春の声、春の足音、春の顔
春夏秋冬がとてもあざやかな、小さな国がありました。
春、太陽の柔らかなきらきらを浴びて、地上に命があふれ出します。人々はお弁当を作って何万本もの花が咲き誇る公園に出かけていき、ピクニックを楽しむのです。南の国から帰ってきた小鳥のむれが見事な宙返りや空に模様を描く特殊飛行をしてみなを楽しませる、羽祭りが行われるのも春でした。人々は、たがやした地面に種をまき、苗を植えました。
夏は、遊びの季節です。とても暑くなるので、人々は仕事を休み、みんなで海や川で遊んだり、冷たいお酒やお菓子を作って楽しみます。勢いよく茂る雑草を、ただひたすら食べていくためにはなたれたヤギや牛とともにきれいさっぱり刈り取る青草祭りは、この季節ならではの風物詩です。
秋になると、野菜や果物、穀物が実ります。みんなで一生懸命収穫して、その後で国一番盛大な収穫祭を開きました。つみたて、もぎたての果物で作ったケーキやパイ、ふっくらと焼き上がった新麦のパン、じっくりと熟成させたぶどう酒……ごちそうをたらふく食べながら、だれもが浮かれ騒ぐとても楽しい祭りでした。
冬は、静かな季節でした。真っ白な雪がずんずん降って、家の外に出ることも難しくなるので、人々はクマやヤマネのように冬ごもりをしました。日持ちのする食糧をどっさりと貯め、暖かい家の中で日々本を読んだり室内遊戯をしたり、早い時間からうとうとと眠ったり、のんびりと過ごすのです。また、一晩だけ外に出て、澄み切った冬の夜空をみんなで眺める星祭りも、なかなか乙なものです。
人々はたびたび、どの季節が一番楽しいか、議論をしました。秋が好きという人がいれば、夏が一番だという人もいました。けれど結局みんな、どの季節も好きなのです。
この国の季節が色とりどりなのは、春夏秋冬の神様のおかげでした。神様は楽しそうに、祭りのどこかにまぎれこんでいるのです。
ところがある時、強い風がびゅうと吹いて、季節の神様をみんな吹き飛ばしてしまいました。そのせいで、春も夏も秋も冬もなくなり、草花や作物もひょろひょろとしか育たなくなりました。季節が変わらないので、節目節目のお祭りもなくなり、人々は毎日味気ないくらしを送るしかありません。
このままではいけないと、王様は心をひどくいため、今年十二歳になる元気者の王子様にたのみました。
「みんなのために、季節をとりもどしておくれ」
そこで王子様は、愛馬にのって、風に吹き飛ばされた季節の神様たちを探す旅に出かけました。変わりばえのしないつまらない景色が延々と続きます。王子様に手を振る人々も、やはり浮かない顔でした。
ところが、馬に乗った王子様は、いつどこで見てもとても楽しそうなのです。わくわくと辺りを見回し、口笛を吹き、鼻歌を(鼻歌といえないほど大きな声で)歌います。そのうち、ふところから角笛を取り出して、高らかに吹き鳴らしながら進む始末でした。こうすることで、どこかにいってしまった季節の神様たちを呼ぶつもりなのです。人々は最初角笛をうるさがりましたが、そのうちその素っ頓狂でやかましい音が妙に気に入り、王子様に声援を送るようになりました。
その様子を見ていた悪い風の神は、邪魔してやろうとはりきって、王子様を馬ごと吹き飛ばしてしまいました。
吹き飛ばされた王子様が落ち着いたのは、夏しかない大きな島国でした。一年中大きな甘い果物がなるその島では、あまりに暑いので人々は年がら年中最低限の服しか身につけていません。毎晩彼らが楽しく踊りを踊っているので、王子様も混ぜてもらうことにしました。
踊っていると、とてもへんてこな仮面をつけた者がよってきて、王子様と踊ってくれました。寝る時間になると、その人は仮面をとって正体を明かしました。
なんと仮面の人は、その島にいる夏の神様だったのです。神様は踊りをすぐに覚えた王子様をとても気に入り、ずっとこの島にいるようにと誘いました。
島のおいしい果物やお酒で、ちょっと浮ついた気持ちになっていた王子様は、このまま島にいるのも悪くないなと思い始めました。
けれどもその時、
「彼の寝床を探してごらん」
と、誰かが耳元でささやきます。
王子様は、その言葉に従い、神様の寝床を見せてもらいました。するとどうでしょう、たくさんのお客様がごろごろと休んでいる、木の上の大きなベッドに、王子様の国の夏の神様がいるではありませんか。
夏の神様は、王子様に気がつくと照れくさそうに起き上がり、さあ国に帰りましょうと言いました。島の魅力にとりつかれそうになっていた王子様もやっぱり少し後ろめたい気持ちでいたので、のんびりしていた神様を責めません。島の船で大陸へと送ってもらい、馬と神様、王子様の三人で旅を続けました。
次にやってきたのは、ずっと雪がふっている、冬だけの村です。暑い島からやってきた夏の神様は、あまりの寒さに気絶してしまいました。大変な思いをして神様を宿屋に運び込んだ王子様は、宿屋にいる人々が起こす騒ぎにおどろきました。
その国では、みんなしょっちゅう争っているのです。ではさぞ嫌な国かといえば、そうでもありません。言い争いがけんかに発展し、けんかが決闘や集団での戦いになっても、一旦の勝ち負けがついてしまえば互いを認め合い、前よりいっそう仲良くお酒を飲んでいるのです。けんかは、その国の人々にとっておしゃべりやあいさつと同じようなものでした。クマやキツネ、トナカイなどの獣も同じで、道を歩けばいつでもどこかで、獣たちがとっくみあいのけんかをしています。熊に出くわした時も、それで上手く逃げ出すことができました。
王子様と夏の神様は、寒さに凍えながら冬の神様を探しました。寒いせいか些細なことで腹がたち、仲良かったはずの二人も小さなけんかばかりするようになりました。
ある時、二人が道を歩いていると、激しく殴り合いのけんかをしている男女がいました。勝敗がつかないうちに止めても無駄なことを、このごろでは二人とも分かってきたので、黙ってけんかの様子を眺めていましたが、ふっと雪が止んで、彼らの顔がよく見えた時、二人はあっとおどろきました。
けんかをしている片方の女は、冬の神様だったのです。さすがに王子様たちは止めに入りましたが、けんかに夢中になっている冬の神様は、仲間がいることにも気づかず、相手ばかり睨んで腕を振り回しています。
困ってしまった王子様の耳に、ずしん……ずしん……と、大きな音が聞こえます。雪崩か、いや、何かよほど大きなものがやってくるのでしょう。冬の神様たちも気づき、けんかどころではなくなってしまいました。王子様たちと共に、だんだん近づいてくる足音からかくれました。
足跡はそのうちどこかへいってしまいましたが、冬の神様たちの頭はすっかり冷えました。けんかはおしまい。握手を交わして相手と別れると、神様はようやく王子様たちに気づきます。そして、旅に加わりました。
秋の神様がいたのは、冬の国と夏の国のちょうど中間の国です。あちらこちらで実る豊かな作物を見て回り、気まぐれに葉の色を赤や茶色に変えて遊んでいます。王子様が近づいていくと、風が怖いので国には帰らないと言いました。びゅうと吹き飛ばされたのが、よっぽど恐ろしかったのでしょう。
少女のような秋の神様は、その国の人々に可愛がられ、とても幸せそうでした。キャンデーを手にもってにこにこしている神様を眺めていると、王子様たちはなんだか自分たちが悪者のような気がしてきて、こっそりと目配せをします。
『冬と秋だけで帰ろうか?』
『それがいいような気がしてきた。春もどっかにいるだろうから、探して四人で帰るとするか』
『でも、秋の収穫祭りがないと、みんなががっかりしてしまいますよう』
王子様はもう一度秋の神様を説得しようと、歩き出しました。
秋の神様は、もらったおもちゃで遊びながら、地面に残る水たまりをのぞきこんでいます。近づくと、なにやら楽しそうにしゃべっているようです。
「うん……うん……いいよ」
顔を上げた秋の神様は、王子様を見つけ駆けよりました。
「あたしも、みんなと帰る!」
王子様は喜び、冬と夏の神様に報告しに行きました。
秋の神様もみつけて喜んでいたところ、悪い風が突然目の前に現れました。
風は、自分のいたずらが台無しになったのを知ってひどく怒り、また神様たちを追い払おうとします。けれども、王子様はかかんに風と立ち向かいました。冬の国で学んだけんかの仕方で、風と戦いました。強風にあおられて王子様が何度も倒れると、冬の神様がかわりに戦い、夏の神様は激しい踊りと発散する暑さで風をいらだたせます。
そうしている間に、秋の神様が、そこの国の人々に助けを求めました。人々は、王子様たちを苦しめる風を見ると、手に手に武器を持って加勢してくれました。風はおどろいて、逃げていき、もう二度と王子様たちの前には現れませんでした。
こうして三つの季節を取りもどした王子様を、国で待っていた人々は大喜びしてむかえました。
あるとき、さんぽしていた王子様は、女の子たちがこう話しているのを耳にしました。
「冬や夏や秋がもどってきて、本当によかったわね」
「ええ。でも、内緒のことを言うと、わたしが一番好きだったのは春なの。あたたかくて、優しくて。どこにいってしまったのかしら……」
王子様はそれを聞いて、いてもたってもいられなくなり、王様に願いでて、また春を探す旅に出ました。
けれど、長い時間をかけ、どこを探しても、春は見つかりません。一年中春の国など、世界のどこにもありませんでした。冬よりもあたたかく、夏よりも涼しく、秋とよく似ているけれども命の芽吹きをあちこちで感じる春。そんな春の気配は今でもはっきり思い出すことができるのに、影も形もないのです。
王子様がとぼとぼともどってきたのは、ちょうど冬でした。国中を踊り回っていた冬の神様が、王子様にささやきます。
「耳をすましてごらんなさいよ」
かすかに、歌声が聞こえます。冬の神様は、片目をつぶってみせました。
「お次は、地面に寝転がって」
ずん、ずん……と、ゆっくりとした足音が王子様の体にひびきました。
「さあ、目を開けて」
目を開けると、そこににこにこ笑う春のおじいさんがいました。春の神様は、最初からずっと王子様のそばにいたのです。
雪はしだいにとけ、やさしい緑色の草花の芽が、地面から顔を出しています。春が戻ってきたのでした。




