29話「台地と対峙する脅威」
29話「台地と対峙する脅威」
竜狩りとカイの間に会話は無かったが、この竜に対する認識は全く同じだった。
谷底で見かけた草食の竜を突き落とした原因はこの小柄な竜だと。
おそらくは群れで狩りを行う種であり、その小柄な体格と手足の太いかぎ爪を活かし、この峡谷を上下に自由に動き回り狩りを行っている。
太い爪に対し牙は小さい、だからこそ谷底に突き落とした草食竜の鱗をそのかぎ爪ではぎ取らなければ肉を食べることができなかったのだろう。
「来た道を戻るぞ、こっちは俺が隙を作る。」
背後の竜狩りがぼそりと言う、”こっちは”と言うことはつまりそっちはそっちでこの竜から何とかして隙を作れ、と言う指示だ。
竜たちはこちらの準備を待ってはくれない。
背後で竜が高い声をあげて吼え、今にも飛び掛かろうと背を低く構えている。
竜狩りは軍服の内側に右手を突っ込む。
その怪しげな動きを竜もただ待っているわけではない、片方の竜が飛び掛かるように近づきいざ目の前に着地し爪を振り下ろすその瞬間。
竜狩りは右手を振り下ろし手の中に握った何かを地面に叩きつけた。
パァン!!と大きな破裂音が周囲に響く。
クラッカーボール、あるいはかんしゃく玉とも呼ばれる火薬と小石を詰めた小さな袋は地面にたたきつけられた衝撃で大きな音を立てる。
三匹の竜は音にひるみ、一瞬隙が生じる。
その隙にカイは来た道を走ると同時に負傷した右手を支えていた添え木を抜き取り左手に構える。
カイの正面、つまり来た道に居た竜も一瞬ひるむが近づいてくるカイに対し口を開き威嚇する。
その口の中目がけてカイは添え木をぶん投げる。
竜は突然の攻撃に対し、添え木にかみつくことで応戦した。
「でかした!小僧!」
この瞬時の判断は竜狩りが想定するカイにとって最も良いアドリブだった。
肉食の爬虫類の本能とも言える、一度かみついたものに執着してしまう習性が口から木を離さない。
しかし、カイのとった行動の効果はそれだけではなかった。
怪我を支えていた添え木はカイの血の匂いが染みついていた。
血の匂いをかぎ取った脳は本能的にこれを食べ物だと勘違いし、さらに強く噛みつき捕食行動をとってしまう。
いわゆるプレデトリードライブと呼ばれる捕食の本能を強く呼び覚ます。
本能にあらがえず添え木に噛みついている竜に対し、竜狩りは持っていたピッケルを叩きつける。
ピッケルには尖ったピック部分と平たく鍬のような形状のブレード部分がある。
竜狩りは的確にピック部分を竜の喉元に突き刺すとそのまま振り抜く。
逃げながらでも華麗に竜を狩る老人を背にカイは来た道を先導する。
しかし、危機的状況はさらなる深刻な事態に発展する。
大きな低いうなり声とともに、さらに数頭の竜が崖を這い上がり姿を現した。
「まだくんのかよ!どうすんだジイさん!」
「ロープを貸せぇ!」
カイはたすき掛けにしていた袋からロープを取り出し竜狩りに投げる。
ロープはあらかじめ先端に丈夫な輪が作られている。
束ねられたロープをほどき、その輪にロープを通す。
こうしてスライディングノットと呼ばれる可動式の輪を作る、この輪っかは対象に引っ掛けて引っ張ると締まり固定される投げ縄の根本的な仕組みだ。
来た道をそのまま引き返すのは無理と判断した竜狩りは竜が登ってきていない崖の縁に立つと投げ縄の要領でロープを対岸の木に引っ掛ける。
カウボーイハットを身に着けた男の唯一カウボーイらしいところを見たと、カイは時を忘れてふと思う。
「しっかり握れよ!」
大きな声にカイは我に返る。
カイが左手でしっかりとロープを握ると、竜狩りが背後から抱きかかえるような姿勢で同じくロープを握る。
「足で衝撃を和らげるんだ、失敗したら足も折れるぞ!」
「まじかよ、クソ!」
逡巡もつかの間、カイは背後の竜狩りが地面を蹴ったのを受けて体を宙に投げだす。
放り出された体は重力とロープに従って振り子運動の要領で加速する。
二人は息を合わせて足をそろえ、来たる衝撃に備える。
足先が岩肌に触れた瞬間、足全体をクッションのように柔らかく動かし衝撃を吸収する。
山のような岩を押し返すかのように感じられるほどに重たい衝撃。
衝撃の勢いは何とか抑えることは出来たが、たったの一瞬で足は何日も重荷を担いで走り続けたような疲労感と重みを感じさせた。
「何とかなったか?」
「おい、気を抜くな。ゆっくりと降りるぞ。」
二人はまだ崖の途中にロープで宙ぶらりんのままだ。
竜狩りの言う通りゆっくりと降りる頃には足だけでなく手のほうまでひどい疲れを感じていた。
谷底に降りるとカイは地面に座り込む。
「死んだかと思ったぜ……。あいつらが草食竜を突き落とした原因だったんだな。」
「そうだろうな、あの群れ全体なのかはわからんがロード化しているとみていいだろう。」
頭上からは甲高い鳴き声がまだ聞こえてくる。
「撒いた、ってわけじゃないよな。多分。」
「むしろやつらに目を付けられたんじゃないか?一匹殺したしな、クク。」
「笑ってる場合かよ…」
カイは不敵に笑う竜狩りに呆れてものも言えなくなり、ふと崖の上を見上げる。
「あ…」
そこにカイはこの場所に似つかわしくないものを見つける。
「なあジイさん、見つけたぞ」
カイの視線を追う竜狩りもそれを見つけ笑みがこぼれたようだった。
「ククク、怪我の功名、と言うやつか。」
谷底から見上げなければ見えないような位置に崖の中腹に、明らかに人工的に作られた土ぼこりにまみれた鉄の扉があった。




