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22話「棘のような殺意(後編)」

22話「棘のような殺意(後編)」


『鉄処女』の残る首は三つ、だが決してカイを侮ることなく冷徹な表情でにじり寄る。


カイは蛇たちを睨みながら怪我をした右手に意識だけ向ける、噛まれた箇所が悪いのか動きが鈍く握る力が入らない。


距離は5mほど、双方の牙の距離は互いの喉元まで数秒とかからない。


大蛇たちは舌を口先から出し、敵の匂いをヤコブソン器官と呼ばれる部位へと運ぶ。

その様子は獲物を前に舌なめずりをするようだった。



数秒の静寂、それを破ったのはカイだ。


カイは痛みに耐えかね膝をつく、ここまでの激しい戦闘でついに体が限界を迎える。

その隙を蛇たちは見逃さない、三匹の蛇は巨体を捨て去り一匹、また一匹と飛び出した。


それがカイの最後の罠とも知らず。


カイはまず右から迫る蛇を右手で受け止める、口の中に手を突っ込むように。


傷を負った右手を覆った布が功を奏した。

先ほどまでカイの首に巻かれていた布にはたっぷりと巫女の唾液を染み込ませている。


直接口内に与えられたにおいは強烈に蛇に混乱を招き、噛み付く力は弱まる。


そして左手側に迫る蛇に思いっきりナイフを突き立てる。

体勢を低くした重心を込めた力いっぱいの一撃はしっかりと蛇の頭を突き刺し地面へと串刺しにする。


最後の一匹の攻撃が正面から迫る。


避けようと反射的に体をよじる。

間一髪致命傷は避けられたが、蛇はカイの肩に噛み付くとそのまま腕や首元に絡みつくとその大きさに違わぬ力で締め上げる。


「カハッ……」


ミシミシと自分の体が万力に締められた木材のような音を立てる。

力を入れていないと折られそうなほどの力だ。


突き立てたナイフを放り出し、自由な左手で抵抗する。

右手にはまだ先ほどの蛇が噛みついている、強い攻撃の意思はないが獲物を放すほど混濁しているわけではない。

カイは左手で大蛇を引き剥がさんと捉えどころのない体を掴もうとする。


だが一匹とはいえ竜は竜、人間の力では一向に大蛇の拘束を解くことは敵わない。


引き剝がそうと動くカイの左手が、ふと違和感を覚える。

ツルツルとした冷たい皮の感触の中に、生々しい温かさと弾力を持つくぼんだ部位を捉えた。



その瞬間、大蛇は小さくピクンと体をずらした。



カイはその反応を見逃さなかった。

最後の力を振り絞りその部位を見極めると親指を立て突き立てる。


知らずに探り当てた部位は蛇の総排泄孔と呼ばれる弱点とも言える部位であった。


蛇は排泄と繁殖をこの孔で行う、付近には臓器があり交尾のための神経が密集し、開閉する必要があるこの部位は明らかな弱点だった。


カイは親指を無理やり突っ込むと強く引き裂く。

痛みが蛇を襲う、体に対しては小さな傷だが痛みに反応して瞬間的に拘束が緩む。


(抜け出したって意味はない、今打てる最大の手は……)


カイは瞬時に考え、右肩に噛み付く蛇を見る。

目の前の生き物をただ捕食対象とみなしているだけの無機質な瞳と目が合う。



カイはほぼ無意識的にその目に、文字通り噛み付いていた。



カイの歯が大蛇の目に食い込む。

口の中に苦い味が広がる、反射的に吐き気を感じるほどの最悪な味


重なる痛みで蛇はさらに締め付けを緩める、だがカイは決して力を緩めない。

肩の痛みも右手の痛みもある、口の中にはぐじゅっとした感触と苦い味、傷つけた総排泄孔からは生臭い酷い匂いがしてくる。


――だが、まだだ。

この竜を殺すまで、止まることはない。


カイは蛇の眼を喰い千切る。

そうしてぽっかりと空いた眼の奥に総排泄孔から引き抜いた左手を突っ込む。


眼窩の奥、視神経と繋がる先に脳がある、くり抜かれた眼の奥であれば頭部の骨は薄い方だ。

左手に柔らかい手触りを感じる。

思い切りかき混ぜるとグチャグチャ、と小気味よい音を立てる。


ついに蛇の体から力が抜けていく、ずるずるとカイを締めつけていた体が地面へと落ちる。

そして最後には肩に突き刺さった顎を残す。


カイは肩に刺さった顎を引き剥がすと完全に腰を下ろす。


「ハァ、ハァ……あとはこいつか」


右手に噛み付いていた蛇を見る、蛇はにおいに反応して呆然と右手を呑み込んでいる。

カイは蛇ごと地面に突き刺さっていたナイフを抜き取ると右手に噛み付いている蛇の首を両断する。



「あぁ、クソ、身体中傷だらけだ。」



右手は痛みで全く動かない、もしかしたら腱が切れていたり骨折しているかもしれない。

肩も噛み跡の出血がひどい。


どす、どす、と背後から足音がする。


「おせーぞジジイ、悪いけど肩貸してくれよ」



カイが振り向く。

そこは四足歩行の巨体が居た。


首の無いはずの『アイアンメイデン』がカイの目前に迫っていた。


(うそだろ……首もねえのにどうやって……)


すべての首を倒したのになぜ。

その疑問はすぐに解消される。


山のような体を太い四つの足で支え、甲羅の中から首を伸ばす。

巨大な亀がカイの目の前にいた。


『アイアンメイデン』は巨大な亀と蛇の共生個体であり、亀は背中に背負った甲羅を棲家として提供し、蛇は護衛として共生していた。


(こっちが本体、いや『共生個体』ってやつだったのか…)


巨大な亀が甲羅から首を伸ばし、まさにカイを食べようと口を開く。


(クソ……もう体がうごかねぇ、もう……)


だが、カイは最後まで竜から目をそらさない。

この竜を狩る可能性が少しでもあるなら、それを追い求めるのが一流の狩人の姿だと。



大きな首が目の前に迫る、影が目の前に覆いかぶさる。

ブン、と空を切るような音が頭上から降る。




「悪かったなぁ、遅くて。クク」


カイの耳に入ってきたのはいつもの皮肉な笑いだった。


竜狩りは伸ばしていた亀の首を斧で両断していた。

いつのまにか木の上に潜んでいたのか、頭上から降って来て重力を利用した一撃が『アイアンメイデン』を絶命させた。



竜狩りは念入りに巨体に何度も斧を振り下ろす。


「おいガキ、怪我は?」


こちらを振り返りもせず、だが初めてカイは竜狩りから気遣われるような言葉をかけられる。


「右手がうごかねぇ……肩の方は多分出血がひどいだけだ。」


竜狩りは軽く一瞥するがすぐには命に関わる物では無いと判断したのかそれ以上は何も言わなかった。


カイはいつもと変わらぬ皮肉な男を見て緊張が解かれたのか、いつの間にか意識を手放していた。



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