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18話「糸引く祈りの雫(後編)」

18話「糸引く祈りの雫(後編)」



カイはノインの背中側に回ると、彼女の口に金具を合わせる。

ふわりとノインの香りが漂う。

穏やかで落ち着く少女本来の匂いの中に、ほのかに暴力的なあの強い花の香りがした。


カイはまるで恋人にネックレスをかけてやるかのような優しい手つきで、その雰囲気にそぐわない拘束具を付ける。

金具は優しくもしっかりとノインの口を開くために固定された。


「ん、んん……」


固定された口から熱を帯びた吐息が漏れる。


カイは指示通り先ほど手渡されたスプレーをノインの口内目がけて噴射する。


「んんっ。」


瞬間、ノインは顔をしかめる。口の中で舌がビクンと跳ね、目を瞑り刺激に耐える。


「ごめん、多すぎたか?」


涙目になりながらもノインはゆっくりと首を振る。


唾液がすぐに出てきたのか、少女が顎を引き下を向くとゆっくりと口の端から糸を垂らすように唾液が零れ落ちる。


ピト。


音を立ててビンに雫が落ちる。



蜜の滴下を眺めていると、ノインの頬と耳が真っ赤に染まっていることに気づく。


「……マッサージ始めるな。」


カイは背後から白い首周りにそっと触れる。


細くしなやかな首、吸い付くようなきめ細かな肌。

薄い皮膚の下で鼓動と連動して、血管が小さく振動し、そして呼吸のたびに揺れている。


カイはふと思い出す、硬い鱗に覆われた竜の首との違い。


奴らにとって首は硬い鱗に守られ、呼吸と脈で荒々しく震え、唯一薄い喉元にのみ刃が通り引き裂けば血が吹き出す、そんな弱点を。


カイの手をノインが片手で掴む、気づけばカイの手には力が入っていた。


「あ…。ご、ごめん…」


また謝ってしまう。ちゃんとマッサージをしないと。

カイは今度こそ注意して首の付け根の周りに力を入れて触ると、柔らかい皮膚の中に確かに筋肉や骨を感じる。

親指を首、そして喉と移動させると先ほど感じた柔らかな質感に加え、ほのかに熱を帯びる。


「痛くないか?」


ノインは小さく首肯する。


手が下あごにたどり着くと、最初に感じたのは湿り気だった。

採取しきれず垂れてきた、粘り気の強い涎が肌をコーティングしていた。


後ろからではわからないが、少しノインは恥ずかしそうに顎を引いたように見える。

だが、カイは気にしたそぶりを見せず、その液体を塗り広げるように顎をマッサージする。


親指でぐぐっと押しながら付け根のほうから先のほうへと指を沿わせる。

動きに合わせて、ノインの鼻息がする。気持ちいいのだろうか。



マッサージをして、スプレーの滴下をして、何度か繰り返す。

数回したあたりで先ほどお願いされた別の個所のマッサージに取り掛かろうと考えた。


初め、カイはどこを触ればよいか悩んでいたが、すぐ近くに小ぶりだがじんわりと赤みがかった耳が目に入る。



両の耳を優しく触れた瞬間。


「んんっ。」


ノインの甘い鳴き声が漏れる。


耳の形を確認するように、カイの指先がノインの可愛らしい耳をなぞる。

耳たぶは薄くもちもちとした弾力を指に返し、軟骨のコリコリとした感触はいつまでも触って居たくなるほど指に存在感を主張する。

外から内へ、内から外へ。ゆっくりとなぞるたび彼女の呼吸は荒くなり、それがカイに達成感を覚えさせる。


(……気持ちよさそうだ。)


カイが次に目を付けたのは、銀色の髪に覆われた形の良い頭部だ。


さらさらとした細い髪と、中に頭蓋骨を感じさせる薄い肌。

指を髪の中に潜り込ませると糸のように細い髪は抵抗などなくカイの手を受け入れる。


カイは側頭部、頭頂、と力を入れてもみほぐす。



気づけば「ぁ…ぁ…」というノインの吐息交じりの小さな声が聞こえる。


カイが触り心地に夢中になって指を這わせているうちにノインもまた心地よさに夢中になっていたようだった。


頭部のマッサージを終えようと手を放す。

最後に放たれた「あっ…」と言う短い声は寂しさを感じさせるような声だった。



ノインがゆっくりとこちらへ振り返る。

恥ずかしそうな表情をしながらも、拘束具でこじ開けられた口の中を見せるかその姿に、カイはドキッとしてしまう。



「ふぁい。おねふぁい…」


カイの名を呼び、少女は何かを懇願する。

開かれた口を差し出し、こちらを見つめる。


少女の吐息から漂う甘美な匂いがカイを包む。

気づけばカイはその甘い匂いを肺いっぱいに吸い込み、満たしていく。


カイは差し出された口に向けて、誘われるようにそっと人差し指を近づける。


下唇に触れる。

今まで触れたどの部位よりも柔らかいそれは、離さないと言うかのように指に吸い付く。


赤く艶めく唇からさらに指を奥へと潜り込ませる。


口腔は暖かく、カイの指を湿気の帯びた空気で包み込む。


驚くほど綺麗な並びの歯は白く輝き、並びの凹凸はツルツルした感覚と相まって何度もなぞりたくなる。


さらに奥へ、動かそうとしたカイの指をぬるりとした何かが覆う。


肉厚な触り心地とうごめく感触、ぬるぬるとした質感の中にほんのりざらつく部分を感じさせる。

ノインの舌は異物を押し出すためか、はたまた食べ物と勘違いするかのようにカイの指を追いかける。


ノインはカイの指をまるでごちそうのように舐め、さらに奥へと誘うように前後に動かす。


「ぁえ…、んぁ…」


舌を動かすたびにノインの口から声が漏れる。


ふと、ノインと目があう。

舌を動かすたびに出てしまう声に気恥ずかしそうに笑うノインだったが、舌の動きをやめる兆しはない。


カイはたまらず中指も口の中に滑り込ませる。

差し込まれた中指にもしっかりとノインは舌を絡めて、唾液を付着させる。


人差し指と中指の間に入り込み、合間を丁寧に舐め上げる。

カイも二つの指で甘く挟みその肉感を味わう。


二人に会話はない、悪いことをしているかのような二人の息をひそめた呼吸音と舌を動かす際になるぴちゃぴちゃと鳴る水の音だけが部屋に響いていた。



数秒だったのか、あるいは何分も指を舌に絡めていたのか、時間もわからなくなったころ、どちらともなく指を舌から離す。

指と口の間には長い糸が引き延ばされ、重力に負けてゆっくりと床に落ちた。



これはあくまで採取のための行為。

我に返ったように二人の接触は突然終わり、ノインは瓶にまた唾液を垂れ落とす。

温かい口内から引き抜かれたカイの指は少女の唾液で怪しく光っていた。



気づけば瓶はいっぱいになっていた。

与えられた中ビンは片手で持てる程度のサイズだったが、今は粘り気のある液体で満たされた。


カイはノインの口から優しく拘束具を外した。


口元に違和感があるのか、それとも恥じらいからか、ノインは口元にタオルをあてたまま話す。


「カイ……お手伝いありがとうございました。」


「…いや、俺なんてただ、言われたとおりにやっただけさ。」


先ほどまでの恋人のような、いやそれ以上かもしれない甘美な時間を思い出し、緩む頬をカイは何とか抑えて答える。


「カイのマッサージ、とても心地よかったです。……でも、あんまり私の耳をいじめちゃだめですよ。」


いたずらっぽく、潤んだ瞳で見つめられ、カイはカイでノインの舌が指に絡みついていた感触を思い出す。


「カイはどうでしたか?私のお口…」


ふいに聞かれた問いに心臓が飛び上がる。


「いや、その…すごい柔らかかった…あと温かかった…」


赤面しながらもこう返すのがカイには精一杯だった。


「ふふ、カイの指、ごちそうさまでした。」


笑顔を見せつつも、淫靡なやり取りの余韻を残す少女の頬は朱に染まっていた。






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