8話「滴る祈りの雫(前編)」
8話「滴る祈りの雫(前編)」
竜狩りとカイは竜狩りの拠点である旧施設に戻ることにした。
「おいガキ!思いついたぞ。」
竜狩りにしては珍しく道中でカイに話しかける。
「な、なんだよ。何を思いついたって?」
ユニークに関する暗殺方法でも思いついたのかと思いカイは困惑しつつも少し期待して聞いてみる。
「『ギロチン』だ。あの竜、ギロチンと呼ぼう。」
しょうもないことを考えていたようだ。
「なあ、ふさわしいだろ。巨体が起き上がりそして爪を振り下ろすあの様、断頭台で振り下ろされる鋭利な刃そっくりだ。それに・・・」
と含みたっぷりに竜狩りは言うと。
「罪人を試すにはもってこいだな。ククク」
もうこの皮肉にもうんざりだ。カイは竜狩りの声から意識をそらし、自分でギロチンをどう狩るか考え始めた。
夜になる前には施設にたどり着いた。今日も竜の肉を食うようでどこかから取り出した新鮮な竜の肉を調理する。
調理と言っても焼くだけだが。
食事の後、竜狩りはカイに施設のシャワールームを案内した。
「明日はまた巫女に会う。巫女様にしっかり気に入ってもらわんとな。ククク」
竜狩りはカイのことを巫女を釣るための餌としか見ていない。
だがカイとしても泥だらけのままノインに会うのははばかられた。最低でも水浴びはしておこう。
「ん・・・」
気づけばまた管理人室で寝ていたようだ。時間はもう朝になるのか外からは鳥のさえずりが聞こえてくる。
ソファはまた空っぽだった。
突然部屋のドアが開く、入ってきたのは上裸の古傷だらけの老いた男だった。
老人は水浴びをしていたようで濡れた体を気にすることもなくソファへと一直線に進む。
カイに緊張が走る。瞬時に立ち上がり臨戦態勢をとる。
「誰だ!お前!」
その老人は一瞬動きを止めるも、クククと笑うと普段からそうしているかのようにソファに座り込み近くにあった酒瓶をあおり始める。
老人は下半身は迷彩柄の軍服を着用していた。近くにあったカウボーイハットを被るとまた酒をあおりだす。
「あんたもしかして、竜狩りか?」
カイの声も耳に入っていないのか老人はまだ酒に夢中になっている。
老人の体は全身が無数の切り傷で覆われていた。傷がないところがないというレベルだ。
身体は細くも引き締まっており、贅肉の一つも見当たらない。骨と皮と筋肉のかたまりのようだ。
顔面は右半分が焼けただれたように見え、こちらもまた惨たらしいほどに大小さまざまな古傷が全面にあった。
口元はやけどのせいでうまく動かないのか時たまピクリと動く。
顔の印象は・・・カイはうまく捉えきれなかった。
何も映さないかのような暗い目、薄く笑う口元、頭蓋骨の形がわかるほどに薄い表情筋が何もかもを隠ぺいしていた。
カイが何も言えずにいると竜狩りはぽつりと話しかける。
「今日は別行動だ。お前は巫女から汗を採取してこい。」
雰囲気にのまれないように、だが絞り出したようにカイは答える。
「・・・あんたはどうすんだ」
「ギロチンの様子を見といてやる。今回はお前の試練でもあるが、獲物に逃げられたりしても困るだろう?」
竜狩りも要件は終わりだと言わんばかりに口をつぐみ、それ以上二人の会話は無かった。
カイは昼頃には城に着くように施設を出た。
森の中を一人で歩くのは初めてだったが、森自体はもうすでに3回目。
そしてカイ自身も気づかないことであったが彼には潜在的な空間把握能力があった。
ごちゃごちゃとしたスラム、日の光の差さない地下水道での経験が、
カイの空間把握に関する才能を後押しするようにその才能をより先鋭化させていた。
カイは迷うことなく森を抜け、城下町を歩き、城へとたどり着いた。
兵士にも伝わっていたようでカイは祈りの塔の前まで案内される。
塔の入り口にはあの時の女医が立っていた。
「あなたが罪人カイ、ですね。」
「ああ、あんときは悪かったな。ナイフ返そうか?」
なんだか皮肉っぽくなってしまう、竜狩りと一緒にいたせいだろうか。
「結構です、竜を切り刻んだナイフなど、どう消毒しても人には使えません。」
女医も冷たくきっぱりと断る。
女医は清潔そうな白い衣服に身を包んでいた。
年のほどは20後半と言ったところだろうか。
長い紫色の髪を首の高さで束ねて、体の前に回している。
切れ長な瞳と大きな丸メガネ、きびきびと動く立ち振る舞いが整然さや厳しさを演出していた。
「こちらへどうぞ。」
丁寧な言葉とは裏腹に敵意をむき出しにした目線を向けつつも部屋の中へと案内してくれるらしい。
部屋の中の待合室のような場所に連れられた、おそらくこの先が祈りの塔へと続いているのだろう。
「今回、必要な聖水は何用向きですか?」
何用向きと言われてもな、竜狩り用とでも言えばいいのかとカイが逡巡していると重ねて女医が発言する。
「いえ、こういった表向きのやり取りはいらないわね。何が欲しいの?尿?よだれ?」
直接的な言い方に変えてきた。ノインのことを物扱いするような言い回しにムッときつつも答える。
「汗が欲しい。」
「分量は・・・」
と言いながら分量がわからないことにカイは気づいた。
とっさに考えるがおそらく肉の時と同じだ、全身に塗布して竜の嗅覚から消える必要がある。
「分量は人一人分に塗れるくらいだ」
言っててとんでもない発言だと思う。だが女医も冷静に答える。
「では大瓶2つくらいでよいでしょう。」
「1時間ほど待ちなさい、巫女様のご準備がありますから。」
そう言うと女医はすたすたと待合室から出て行ってしまった。
あとに残されたカイは手持ち無沙汰になるも、頭ではいまだに解決の糸口が無いギロチンとの戦いを想像していた。
数十分ほどたったころ、また女医がやってきた。
「巫女様のご準備が整った。祈りの塔へ」
女医は奥へと先導して歩いていく。部屋の先は一本道の廊下になっていて、さらに先に扉がある。
扉に近づくにつれ、花の匂いがほのかに香ってくる。
「こちらです。」
心の準備もさせないうちに女医は扉を開いた。
扉を開けた瞬間に、熱気が部屋からあふれ出す。
以前も嗅いだ甘い匂いもそうだったが何よりも今日は熱気がすさまじかった。
「カイ、良かった。またお会いできて嬉しいです。」
扉が開いて、すぐにカイを見つけたノインは椅子から立ち上がるとカイを温かく迎えた。
だがノインの反応とちぐはぐなまでに少女の服装は以前のものとは別の意味でどこに目を向けていいかわからないほど過激だった。
亜麻布で作られた湯浴み着からは細い腕が肩からあられもなく露出されており、浮き出た鎖骨のラインには少しの汗が溜まっている。
衣服は足元まで一枚布でつながっており、腰のあたりでスリットが入っていて、前後に分かれている。
薄い亜麻布の衣服は汗か蒸気かの水を吸って少女の体の輪郭を浮き彫りにしていた。
今日は拘束具の類は何もつけていないようだったが、薄い布一枚の姿は運命に縛り付けられる可憐な少女の儚さを変わらず見せつける。
あられもない姿の一方で、髪の毛は後ろで可愛らしく括られていて少女らしいあどけなさを感じさせた。
「ノ、ノイン。なんでそんな恰好で・・・」
うろたえるカイであったがノインも自分の服装に今更気づき恥ずかしそうな表情をする。
「す、すみませんカイ。汗の採取の時はいつもこの格好でしたので、つい。」
「いや、俺は大丈夫だけど・・・」
初々しいやり取りに水を差すように女医は告げる。
「では巫女様、私はこれにて失礼します。」
女医が部屋を出ようとするのに合わせてカイも女医の後を追おうとする。
「じゃあ、俺も外で待つよ。」
だが、女医はそれを拒否した。
「いえ、あなた方の指定で原液であることを今回の聖水の条件とされていましたので、あなたはここで見ていてください。」
「いや、でもさすがに二人っきりはまずいんじゃ・・・」
まだうろたえるカイに縋るような上目遣いでノインが語り掛ける。
「カイ、お願いします。それともカイは私と一緒ではいけませんか?」
ノインにそうお願いされて、カイはもはやこれ以上強く断ることができなかった。




