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14話「煮え立つ企みに沈む牙」

14話「煮え立つ企みに沈む牙」


カイとノインが甘いひと時を過ごしていたころ、国王と竜狩りが取り残された執務室は、剣呑な空気に包まれていた。


口を開いたのは、あの冷徹な国王フォーであった。


「何を企んでいる、竜狩り」


静かな物言いだが、それは決して優しいものではない。

底冷えする地下室の冷気のように、相手の喉元をじりじりと締め上げるような威圧感。


「クク、何も? ただ、新しい猟犬の成果を見せびらかしに来ただけさ・・・」


竜狩りはいつものように、不遜な態度を崩さない。

ガスマスクの奥に隠された表情は、王の怒りを楽んでいるのだろうか。


「貴様はあの少年を使って何をするつもりだ」


「クク、確かに道具としてはそこまで上質ではないな、お前の気持ちもわかる。だが、これはあのガキの望みでもある、だろ?」


国王の懸念は決してカイが未熟であることではない。


のらりくらりと交わすような物言いに国王は痺れを切らしたかのように竜狩りへの追及を激しくする。



「私は以前から、貴様の異常な憎悪を危険視していた。竜を狩る一方で、貴様はそれ以上の災厄をこの国にもたらすのではないかと。その執念は何をもたらすのかと。」


「ククク・・・」


竜狩りは怪しく笑うだけだ。

ガスマスク越しにくぐもった笑い声が部屋に満ちる。


「今でも考えている。この男を処刑にすべきか、野放しにすべきか。どちらがこの国をより豊かに存続させられるか、とな。貴様という薬が、国を救うのか、すべてを台無しにするのか。」


国王の『処刑』という不穏な単語を耳にしても、竜狩りの眉は微動だにしない。

彼は机の上に置かれた、『ギロチン』の爪をひょいと掴むと、それを手元で弄ぶように、くるくると回してみせた。


「おいおい、俺を国家転覆を図る悪人のように言うのはやめてくれよ。クク。」


「違うと言えるのか。ウーノ」


ウーノ。 その名を国王が口にした瞬間、竜狩りの手がピクリと止まった。

剝き出しのそのナイフは国王に向けられていた。

だが、数瞬後には何事もなかったかのように、元の挑発的な笑みを貼り付けた。


「クク、懐かしい名だな。」


そう言いながら竜狩りはカウボーイハットを深くかぶりなおす。

まるで国王フォーの冷たく鋭い視線から自分を守るように。


「私はお前の、すべてを道具として利用する姿勢を、危うく感じている。あの少年も、その爪も、自分自身すら。そしてこの国すら、お前にとっては竜を狩るための使い捨ての道具にすぎないと。」


「ああ、そうだな・・・だが。」

竜狩りはギロチンの刃を机に突き立て、国王を睨むように顔を上げる。


「そりゃ同族嫌悪ってやつだ、フォー。お前だって同じだろう? 巫女を、自分の血を分けた娘すら、国を維持するためのモノとして扱っている。お前もすべてを道具としか見ていない」


「同族、か。」


国王の呟きには、拒絶とも郷愁とも見えるような困惑の色が混じっていた。


「クク、忌々しい王家の血だな。この血が混じっているだけで、俺もお前も、壊れた生き方しか選べない」


「貴様など、王家ではない。貴様はただの、泥にまみれた老いた竜狩りだ。」


「クク、そうだな。俺はただの老いた竜狩りだ、ククク」


二人の言葉は静かな部屋に染み入るように吸い込まれていく。


その発言を最後に、二人は互いに興味を無くしたようにかたやソファにふんぞり返り、かたや資料に目を落とす。




その数分後。


カイが執務室に戻ってくると、濃密な沈黙が充満していた。

国王フォーは、まるで石像のように微動だにせず手元の羊皮紙を睨みつけ、竜狩りはソファに深く背を預けながら、ギロチンの爪を器用にくるくると回している。


「あ・・・」


カイは、静まり返った部屋に響き渡るほどの勢いで扉を開けてしまい、場違いな音を立ててしまった気まずさに、思わず立ち竦む。


「・・・ノインと、挨拶してきた」


言い訳のように、当たり前の報告が口を突いて出た。

それを合図にしたかのように、竜狩りはソファからゆっくりと腰を上げた。


竜狩りは扉に手を掛けながら、部屋を出る前に国王に言い放つ。


「またユニークが現れたら俺に言え。この犬も使って、一匹残らず駆除してやる。」


それは竜を狩る役目は譲らないという宣告のような響きだった。


「あと、例の『聖水』も用意しておけよ。お前らが国中にばら撒くより、もっと効率的な使い方をしてやるからな。ククッ」


皮肉を吐き捨てながら部屋を後にする。


「おいっ・・・」


カイは慌てて、机の上に散らばったままだったギロチンの爪を掻き集めた。爪を布に包み、足早に竜狩りを追いかける。


国王フォーの視線は、羽ペンを握ったまま、去りゆく二人の背中から「何か」を見抜こうとするかのように、深く、冷たく射抜いていた。




数時間後、二人は竜狩りの拠点へと帰ってきた。


カイは荷物を置くと、かねてから聞こうと思っていたことを竜狩りにぶつけてみることにした。


「なあ、あんた名前はなんていうんだよ」


先ほどの執務室での会話を、どこかで聞き及んでいたかのようなタイミング。

竜狩りはガスマスクの奥で、目を丸くした。


「なんだ、俺の名前を知りたいのか? クク」


いつもの皮肉な反応。

だが、カイは怯まずに言葉を繋ぐ。


「知ってるだろうけど、俺はカイ。もとはスラムでドブさらいをして、その日暮らしをしてた身だ。あとは、あんたの知る通り祈りの塔に入り込んで罪人扱い。ほら、あんたの話も、少しは聞かせろよ。」


竜狩りはいつもの挑発的な笑いを浮かべ、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「クク、俺の名前をそんなに呼びたいか? 甘い声で縋りつきたいのか。随分と犬らしくなってきたじゃねえか。名前を呼んでほしいんだっけか?カイ?」


いやらしい言い方。

あざ笑うかのように響く声に、怒りでカイは顔を真っ赤にする。


「なっ・・・! そんなんじゃねえよ!」


カイにとってはギロチンとの死闘を経て、竜狩りへの信頼が増していた。

そしてそんな『犬』の気持ちを見透かすかのように可愛がる『飼い主』。


言葉に詰まるカイを尻目に、竜狩りは一転して、冷たく突き放すような声を出した。


「名は捨てた。ただの竜狩り。・・・それで十分だ。」


「フン・・・。じゃあ、ただの『ジジイ』だな。ジジイ」


悪態をつくカイに、竜狩りは「クク」と楽しげに喉を鳴らした。この老いた男にとって、ジジイと呼ばれるのは初めてのことのようだった。



「なあ、あいつの爪……武器にできないかな?」


そういえばと言わんばかりにカイは背負っていた布包みを解き、あの巨大な爪を差し出した。


あれだけの巨体の振り下ろしに耐え、獲物を一瞬で両断する凶器。

持ち主が絶命してなお、その刃は鈍い光を放ち、武器としての矜持を保っている。


「爪の主成分はケラチンだ。要は髪や爪と同じタンパク質。栄養を送る血流が止まれば、数日もしないうちに乾燥して劣化する。つまり、そのままでは武器にはならん」


竜狩りは爪を手に取り、その鋭利な先端を指先でなぞった。


「・・・そのままではな、クク」


そう言うと、彼はギロチンの爪をいくつか掴み、部屋の外へ出た。

連れて行かれた先は、施設にある、厨房とも工房ともつかぬさびれた部屋だった。


「トカゲどもから採取した油で煮る。煮込むことで組織の奥まで油を染み込ませ、内側までコーティングする。そうすりゃ劣化を抑え、鋼に近い硬さとしなやかさを引き出せる」


竜狩りは古いコンロの上にある大鍋の蓋を取った。

その瞬間、辺りに鼻を突くような獣臭い匂いが立ち込める。


鍋の中には、ドロドロとした黄金色の竜の脂がなみなみと蓄えられていた。

竜狩りは火をつけ、油が十分に温まった頃合いを見計らって、ギロチンの爪を静かに投入した。


「80度前後で丸一日。煮た後は、ゆっくり冷まして油を組織に定着させるのに三日、といったところだな。温度を上げすぎれば、組織が死ぬ。火加減には気を配れよ」


竜狩りはトングをカイに押し付けるように手渡すと、踵を返して部屋を出ようとする。


「あとはお前がやれ。俺の獲物じゃなく、お前の牙だろ?」


一人取り残されたカイは、獣臭い湯気を見つめ、苦笑した。


「へっ・・・。ドブさらいよりはマシな仕事だな」


コンロの火を調整しながら、カイは鍋の底に沈む大きな爪を見つめる。

あの苦しめられた処刑台の刃が、カイの頼れる武器になる。

その予感に、胸の高鳴りを抑えきれなかった。



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