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20話「密林の作戦会議」

20話「密林の作戦会議」



「おい、ガキ。起きろ」


カイが竜狩りに起こされたのは朝日が昇るかギリギリの、空の白みが遠くから広がりだした頃だった。

辺りには朝もやが立ち込め、薄暗くひんやりとしている。


「ん…」


浅い眠りについていたカイはすぐに起き、状況を把握しようと竜狩りの方を向く。


「良い知らせと悪い知らせってやつがある。」

「良いほうだが、今起きているのは匂いに比較的効果があった首だ、おそらく巫女の汗のにおいを纏えば奇襲をかけれる。」

「悪いほうは、今起きている首は3本あるってことだ。他の首や寝ている首に気づかれる前に一本、いや出来れば二本は潰せ、じゃなきゃそのあとは絶望だぞ。」


矢継ぎ早に奇襲をかける良い兆しと悪い兆しを提示される。

しかし、あの無数にある首のどれがどれなのか、この男にはわかるのだろうか。


「奇襲はどうかける?木の上からやれないかな。」


「いや、どの首も頭上への意識は基本的にあると言っていいだろう。やつの通るルートを待ち構えるならともかく、頭上からの奇襲は難しいだろう。」


「なら、地上からか。」


竜狩りはカイの提案に頷く。


「10メートル程度の距離まで、木々を遮蔽物にして近づけ。首の動きはともかく、本体は鈍重だ。一太刀くらいは入れられるだろう。」


竜狩りの助言を聞きながら、カイは戦闘の準備をする。

『ギロチン』の時と同じく、ノインの汗を全身に塗りたくり、竜の嗅覚から完全に消える。


こんな非常事態でも、少女の香りは鼻腔をくすぐる花のような甘い香りを漂わせる。


「そうだ、もらってきた唾液。涎はどう使うんだよ?」


「そうだな…お前のその首にかけてる布にでも塗り込んでおけ」


カイはドブさらいの仕事の際に口元を覆うための覆面用の布を首に下げている。


自分の汗を吸った布に、さらに少女の唾液を塗りたくる行為に、多少の抵抗を感じながらも唾液を染み込ませる。

首に纏うとノインのあの甘い香りが汗よりもさらに強く匂い立つ。


「それと、口に含んでいけ。」

「口、…え?」


唐突な提案にカイは聞き間違いかと思う


「口に含んでいくんだよ、涎を。」


「な、なんでそんなことすんだよ」


竜狩りは溜息をつき肩をすくめる。


「おいガキ、良いか?『ギロチン』戦を思い出せ、奇襲に失敗したお前は何をしたんだ?」


「えっと、あの時は確か…奇襲に失敗して岩にナイフごと手をぶつけて、んで逃げるために汗の入ったビンを投げつけたんだよ。それが?」


「ハァ、察しの悪い奴だ。つまりは聖水をぶちまけて動揺を誘ったんだろ?毎回そうしてビンを投げつけるつもりか?」


わかりたくない気持ちもありつつも、カイは竜狩りの言いたいことが何となくわかってきた。


「つまり、口に含んでおいていざという時に吐き出せってことか?」


竜狩りは返事はなく、ただクククと笑う。


「……ハァ、わかったよ。でもあいつに奇襲を掛けるその直前にやる。」


少女の唾液を口に含む、そんな背徳感のある行為に、カイの心はまだ準備できていなかった。



少しの作戦会議が終わり、ついに奇襲を掛けるために動き出す。


「俺も周辺には居るが、お前を助けはせんからな。俺が動くのはあいつの警戒が薄れ、やれると判断したときだ。」


「わかってるよ、手助けなんてなくたって俺一人でやるぜ。」


自分に言い聞かせるように言うと『ギロチン』を手に、カイは『アイアンメイデン』へと近づいていく。




数百メートル先、気配などわからぬカイであってもそれを感じ取れる。

近づくほどに周囲のすべてが静寂に包まれるような威圧感を肌で感じる。


50メートル程度まで近づくと、木々の隙間からあの巨体とうごめく複数の首が見える。



20メートル。

この場が密林でなければ、確実に気付かれる距離。

自分の立てる音が、心臓の音ですら気づかれるのではないかと錯覚するほどの緊張感。


そして、10メートル。

見張りの三つ首は蠢くたびに鱗同士が擦れスルスルと小さな音を立てる

匂いを嗅ぐために舌先を出し入れするたびにシューっと空気を漏らす。


間違いなくこの大きな木を挟んですぐそこに『鉄処女』の竜がいる。



慎重に懐からビンを取り出す、中にはあの『聖水』が入っている。


意を決して震える手でビンを開けると、辺りにほのかに甘い香りが漂う。

否応なしにでも猛る体は反応してしまう。


カイはふと手に持った武器を見る。


十分に研がれた切れ味の鋭い爪、油にコーティングされ硬質化と粘性を得て強靭になり、持ち手を削り布を巻かれた。

カイを追い詰めたあの『生物兵器』は今やカイの手によって真に兵器と化している。


(……唾液も武器も一つの手段だ。)


先日の青い屈辱を思い返す。

竜狩りに狩人失格だと叱責されたことを。


必要なことだからする、ではない。

1%でも狩る可能性が上がるならすべてする。

それが一流の竜狩りなのだから。


震える手は止まった。

手の震えは恐怖なのか背徳感なのかわからなかったが今はそれを知る必要はない。


カイはビンに口を当てるとグイっと中身を口内に注ぎ込み、呑み込まないように気を付けながら口に含む。


ブワッっと鼻からノインの甘い良い匂いが突き抜ける。

少女の口内にあったはずの液体が、今は自分の口内にある。

その事実に、にわかに体の内側が熱を帯び体温が上がっていくのがわかる。



すべての準備は整った。



木の陰からアイアンメイデンを垣間見る。

巨体は動かずじっとしているが、三つの頭が絶えず様々な方向を観察する。


(できればあと3メートル、いや5メートルは近づきたい…)


音を立てぬよう慎重に、姿勢を低くしたまま近づく。


巨大な体は体高2メートル程度だが、首は1メートル程度の高さで周囲を警戒している。

これなら近づけば切りつけることができる。


ようやく5メートル、三つの首の死角を突いて近づいたが、これ以上はいつ気づかれてもおかしくない。


カイがあと一歩と足に力を入れたその瞬間、巨体を支える脚が突如動き出す。


(――クソッ)


気づかれたのか、それともただ移動しようとしているだけなのか。

何がきっかけなのかはわからないがアイアンメイデンの脚が反応する。


だがカイもこの瞬間を見逃さない。


あと5メートルという距離にあった首に目がけて飛び掛かる。

一歩、二歩、そして力を入れて跳躍し、やつの首に手をかけた。


片手には収まらないほどのサイズ感の首を脇に締めながら、もう片方の手に持ったナイフで切りつける。


(――切れねえッ…)


思った以上に硬い、それにツルツルとした肌は引っかかりがなく、簡単には竜の首は切れない。

飛び掛かりつつ切りかかるような姿勢になり、力が入りきっていないこともあってか首の上から半分ほどで刃が止まる。


だが空中で捕まえた首をカイは腕に抱えたまま重力に逆らわず落下する。

そして落下の衝撃に合わせるよう、ナイフに足を引っ掛ける。


ドスン、と大きな音を立てカイが地面に転ぶと辺りに竜の首と大量の血が転がる。


(よし、うまく行った。)


自重を使った斬首の一撃は、ギロチンのように『アイアンメイデン』の首を勢いよく飛ばした。


首を叩き落としたカイに対して、『アイアンメイデン』の首は多種多様な反応を見せた。

周囲の警戒を続ける首。こちらに敵意をむき出しにする首。こちらを遠巻きに観察する首。意に介せずと言った首。

少なくとも睡眠を続ける首は無いようだったが、その反応は意外にも一様ではなかった。


多くの首がすでに起き上がりこちらを警戒する中、一方で2,3本の首は周囲をまだ観察している。


(慎重なことで。こりゃ、竜狩りの増援も来なさそうだな…)


厳重な警戒状態を見て思う。

だが一方ですべての頭がこちらに向いていないのはチャンスでもある。


アイアンメイデンは脚をこちらに向けつつ左右一つずつ首を伸ばしたかと思えば、噛みつきを繰り出してくる。

あくまで様子見のような攻撃、だがそれでも獲物のリズムを崩すような不規則な連撃をカイは精いっぱい避ける。


避け続ける獲物に痺れを切らしたのか、さらにもう一本の首が近づいてくる。


(…今だッ)


カイは口に含んでいた『聖水』を三本の首に向けて吐き出す。

辺りに甘い香りが漂い、直撃を喰らった三本の首は突然嗅覚を刺激する甘美な香りに混乱していた。


「オラァ!」


混乱する竜の首を一閃、カイの武器が竜の頭部を下から突き刺す。

狙いすました一撃は今度ははじかれることなく頭を貫通し、カイは返り血まみれになる。


カイはすぐさま地を蹴り距離をとる、この混乱は一時的にしか効果がないことは以前の経験から知っている。



「さて、こっからどうすっかな」



眼前に迫る多頭の竜は冷たい視線を向けている。

明け方の冷え切った森の中、顔を濡らす返り血だけが熱を感じさせた。




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