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19話「串刺しの乙女」

19話「串刺しの乙女」



少女から手渡された瓶は生暖かく、先ほどまでの情事をほのかに匂わせる。


「悪いノイン、急ぎで…」


「無茶、しないでね」


心配そうなノインの表情。

カイは深く頷きながらも今回の強敵を思い起こす。

『八つの頭を持つ強敵』の影を振り払うべく、奥歯を噛み締める。


名残惜しさを振り切って、ノインの部屋から出る。

廊下には壁に背をもたれた女医が静かに立っていた。


「これ、汗ね。」


突き出されたずっしりと重たい大瓶。

中には、巫女の純潔を絞り出したかのような、透明な「聖水」が満ちている。


「…助かる」


「礼ならあの子に言いなさい。」


女医の言葉が、カイの胸に刺さる。

そうだ。この聖水は、単なる道具じゃない。

これは少女が日々、肉体と精神を削りながら捧げている「搾取の痕跡」そのものなのだ。


ノインにごめんと言って出てきたことに少し反省しつつ、ストックされていたという瓶を見つめる。

カイが来ていない日でもいつも通りに搾取をされる、そんな事実をありありと示すようなストックを見て、搾取の現実を見せつけられる。


だが、今はその事実もカイの感じた感情すら、竜を殺すための道具にするしかない。

カイは聖水の瓶を強く握りしめると、静かな決意を胸に、竜狩りの待つ密林へと駆け出した。



それから数時間。

カイが密林の深部へ辿り着く頃には、不吉なほど赤い夕日が空を染め、巨大な樹木が作る真っ黒な影が足元を覆いつくしていた。


「確かここだった、はずなんだが…」


竜狩りと別れた場所へ戻ってくる。

辺りは何もなかったかのような静寂に包まれ、竜狩りもあの竜もいなかった。


「目印を残すって言ってたけど…これか」


付近を探すとすぐに印を見つけた。

木にクッキリと矢印の跡が付けられている。


一つ、また一つ。

闇の中でも見やすいようにクッキリと残された印を、カイは周囲を警戒しつつも神経を研ぎ澄ませて追いかけた。


そうして数十分ほど辿っていていると、頭上から突然チッチッと鳥の鳴き声が降ってきた。


見上げるとガスマスクと古びたカウボーイハット、あのイカれた老人が木の上から音を立ててこちらに合図していた。


老人は音もなく地面に降り立つと、ガスマスクの奥から掠れた声を漏らす。


「ヤツはこの先だ。……それで、どうだ? 『聖水』は搾り取ってきたか?」


「あぁ。……そっちはどうなんだよ。少しはなんか思いついたのか?」


カイは懐から瓶を軽く見せると、挑戦的に問い返す。

老人は含み笑いを漏らし、肩を揺らした。


「ククッ、とびっきりのを思いついたぜ。ヤツにふさわしいのをな」


カイは身構えた。

この老練な狩人が、一体どんな策略を編み出したのか。

ごくり、と生唾を呑み込む。


「ヤツの名は『アイアンメイデン』だ」


「……は?」


カイは間の抜けた声を出す。


「知らんのか? 罪人を鉄の箱に閉じ込め、無数の針で串刺しにする処刑道具の名だ。ヤツのあの体から突き出た八本の首は、まさしく刺し殺す拷問器具そのものだろうが」


「……いや、名前の由来なんてどうでもいい。倒し方を聞いてんだよ。それに、元々は『ヤツアタマ』とか呼んでたんじゃないのか?」


「そりゃ、ただの野良だった頃の名だ。今やあいつは、内側に閉じ込めた『殺意』を八つの棘として突き出す、立派な殺戮兵器さ。クク……」


竜狩りの歪んだ笑い声が、森の闇に溶けていく。

竜たちはかつて、兵器として設計された。

兵器としての本能を呼び覚まされたあの竜はもはや生き物の枠に収まらない、文字通り「生物道具」へと変貌を遂げている、とでも言いたいのだろうか。


竜狩りの皮肉を好意的に解釈しつつ本題に移る



「で、実際どうすんだよ?いつ頃あいつ寝るんだ?」


「いや、丸一日経つが熟睡したところは見なかったな、常にいくつかの頭が起きて見張りのようにあたりを観察している、交代制の見張りのようにな。」


「じゃあ弱点は?」


「さぁな、少なくとも体には傷をつけるのは難しそうだな。だが以前と同じなら首や頭は比較的柔らかいはずだ、おそらく刃は通る。ただし…」


「首は瞬発力あるぞ。噛みつく時の速度はあの体格には似つかわしくないほどに早かった。体のほうは鈍重そうだがな。」


竜狩りは一呼吸置くと本題と言わんばかりに話す。


「あと、匂いに関してだが、今回は少し事情が違うらしい」


「というと?」


カイも雰囲気を察して、より真剣に聞き入ってしまう。


「『ギロチン』の時と同じように聖水付きの肉をいくつかばら撒いて様子を見たんだが…結論から言うとどれもこれも結局最後には食われた」


「はぁ?じゃあ意味ないのかよ!」


「そうじゃない、効き目の問題だ。多くの首に効果はあった、だが一部の首はそれを無視してパクりだ。つまり今回は完全な不意打ちは無理ってことだな」


「クソッ、じゃあ今回は聖水使って近づけないのかよ。」


「全ての首に同時にバレるわけじゃない。逆に言えばヤツの首がそれぞれ独立してる可能性は高い。聖水を使えば1、2本の首と一時的に小数戦は出来るだろう」




「問題はその後だ、お前が一度の奇襲でそう何本も首を狩れるとは思っちゃいない、奇襲がバレた後お前はどう立ち回る?戦闘になればすべての首がお前を襲うぞ。」


数瞬考える、一度に複数の頭を対処する自分の姿を、そしてすぐに思い当たる、人間ではかなわないあの圧倒的な強靭な肉体を。


「何とかして戦う、それか…逃げる」


情けなくも逃げると言う選択肢を出すが、竜狩りは少し満足げにフンと笑う。


「妥当だな。辺りに罠をいくつか仕掛けてる。上手く使え。目印として赤く塗った枝を吊るしてある、アレだ。」


竜狩りが指差す先に赤黒く染められた木の枝が吊るされてる。


「罠は以前にお前に見せたのと同じようなヤツだ、間違っても自分で引っ掛かんなよ、ククク」


一通り話し終わったのか、竜狩りは木に手をかけ、登らんとする姿勢をとる。


「決行は明日の朝だ、夜の森の中では俺たちは優位性がない。そこまでお前は寝てろ」


「あんただって寝てないだろ?」


昨日の夜からお互いに寝ずに行動をしていた。

カイは疲れを隠しているが脚は棒のように感じていた。


「お前とは体の出来が違う、それとも子守唄が無いと寝れねぇか?クク」


いつもの挑発的な発言だが、少しの優しさを感じる。

甘んじて受け入れよう、今回の戦いで前線に立つのは自分なのだから。



夜の森に帳が降りる。

カイは巨木に背を預け少しの間うたた寝をしていたが、この緊張感の中熟睡は出来なかった。


月明かりが漏れるなか、みじろぎするとかちゃりと音がなる。


ノインの聖水を込めた瓶とギロチンの爪で作ったカイの武器が当たって音を立てる。


「お前に少女を救えるのか?」「お前に竜が狩れるのか?」


二つはカイにそう問いかけるように月に照らされ、きらめいていた。


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