4話「汚れた聖域」
4話「汚れた聖域」
カイはこれから竜狩りの猟犬とされるようだ。
だが今はこれでいい。
ノインを救い出すために情報が一つでも欲しいし、何より先ほどまでの絶体絶命の状態からは脱したと言える。
竜狩りが森を抜けるルートを衛兵たちに教えると衛兵たちはこんな場所一秒でも居たくないと言わんばかりにすぐに森から撤退していった。
「おいガキ、お前はこっちだ」
竜狩りは先ほどはぎ取った竜の肉塊をカイに持たせると衛兵たちと逆の方向へと歩き出した。
竜狩りについていく最中、何度かカイは声をかけて話を聞こうとした。
だが返事は一つも返ってこなかった。
カイは竜狩りについて観察することにした。
たくさんの道具がしまい込まれた迷彩柄の軍服の上下は十分な機動性を確保しながらも彼の体をしっかりとカバーする。
ブーツと黒いコートは使い古されているが丁寧に手入れはされているようで、全身を覆い竜狩りを闇に溶け込ませる。
そして彼の異形さを増しているガスマスクとカウボーイハット。顔中を覆う二つの装備はこの男の不信感を増大させていた。
数十分ほど歩くと金属製の壁で覆われた何かの施設にたどり着いた。
竜狩りは迷うことなくそこへ入っていき入ってすぐの部屋へ入ると大きなソファに腰を下ろした。
部屋はその施設の管理人室のような雰囲気で、ソファの前の大きな机にはいくつかの資料や何かの道具が散乱していた。
竜狩りはソファに深く座ると口元のガスマスクをずらし、傍らにあった酒瓶を開け中身を飲み始める。
「オイ、ずりいぞ。俺にもくれよ」
カイがそういうと竜狩りは瓶を投げ渡す。
カイが瓶の中身を飲もうとした瞬間、ひどいにおいが鼻を突く。
「うぇえ!なんだこれ!」
ドブさらいの仕事をしているカイでもドブをさらに煮詰めたようなにおいに吐き気が耐えきれなかった。
「飲まんのか?なら返せ。ククッ」
竜狩りは小ばかにするように笑い、瓶を取り返すとまた飲みだす。
「それなんなんだよ、酒か?」
「これは竜の血と肉を煮詰めたものに酒を合わせたもんだ」
最悪の飲み物に驚愕しながらも話をして良い雰囲気と察したカイは質問を投げかけることにした。
「なんでノインはあの塔であんな……ひどい行為をされてるんだ?」
カイは一瞬あの塔で見た淫靡な儀式を思い出し、言葉に詰まる。
竜狩りは何も答えなかった。
「オイ!教えてくれんじゃなかったのかよ!」
カイは怒って言うが竜狩りは一言こう言った。
「まずは竜のことを教えてやる、何か聞くことはあるか?」
竜のことよりもノインのことを教えろと思ったカイだったが、とはいえ先ほど襲われたばかりで疑問はある。
竜に関していくつかのことを聞くこととした。
「さっきの竜は何なんだ?」
「二足歩行型の特段珍しくもない竜だな、俺は歩竜と呼んでいる。特徴は鋭い爪と牙。装甲が薄いのは目と喉元だ。」
「匂いの話してたけどなんか関係あんのかよ」
「爬虫類の多くは匂いに圧倒的に敏感だ、例に漏れず竜どももな。」
「あんたはなんで竜を狩ってるんだ」
「個人的な恨みがあるだけだ。」
何を聞いても端的な回答が返ってくる。
その反応が少し面白くなってきたカイは回答が難しそうなものも聞いてみることにした。
「竜は何食べるんだ?」
「雑食が多いな、なんでも食って燃費良く動くバケモンだと思っとけ。」
「どうやって竜を狩るんだ?」
「さっきやったように不意打ちの暗殺だな。普通に戦って人間が勝てる道理は一つもない。お前らはいい囮だったぞ。クク」
「さっき言ってた個人的な恨みって?」
「個人的な恨みは個人的な恨みだ。それ以上でもそれ以下でもない。」
カイは軽い気持ちで次の質問を投げた
「竜って結局何なんだ?」
「・・・」
何やら重たい沈黙が走る。カイがなんか変なこと聞いたかなと思った頃に竜狩りは重たい口を開いた。
「竜ってのは、その昔に皇国が開発していた生物兵器だ。」
「時の国王とやらが生物兵器開発に熱心だったらしくな。特に大型の爬虫類の品種改良を行って、広く軍事で利用できないかいう動きと盛んだったらしい。」
「様々な研究がされた。雑食化による燃費の向上、古代の爬虫類の再生や未知の種の開発、爪や牙あるいは筋肉の異常な発達による戦闘能力の向上、毒や火を吹くなどの特性の開発、直接の兵器としてだけでなく輸送用や偵察用なんかもな。」
「兵器の制御機構としては主に匂いをトリガーにする研究がされていた、爬虫類は匂いに敏感な種類が多い。一部の匂いを嗅ぐと凶暴性が抑制できたり、あるいは逆に凶暴性が増したり。」
「だが、ある事件を境に竜どもは野に放たれた。幸か不幸か野生にうまく適応し、野生化を果たした竜どもは国土を覆いつくすように繁殖し、そして今や皇国は城とそれを取り囲む城下町以外の国土をトカゲどもに奪われちまったってわけだ。」
「ざっくりと300年くらいは前の出来事らしいがな」
「・・・はぁ?」
カイの耳に次々と語られる衝撃の真実に、口をはさむのを忘れ聞き入ってしまう。
「竜は野生の生物だろ?」
「クク、あんな巨体を制御しながらも燃費の良い生き物が自然発生するとでも?ましてや人を殺すために設計されたような爪や牙が自然にだと?」
カイは竜狩りの言っていることが間違っていることを指摘できる点が見当たらなかった。
「でもよ、証拠がないだろ?」
竜狩りは静かに床を指さしてこう言う
「この施設は、昔の竜の開発施設だ。」
辺りに散らばる資料を見れば色褪せた資料には所狭しと竜についての記述がされている。
金属製の床や壁は爪や牙に傷つけられたような鋭い傷が無数にあった。
カイは黙り込んだ。
皇国ミラの民はみな、竜は自然発生した生き物であり、それを巫女の祈りが抑え込んでいると教えられる。
これはスラム育ちのカイですら知っている常識だ。
だがそれが実際は過去の皇国が開発した生物兵器であり、そして竜を抑える巫女の祈りとは・・・。
カイの中で二つの話がつながる。
「なあ、竜の攻撃衝動を抑える匂いっていうのは・・・」
「王家の血筋の匂いだとされているな。汗や血、排泄物を含むあらゆる体液から香る匂いだ。まあ今で言えば巫女の聖水、だな。クク」
カイは唖然とする、祈りの塔で行われていたあの儀式は巫女であるノインから聖水を搾取するためのものであり、
まさしくあの儀式こそが、人々と皇国を竜から守るための祈りだったということだ。
竜狩りは続けて淡々と説明する。
「汗、よだれ、排泄物、血、分泌液、様々な体液でそれぞれ効果時間や効果そのものも変わる。
それらを希釈したり時に合成したりして外壁やさらにその外側に撒くことで国を守っているんだとな。」
「ああ、衛兵が使っていた聖水、というのもその一種だろうな。汗か尿か、まあそのあたりを希釈したものだろう。
ククク、効果のほどは保証するぞ。俺も何度か使ったことがあるが、嗅覚という範囲ではやつらの世界から消えることができる。」
「さて、お前の質問はとりあえずここまででいいか?」
愕然するような情報を叩きつけられもはや放心状態であるカイは何も答えられなかった。
聞きたいことはまだ山ほどあるというのに、憤りと困惑に脳が支配されていた。
年端もいかぬ少女がモノのように扱われ、羞恥に耐え搾取をされる。
スラムで生まれたカイですら身の毛もよだつほどの、巫女への非人道的な行為に怒りがふつふつと湧いてくる。
「質問はもう無いな?なら、付いてこい。」
そういうと竜狩りは酒瓶を置いて管理人室の外へと出る。
カイは困惑する感情と同期するかのようにふらつきながらも何も考えられずに竜狩りの後を追う。
施設の階段を下りて地下へと降りていく。
地下は金属の柱や壁で支えられているが地面をそのまま掘りぬいたような雰囲気であり、さらに掘りぬかれた自然の部屋がいくつか見える。
その一つの前で竜狩りが立ち止まる。
「中を覗いてみろ」
そういうと鉄扉を開錠して開け部屋の中を見せる。何を見せるというのだろうか。
広間くらいのサイズの部屋には小さなライトがぽつんとついているだけで他には何も見えない。
ドン!
先ほどまでの衝撃的な話に混乱していたカイは竜狩りに部屋へと突き飛ばされたことに気づくのが遅れた。
ガチャリ。
「おい、なにすんだ!」
だが、扉の鍵を閉めた竜狩りからは返事がない。クククという皮肉めいた笑いが聞こえてくるばかりだ。
部屋の暗さに目が慣れてくるとその暗闇の中に映る一つの影が見えた。
つるんとした皮と体に沿って生える鱗、小ぶりだが鋭利な爪と牙、ちろちろと口元から出し入れされる細い舌、
意図の読めない目をぎょろつかせながら長い脚と尻尾を上手に折りたたみ体を休めている。
「さっきの竜と同じ二足歩行型の竜だ、まあさっきのよりはだいぶ小柄だがな。」
「今日はうまい酒が飲めそうだ」
そういうと先ほどの酒を飲みに行くのか遠ざかる足音が地下に響いた。
竜は少し立ち上がると、低い姿勢を保ちながら威嚇するように軽く吠えながらこちらを観察する。
「クソ!これじゃ助かった意味がねえ!」
カイの祈りもむなしく、竜には届かない。




