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31話「狡猾な狩人」

31話「狡猾な狩人」



頭上から差していた日の光が徐々に傾きを持ち始め、少し谷底に影を落とし始めたころ。


竜狩りの視界は奴らを捉えた。


谷底は丸く開けた地形を中心に4、5本の亀裂が走っており、竜狩りはその真ん中にピッケルを片手にポツンと立っていた。

そのいくつかの亀裂の先から数頭の二足歩行する竜がこちらへと近づいてくることが遠目に見えた。


頭から尻尾までの体長は2メートルほど、頭の位置は人間の腰や胸あたりの位置しかないほど小柄だが、無駄のないすらっとした体つきと鋭い目と峡谷の大地に突き刺さるように太く短く湾曲した手足に生える爪は、この土地の生態系の上位に位置することを誇示するかのような存在感を放つ。


竜狩りが名付けた『サムスクリュー』という名は、奴らの湾曲した螺旋する鉤爪をなぞらえたかのようでもあった。



内心では竜狩りは安堵していた、なぜなら最も苦しい展開は奴らに泳がされることだと考えていたからだ。

もし仮に奴らの知能が短絡的な狩猟本能よりも強く、ただじわじわと追い詰めるだけで良いと思われれば長期戦は免れない。


仮にそうなったとしても竜狩りは勝つつもりでいる、だが勝つのであればなおのこと短期で決着がつくに越したことはない。


夜行性であるパターン、追いかけてこないパターン、より大きな群れで押し寄せるパターン、そのどれでもなく激昂した群れが追いかけてきたことが竜狩りにとって何よりも状況を気楽にさせていた。


ただ、目の前の全部を狩ればいいだけだ、と。



近づいてくる竜に対し、竜狩りはただその群れをぼーっと見ているようだった。

ついに、10メートル程度の距離を保って、『サムスクリュー』の群れは竜狩りを囲む。

全ての方角を群れに取り囲まれる頃にはちょうど十匹の竜が竜狩りを囲んでいた。


竜達は悩んでいた、先ほどまで逃げ回っていた男が、まるで立ったまま死んでいるかのように静かだったからだ。

男は手にピッケルを持ち、ただ呆然と立ち尽くしているようにしか見えなかった。


だが、その静寂を崩し、竜狩りは動く。


一歩二歩、と一匹の竜に見定めて自ら近づいていく。

獲物を取り囲む群れはその距離を保とうと、竜狩りの背後の竜たちが竜狩りへとにじり寄る。


三歩、四歩、五歩と近づいたそのとき、丸腰の背中に向けて、背後の竜が男に襲いかかった。


走り出す竜、鋭い鉤爪で地面を踏み締め距離を詰め、飛びかかるその瞬間、竜は前傾姿勢でその場に倒れ込むように姿勢を崩した。


刹那、竜狩りは半身を翻し、手にしていたピッケルで低姿勢な竜の頭部を叩きつけ、かち割る。


不運にも転んだ竜が作った隙を、竜狩りの最も近くにいた竜は見逃さない。


先程まで竜狩り自らが距離を詰めていた、一匹の竜が竜狩りへと駆け出す。



そして、また姿勢を崩し無防備に頭部をさらけ出す。



竜狩りはなんなく差し出された頭部にピッケルを叩きつけ、その命を絶つ。


「不運が続くな、クク。」


当然、不運などではない。

竜狩りの仕掛けた罠だ。


竜狩りは予め周囲の地面に穴を掘っていた、いわゆる落とし穴のようなものではない、ピッケルで開けた指数本程度のわずかな穴である。

さらにこの穴に泥水を注ぎ、出来るだけ視認性を下げている。


当然この穴は竜狩り自身にとってなんの障害でもない、何せこの男の履く軍用ブーツの靴底よりはるかに小さい穴でしかない。


だが、『サムスクリュー』達にとってはそうではなかった。

この小さな穴は、一度鉤爪が入り込めば指先を万力で固定したかのように動きを絡めとる。


峡谷の地形に特化した鉤爪が、却って身動きを取れなくしてしまう。



竜たちは身動きを取れずにいた。

得体のしれない罠があることはわかっていたがそれを打開する策を見いだせず、竜狩りの周囲を距離を保って包囲する。


膠着状態の最中、どこかから低いうなり声が聞こえてくる。

グルル、グルル。と何度か声が聞こえる。


うなり声が終わると包囲していた竜たちの動きに変化が現れた。


一頭の竜が駆けだし、近づいてくる。

竜狩りとの距離は数メートル、罠にかかればまた返り討ちに遭うという距離に差し掛かると大きく跳躍し一気に距離を詰める。


竜狩りもそれを見て瞬時に竜と距離を取る、直線的な跳躍の動きは竜狩りを捉えることはできない。


単なる飛びかかりとは舐められたものだな、と竜狩りが思うも束の間、その考えを改めさせられる。


初めから『サムスクリュー』の狙いは竜狩りではなかった。

『サムスクリュー』は竜狩りに頭部を叩き割られ絶命した同胞の亡骸に着地すると勢いそのままに亡骸を飛び石のように飛び、再度竜狩りに襲い掛かる。


足元に何か仕掛けられているのであれば、安全な地面のみを踏めば良い。

それがたとえ同族の遺体であっても。


取り囲む集団の中にも同じことを考える個体はいるようで、別の個体が同様に遺体を踏みつけ竜狩りへと近づく。


二匹の竜が遺体を足蹴にして、飛び掛かろうとする。

その瞬間、竜狩りは懐から取り出したかんしゃく玉を地面にたたきつけた。


先ほどと同じく、大きな破裂音とともに火花が散る。

煙をもくもくと起こし、辺りに広がる。


竜狩りを囲んでいた竜たちは一瞬ひるむも、一度は見た奇襲だと言わんばかりにすぐに体勢を整えなおす。


だが、その奇襲は先ほどとは決定的に違っていた。

かんしゃく玉の起こした火花は今やメラメラと地面を焦がす勢いで燃え広がっていた。



炎上する勢いは止まらず、竜の遺体と、付近に居た竜たちに燃え広がる。

谷底には草木はほとんど生えていない、周囲には燃えるものはないはずだった。

つまり、燃え上がる地面には竜狩りの仕掛けがあった。


竜狩りはあらかじめ穴を掘っていた、それは先ほど竜たちの爪をからめとり転倒させたものだ。

この穴をカモフラージュして埋めるため、竜狩りは穴に泥水を注いだ、単なる泥水ではなく可燃性の油を混ぜた泥水を。


水面に浮かび集まった油は火花を着火剤に燃え上がり、辺り一面に燃え上がる。

遺体に付着していた油と、それを足蹴にしていた竜はたちまち燃え上がる。


竜狩りの軍服や軍用ブーツは耐火性がある。

熱気を帯びた空気の中でもガスマスク越しの呼吸では喉を焼くことはない。


竜たちが混乱に陥る中、竜狩りは近くにいた竜に今度はこちらの番と言わんばかりに飛び掛かる。


混乱する竜は反射的にとっさに体を引く、そして我に返ったのか竜狩りと対峙する。

火におびえる本能より、防衛本能が勝ったのか、竜狩りに向き直ると周囲で燃え盛る炎を忘れたかのように、強い警戒の視線を竜狩りに飛ばす。


両者の間に瞬間の静寂が訪れる。

まるで達人の見切りの如く、先に動いたほうが負けると言うような緊張状態。


――パチン!


竜のそばで大きな音とともに何かが弾ける。


その瞬間の隙を竜狩りは見逃さない。

弾ける何かの勢いに驚き、姿勢を低くした竜の頭部目がけ、ピッケルを振るう。

ピッケルの一撃は頭部を砕き、竜は燃え盛る地面にひれ伏す。



弾けたものは泥水だった。

泥水には薄い油が浮かんでいて、今はそれが燃え上がっている。

正確には油から気化したガスに引火して燃え上がり、熱気はさらに油を熱し気化させる、その循環で炎の勢いは止まることを知らない。


であれば、炎上が続けば次に起こることは何か。

高温に熱せられた油が泥水の一面を覆っている段階では油の表面のみが高温にさらされており、油と水の境界までは熱は伝わっていない。


だが、油が気化してその量が少なくなれば油の膜はより薄くなり水にその温度を伝播させる。

あとは、水が蒸発する際に爆発的に千倍以上の体積の気体へと変化することで、爆ぜた飛沫がさらなる奇襲として竜たちを襲う。


バチバチと大きな音を立てて跳ねる水に、竜たちはもはや統率を失ったようにパニックになる。

竜たちは体に熱湯を浴び、飛沫が目に入れば失明する可能性もある、そして一部の竜は体に付着した油ごと燃え上がり命を絶たれる。



寡黙な狩人は軍服に着いた泥汚れを払うと血の付いたピッケルを肩に担ぐ。

男は阿鼻叫喚する谷底に背を向けると亀裂の一つへと進んでいく、次の仕掛けが待ち受ける地獄の底へと罪人たちを案内するために。




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