り込んで!」
「『今日は晴れのち曇り、朝は気温0度、昼ごろになると12度にあがったが』」
「天気ネタしかないのかよ!」
「天気の話は万国共通で盛り上がれるって聞いたよー?」
「それはそうだけど、天気の話だけじゃつまんないだろ。もっと自分の話すればいいじゃん」
自分の話をしているブログは多い。ただいま就職活動中……なかなか決まらずいました、けれどとうとう、まるまるうまうまに内定いただきました! とか、そんなブログはよく見かける。
今日は子供たちと動物園に行ってきます。って言って、動物の写真をブログにアップしてる人とか。お城めぐりが趣味、1年間で目指せ100城制覇! って言って城の写真をアップしてる人とか。
そういうのを書いていけばいいんじゃないかと思うんだけど。
「『私は今日も元気です』」
「もっとなんか書けよ! お前もっといろいろしてるじゃんか!」
「私、康太とは違うもん。平々凡々な人生しか送ってないよー?」
全然そんなことはないと思う。今日だって、クラスメイトの白鳥君に呼ばれて屋上に行ってたし。白鳥君が落ち込んでたところを見ると、結果は推して知るべしだが……まあ、本人が平凡な人生だと主張するんだったら仕方ない。
「だったら、自分の身の回りであったことを書けばいいんじゃないか?」
「ええっと……例えば『今日、愛知県長久手町○○番地の森田康太が」
「何で俺の個人情報駄々漏れにしようとしてんの!? 別にそこは『私の友達が』とかでいいじゃん!」
「ううん……それじゃ『最近、友達が私の紹介でアルバイトの面接に行ったとき、『家業は?』ときかれて、『かきくけこー!』とさけんだ』とか?」
「間違っちゃないけど俺のネタはやめてくれ」
その後も、明美とブログやツイッターの内容について、ああでもないこうでもないと押し問答をしながら、携帯で明美のツイートやブログを見ていたのだが……。
「あれ? 今気づいたんだけど、明美、フォロワーとかっていないの?」
「いないよー。誰もフォローしてくれないんだもん」
いや、駄目だろ。それじゃ誰にも気づかれないじゃん。フォローすれば、フォロー返ししてくれる人結構いるのに。
そこから返信したりされたりが始まると思うんだけどなあ。
「や、まずは自分から誰かをフォローしろよ……って、あんま想像したくないんだけど、ブログのほうでも、もしかしてコメントが来ないーって言っときながら、明美は誰にもコメントしてないとか……あるわけないよな?」
「もちろんしてないよー」
「そこ自慢して言うところじゃないから!」
開き直ると言うよりも、それが何も間違っていないと言うように思いっきり胸を張って宣言する明美を見ると、イラッとくるを通り越してあきれてきてしまう。
「だって、私自分から媚を売るような安い女にはなりたくないのー」
自分が突っ込みを入れたら、少しだけむっとしたような顔をして返事した。
「……本音は?」
そう俺が尋ねた瞬間、また顔が満面の笑みになって、こう答えた。
「他の人のツイートとかブログって、読むのめんどくさいよねー」
「もうお前、一生返事来なくていいよ!」