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9話「滴る祈りの雫(後編)」

9話「滴る祈りの雫(後編)」


部屋の中は熱気で包まれている。

どこかから暖められ、蒸気で包まれた空間はその熱気を保ちながら二人の発汗を促進している。


花のような甘い匂いで充満した部屋で、二人は備え付けの椅子に座り対面していた。


ノインは麻布でできたタオルで汗を拭うと用意された瓶に汗を集めるように慣れた手つきで絞り入れる。


カイは非常に緊張していた。

薄着のノインと二人っきり。すさまじい熱気の中。

暖められた空気は以前よりも粘性を増しているかのように肺の奥にねっとりと絡みつく。

何より採取の最中であるという特殊な状況下で何を話していいのかもわからず緊張していた。


静寂を破ったのはノインだった。


「あのね、カイ。私の勘違いだったら恥ずかしいんだけど、あの日のブローチって・・・もしかして私に?」


カイはしどろもどろになりながらも答える。

「あ、ああ。あの日誕生日だっただろ。だから似合うかなって思って。会ったこともなかったのにな。

 ノインは巫女様なんだし、あんな子供っぽいの付けないよな。」


「ううん、すごく嬉しかった。今もこっそり持ち込んでるんだよ、ほら。」

タオルに隠していた花のブローチを大事そうに両手でかかえてカイに見せる。


「不思議だね、もう3年も前からあの部屋でお話してたのに、こうして会うのはまだ三回目だね。

 私にとってあの時間はかけがえのない時間だった。

 あなたの声を、話を聞くのが楽しみでつらいお役目も耐えることができた。」


「そんなの俺だって一緒さ。救いの見えない毎日の唯一の楽しみだったんだ。

 なあ、こんな搾取間違ってるよ。ノインが犠牲になる必要なんてないじゃないか。」


ノインは少し複雑な表情をした。

「ううん、今はこのお役目を誇りに思っているの。みんなの役に立つってわかってる。それに今はカイの役に立てるから。」


カイは悔しい表情を隠せなかった。

「ごめん、俺もあいつらと一緒なんだ。君のことを利用して、傷つけて、君を助け出したいのに・・・」


「嬉しい。カイに必要とされるなら私頑張れるよ。」


ノインの優しい表情に何も言えなくなってしまったカイは誓うように言葉を紡ぐ。

「外には見たこともない竜たちが居た。あいつらが君をこの塔に縛り付けるって言うなら、全部倒して君を助け出すから。」


「カイ・・・。嬉しいけど、でも約束して。決して無理だけはしないで。あなたが居なくなってしまったら私・・・。」

囚われの姫は年相応の笑顔を見せるも、次には不安げな顔をした。


二人の間にまた沈黙が走る。


ノインは体を拭いていたタオルをカイに差し出す。

「背中、お願いしてもいい?自分じゃ届かなくて。」


カイは緊張しながらもタオルを受け取る。


ノインの後ろ側へ回ると湯浴み着の背面側はざっくりと空いていて、少女の華奢な背中を惜しげもなく外気にさらしていた。

綺麗な銀の髪はノインの頭頂あたりで小さくまとめられており、首筋から腰のあたりまで、その視界を遮るものは何もない。

国を竜から守る巫女、その小さな背中が無防備に少年の前に晒されていた。


肌は熱気に当てられてか、ほんのりと赤みを帯び、背中には玉のような汗が伝っていた。

汗の粒を腰のあたりから救い上げ優しく拭き上げる。


「んんっ。」


背中がくすぐったいのかノインが短く声をあげる。


女性らしくくびれた細い腰回り。

背骨の線を示す溝が腰から首へと伸びる。

肩甲骨が背中に見せる凹凸。

細い首から滴る汗が、それらを伝い腰まで落ちる。


下から上へと見上げていた視線を、汗がまた下へと引きずり下ろす。


カイがタオルをあて、ノインの背中を拭くたびに、

少女は熱を帯びた小さな声をあげる。


たっぷりと水気を吸ったタオルは麻布のがさがさとした質感を失い、しっとりとした手触りを増していた。


「そうしたら、この瓶に絞って。」

ノインに言われるがままにタオルを絞ると、ひと口分はあるだろうか、汗が瓶に貯められていく。


ノインは上気する顔をこちらへ向けるとさらなるお願いをする。

「ごめんなさいカイ、腕もお願いしていい?」


カイが拭きやすいように体の右側を向けると、カイは右肩に触れる。


「ん。」

ノインの吐息が先ほどよりもすぐ近くから感じられる。

カイは緊張しながらも少女の体を優しく拭う。

タオル越しとはいえ初めて触れる少女の体。

否応なしに、薄い亜麻布のタオル越しに、柔らかい肌の質感を感じてしまう。


じんわりと汗をかく肌。

柔らかな丸みを帯びた肩。

ふっくらとした二の腕。

華奢な体つきを示すひじ。

あたたかな手のひら。

しなやかで細い指。

すべての部位がカイの触覚を刺激する。


淫靡な行為にドギマギする気持ちをぐっとこらえる。


「左も・・・お願い。」

今度はもはや正面に近い角度で向き直ると左腕をカイに差し出す。。


カイの左手は少女の手を優しく掴んで拭きやすいように持ち上げる。

右腕と同じように肩、ひじ、手、指へと。右手に持ったタオルで優しくその肌をなぞる。


カイはノインのほうを見やる、するとノインと目が合ってしまう。


ノインはすぐに微笑み、少し恥ずかしそうにすると、左腕をさらに挙げる。


「ごめんなさい、カイ。ここもお願いしてもいい・・・?」


ノインは左腕を恥ずかしげに挙げながらも少女の腋を晒す。


彼女の甘い香りは強さを増して、カイの鼻腔を魅了する。


カイは無言で腋にタオルを近づけると腕に沿うように汗を拭く。

柔らかな肉を携えた人体の弱点ともいえるその薄い肌の敏感な感覚がくすぐられる。


「ぁ、ん・・・。」


ノインの弱い刺激を我慢するような、甘い声が聞こえる。

過激な一連の接触はカイの五感をくすぐり、ついにカイの体の一部を興奮させ、我に返るカイは理性を働かせた。


「ごめん・・・これ以上は、無理だ。」


「・・・うん、ありがとう、カイ」

カイの興奮を知ってか知らずか少女の要求は終わる。


ノインは返されたタオルにカイの体温を感じ、少しの時間見つめたのち、汗を絞るとまた清拭に戻る。


ノインは胸元のたまった汗をタオルに染み込ませるように鎖骨にあてがう。

胸元と湯浴み着の間にたまった汗をぬぐうように少し強く拭きとる。

ノインの動きに合わせて小さくも起伏を持つ胸が動くのが見て取れた。


次に足元へと移る。足元まである湯浴み着をたくし上げると少女の脚が露わになる。

健康的な太ももから、膝、ふくらはぎ、足先へと器用にノインはタオルを這わせる。


カイは何やらのぞき見をしているような気持ちになり、ふと部屋の隅に目をやる。

部屋の中には依然見たものと同じ、果物が乗った大皿があった。


「あの、果物好きなのか?」


少しノインは考えてから答える。

「うーん。嫌いではないけど、好きってほどでもないかも。」


カイは疑問に思う。ではなぜ食べきれないほどの量が大皿に盛られているのだろう。

「じゃあなんであんなにあるんだ?」


ノインはなんということでもないと言わんばかりにあっさりと言う。

「果実を食べるのは、巫女の匂いのためなの。

 巫女の匂いをより強めて純度の高い聖水を作るため。

 あれは今日の分、全部食べ切れば少しのお肉とお野菜を食べてもいいんだよ。」


あれだけの量を一日で食べきれるわけがない。


カイは孤児であるため、食べ物に自由はなかった。

だからこそ城下町の人間は何を食べるもの自由という生活をどこか羨んでいた。


しかし、他ならぬ巫女の食事はここまで制限があった。

食べたいものを食べられず、食べたくなくともこれしか食べれない。


飢え以上に苦しいことではないのか・・・、そうカイが思うのも無理はなかった。




汗の量も気づけば大きな瓶の二つ目の半ばに達していた。


「カイ、最後にこれ絞るの、お願いしてもいいかな?」


ノインはそう言うと湯浴み着の前垂れ部分を持ち上げてカイに差し出そうとする。


湯浴み着は腰のあたりから深いスリットが入っていて、腰から下は前と後ろの2枚の布に分かれているような形状だ。


ノインは瓶の前に立つ、カイはノインの正面にひざまずく姿勢になると前垂れをぎゅっと絞る。

その姿勢はまるで姫に誓いを立てる騎士のようだった。


汗と蒸気を吸って重たく垂れていた布はぽたぽたと勢いよく瓶に汗を吐き出す。


ついに二つあった瓶はいっぱいになった。


瓶に蓋をする。

"祈り"は終わり、カイが竜を狩りに行く、そのための聖水を手に入れた。


ノインはカイの思いつめるような顔を見て、心配そうに声をかける。

「絶対に帰ってきてね。待ってるから、あなたの帰りを。」


カイはノインとの会話でさらなる決意を固める。

絶対にノインを解放する、そのために竜どもを全て狩ると。




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