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13話「少年の決意」

13話「少年の決意」



約束の三日が過ぎた。

今日は国王へ、ユニーク個体『ギロチン』討伐の成果を報告しに行く日だ。


カイは討伐の証として、ギロチンの象徴であったあの巨大な爪を二つ、布に包んで持っていくことにした。

独特の反りと鋭利さを備えたそれは、一本だけでも手に余る。これを二つも持っていけば国王も満足するだろう。

竜狩りは、今日もついてくるつもりのようだった。

ガスマスクの奥で何を考えているのかは相変わらず読めないが、いつもの黒いコートを羽織り、壁に背を預けて待ち構えていた 。



城へ着くと、以前と同様に執務室へと通される。

国王フォーは、三日前から時が止まっているのではないかと錯覚するほど、同じ表情、同じ姿勢でそこに座り、書類を睨みつけていた 。


「よぉ、元気にしてるか?」

竜狩りの呑気な声が静寂した部屋に響く。

国王は視線すら上げず、手元の羊皮紙に目を走らせたまま、羽ペンを走らせる音だけを響かせている。


「狩ってきたぜ。約束通り三日で討伐したぜ。今日は四日目だがまあそこは多めに見てくれよ。ほら、ご丁寧に爪も取ってきてやった」

カイは、ずしりと重いギロチンの爪を机の上に置いた。

手のひらには収まらない、捕食者としての威厳を誇るその刃をカイは少し自慢げに見せる。


だが、期待した反応は返ってこない。

国王の眉ひとつ動かぬ冷徹な横顔に、カイは小さな焦りを感じる。


「ご機嫌斜めか、フォー?それとも、愛しの娘が小汚い犬に執心なのが、そんなに寂しいか?クク。」


竜狩りの、あえて地雷を踏み抜くような挑発。

その言葉に、ようやく国王は羽ペンを置き、冷たい瞳でこちらを射抜いた。


「用件が済んだなら去れ。討伐が完了したことはもう把握した。次の依頼なら今は無い。」


吐き捨てられた言葉は、少年の勇姿を称えるものでも、竜を倒した英雄を労うものでもなかった。

ただの事務的な処理、あるいは目障りな虫を追い払うかのような響きだった。



「オイ、ガキ。巫女姫にも挨拶していったらどうだ?」

竜狩りはこの空気を知らぬようにふいに提案をする。


何を言い出すんだ、この男は。そんな勝手が許されるはずがない。

カイがそう否定しようとした矢先、国王フォーが顔も上げずに淡々と告げた。


「巫女は今の時間は祈りの時間ではない。多少の猶予はあるだろう。案内しろ」


想定外の許可に、カイは毒気を抜かれる。

国王の真意は測りかねるが、ノインに会いたいという願いが、戸惑いを上回る。


「じゃあ、遠慮なく」


踵を返し、カイは執務室を後にした。

背後で竜狩りが低く笑う声が聞こえた気がしたが、振り返る気持ちはさらさらなかった。




執務室に居た兵士に案内されて辿り着いたのは、先日の待合室だ。

重い空気の中で待っていると、案の定、あの女医が姿を現した。


「・・・で、今度は何? もう次のが必要なの?」


軽くまとめられた長い紫色の髪を、隠しきれない不快感を露わにしながら指先でもてあそぶ。


「いや、ただ、ノインの顔を見に来ただけなんだけど。」


「ふぅん、まあいいわ。今ノインは部屋で休憩中よ。ついてらっしゃい。」


女医の白衣を翻す。連れられた先は、祈りの塔ではなく、簡素だが清潔感のある廊下だった。

突き当たりの扉にたどり着く。


「入るわ。」


護衛の兵士に短くそう言うと、兵士は扉の前を開けてくれる。

中は二重扉のようになっていて、中にはもう一枚扉があった。


「ノイン。入るわよ」


部屋の中から「うん」という間延びした声が返ってくる。


扉が開くと無機質な祈りの塔とは少し違う甘い香りがした。

生活感にあふれながらも、どこか懐かしさを感じるような暖かい雰囲気が流れていた。


広々とした一人部屋には、精巧な彫刻が施された丸テーブルや衣装箪笥、そして贅沢なレースがあしらわれたベッドが鎮座している。

その白亜の寝床の上に、無防備な姿のノインがいた。


「ツヴァイアと・・・カイ?」


一瞬の静寂のあと、鼓膜を震わせる悲鳴が上がった。


肩紐だけで辛うじて支えられた薄い肌着は、成熟を予感させる柔らかな肉体の線を露わにしている。

透け感のあるレース生地の下は、果たして守る下着があるのかさえ疑わしい。


あまりに煽情的な薄着と、羞恥に染まるノインの表情に、カイは焼けるような熱さを顔に感じて慌てて視線を逸らした。


視界の端では、異変を感じ取った外の兵士とツヴァイアと呼ばれた女医が扉越しに何やら押し問答をしていたが、今のカイの耳には入らない。


「ごめん、その・・・。無事、帰ってきたから報告を、と思って。」


自分は悪くないはずなのに、謝辞が口を突いて出る。

背後でそそくさと衣服を着る音が聞こえる。

布が柔らかな肌を滑る衣擦れの音さえ、今のカイには十分刺激的だった。


「ううん、私のほうこそごめんなさい。ツヴァイアがまた様子を見に来たのかと思って・・・」


少しの沈黙のあと、ノインの控えめな声が続く。


「・・・もう大丈夫。カイ、その、おかえりなさい」


意を決してカイが振り返ると、そこにはゆったりとした上着を羽織り、上気した頬をさらに赤く染めたノインが立っていた。

搾取される時の悲痛な表情ではない、一人の少女としての可憐な微笑み。


「うん・・・ただいま、ノイン」


短く答えたカイの鼻腔が、温まる。


いつの間にか、ツヴァイアと呼ばれた女医は部屋の外に出て、外の兵士達に説明しに行ったようだった。

扉が閉まる音が、この広い部屋を二人だけの密室へと変える。


「あの人、ツヴァイアさんって言うんだな。ノインのお医者さんなんだろ?」


気恥ずかしさを誤魔化すように、カイは当たり障りのない問いを投げかけた。

ノインは上着の襟元を整えながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。

よく見れば上着にはあの日渡した花のブローチが飾り付けられていた。


「そうなの。私のお姉さん、みたいな人かな。私が小さい頃からお城にいて、いつか私の主治医になるって約束してくれたの。それを本当に叶えちゃうくらい、努力家の人なの。」


「ノインにとって、大切な人なんだな」


「うん、大好き!」


屈託のない、あまりに直接的な肯定。

カイは自分が言われたわけでもないのに、耳の裏が熱くなる。


「・・・しかし、あの国王様も、ちょっと酷くないか?」


顔が赤くなる前に、カイは先ほどの執務室での冷淡な仕打ちを思い出し、問いかける。


孤児であるカイは親を知らない、だが知らないがゆえに理想を思い浮かべることはできる。

理想的な親とは子供を道具のように扱うだろうか。


問いかけられたノインは、ふっと視線を落とし、寂しげな陰りを瞳に宿す。


「でも、仕方ないことなの。このお役目は、私にしかできないから」


どこか諦めるような口調でノインはそう言う。


「それに、お父様は本当は・・・本当は、優しい方なのよ」


カイには、あの氷のような男が優しいとは到底思えなかった。

だが、親子にしかわからない心のつながりがあるのかもしれない。


カイはそれ以上踏み込むのを躊躇い、無理に明るい声を出して話題を切り替えた。


「・・・そういや、竜を狩ってきたんだぜ。こーんなバカでかい爪を持った、やばい奴だったんだ。草原を泳ぐように動くんだぜ、信じられるか?」


「すごい! ふふ、カイのお話はいつも面白いね」


カイがギロチンとの戦闘を身振り手振りを交えて話をするとノインが弾んだ声を上げる。

その姿からは国を守る巫女ではなく、年相応の少女の姿が見えた。




ふとした拍子に、彼女の体からふわりと、熟れた桃のような、粘り気のある甘い香りが立ち上った。

カイは一瞬、心臓を強く掴まれたような感覚に陥る。


「・・・いや、ごめん。全部ノインのおかげなんだ。あの、なんだ、その『聖水』って言えばいいのか? あれがなきゃ、俺は今頃あの化け物の餌になってた。一人じゃ何もできなかったんだ」


それを口にした瞬間、カイの胸にどろりとした罪悪感が疼く。

自分の命を繋ぎ、勝利を掴み取ったのは、目の前の少女の尊厳と羞恥の結晶のおかげなのだという事実が、重たくのしかかる。


しかし、ノインは罪悪感に苛まれる少年の顔を覗き込むようにして、慈しむような微笑みを浮かべた。


「あのね、カイと初めてお話しした日のこと、覚えてる?」


穏やかな問いかけに、カイは顔を上げた。


「あの頃はね、本当にお役目がつらくて、もう嫌だ、やめたい、って、ずっと心の中で泣いていたの」


彼女の細い指先が、体の前で所在なげに重なる。


「毎日、来る日も来る日も、決まった時間に決まったものを食べて。同じように『聖水』を搾り取られて。それが当たり前で。これはお役目なんだって、自分に言い聞かせてた」


それは、カイが知らない、鳥籠の中の地獄。

ノインはふふっと、懐かしむように喉を鳴らした。


「でもね、ある日私が大きなため息をついた時に、排水管の中から、もっと大きな声が聞こえてきたの」


『―――誰だか知らないが、ただでさえ滅入る地下なんだから、ため息なんてつくな!』


不意に脳裏に蘇る、自分の若く、粗野な怒鳴り声。

少し気恥ずかしさを感じるカイに対し、ノインは、楽しそうに言葉を繋ぐ。


「それから毎日のようにお話ししたよね。スラムで起きた面白いことや、今日はどんなガラクタを拾ったか。私、いつの間にか、それが毎日の楽しみになってたの」


彼女の声が、微かに熱を帯びる。


「だって、私の知らない世界だったから。ううん、それだけじゃない。私という存在がいなくても回っている、自由で、広い世界のお話だと思ったから」


ノインの視線が、部屋の外に向けられる。高くそびえる祈りの塔に。


「私の世界はね、私が『巫女』じゃないと成立しないの。お城の皆も、ツヴァイアも、お父様も、私のことを考えて、守ってくれている。だからこそ、お役目も納得出来るって、自分に言い聞かせてた」


ノインは一歩、カイに歩み寄った。

彼女が動くたび、体温と共に甘美な匂いがカイの理性を静かに揺さぶる。


「けどね、カイのお話を聞いていたら、なんだかちょっと、肩の荷が下りたの。私を巫女じゃなく、ただの女の子として扱ってくれた。このお城以外にも私の居場所はあるんだって教えてくれたのはカイだけだったんだよ」


「そんなの俺だって一緒さ、スラムでドブさらいしてる奴なんて。普通のやつ扱いされない。俺を唯一、一人の人間として扱ってくれたのはノインだけだった。」


二人はいつの間にか見つめ合うように視線を交わしていた。


「俺、絶対にノインの為に、一流の竜狩りになるよ。全部の竜を倒して、ノインをその役目から解放するから・・・」


カイは誓いを立てる。

二人の距離はいつの間にかもう抱き合えるほどに近い。


ノインが何かを察したのか、目を閉じる。

カイがノインの肩に触れる。


肩先に触れた指から熱が伝わる、少年の熱か、少女の熱か。

もっと近づきたい、この匂いをもっと嗅いでいたい。

この少女を自分のものにしたい。


そっと二人の顔が近づいていく。



「そろそろ話は終わった?もう面会は終わりよ」


突如扉が開かれ、ツヴァイアと呼ばれた女医が部屋に入ってくる。


間一髪で二人は離れる。

幸いにもツヴァイアからはカイの背中で何をしているかまでは見えていなかったようだった。


ツヴァイアに促され、カイが部屋を後にしようとすると、ノインは名残惜しそうな表情をした。


部屋を追い出され、一人廊下に立たされたカイは、手のひらを見つめる。

衣服の上から触れたはずの、ノインの柔らかな肉の感触が、熱が、いまだに残っている。


身体の奥底で、ドロリとした「何か」が疼き始めていることに対して、カイは違和感と、そして奇妙な愛着を覚えていた。


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