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12話「二流の猟犬」

12話「二流の猟犬」


動かなくなったギロチンの横で、カイもまた動けずにいた。

決して致命傷を負ったわけでもましてや死んでいるわけでもない。

極度の緊張から解き放たれ、疲れも相まってほとんど放心状態で立ち尽くしていた。


「はぁ、はぁっ・・・」

 肺が焼けるように熱い。アドレナリンの分泌が収まり、岩をナイフで打った右手と、脇腹の傷の痛みが思い出したかのようにズキズキと痛み出す。

 勝ったのだ。信じられない思いで、カイが膝をつこうとしたその時だった。


「よぉ、生きてんじゃねぇか」

 場違いなほど呑気な声が響き、草をかき分けて竜狩りが姿を現した。

「遠くからでも岩場までは見えてたんだがな、奇襲に失敗してそのまま草ん中に消えちまって、クク。」

 笑いながら近寄ってくる飼い主を猟犬は恨めしそうに睨むが竜狩りは意に介さない。


「解体くらいは手伝ってやる。その代わり、肉と皮はすこしもらうぞ」

 竜狩りは腰のナイフを抜くと、転がっているギロチンの巨体へ、品定めするように歩み寄った。その視線が、その生き物を特徴づける大きな爪で止まる。

「ああ、こいつはいい。すごい爪だな、鋭利なのは当然のように、奴の全体重をかけた処刑に耐えうる強度がある。」

何に興奮してるんだか、とツッコミを入れる気力もない。



「……おい、そこを抑えてろ。皮を引くぞ」

 竜狩りの指示に合わせ、カイはまだ温かいギロチンの脚を抑える。

「これでお前は、三流の狩人は抜け出したってわけだ」

 血まみれの手でナイフを振るいながら、竜狩りがふとそんなことを口にする。

「・・・三流?」

話を聞くかどうか逡巡したが他に話したいこともなく、素直に尋ねる


「クク、三流ってのはな、『情報も知らず、準備もなく、当てもなく狩る奴』のことだ。そんなのはただの自殺志願者だ。だがお前は、情報を手に入れ、準備をして、狩りをした。今日からお前は『二流』の狩人だ」

結局お前は二流だと皮肉を言いたいだけか、と思う。だが、お前はどうなんだと聞いてみたくなった。

「じゃあ、一流はどうなんだよ。これ以上何が必要なんだよ、一流の竜狩り様になるには。」


問いかけると、竜狩りは作業の手を止め、血に濡れたナイフを振って血を落とす。

「情報も準備もただの手段に過ぎん。情報に誤りがあったら?準備に不備があったら?クク。一流はな、何があっても獲物を狩る。」


竜狩りは生き絶えた竜を指差して言う。

「お前は考えたか?もしこいつが火を吹いたら。空を飛んだら。・・・あるいは、渡したワイヤーに切れ目が入っていたら。ククク、どうなっていたかな」


投げかけられた仮定に、カイの背筋に冷たいものが走った。

想像する。もし、あの瞬間にワイヤーが弾けていたら。もし、竜が未知の生態を隠し持っていたら。

理解してしまった。今回の勝利は、決して約束されたものではなかった。たった一度の奇襲、たった一つの罠に全てを賭けた博打。それは一流の狩人とは程遠い、あまりに杜撰で危うい綱渡りだったのだ。


「・・・なら、あんたならどう狩ってたんだ」

気づけば、問いかけていた。

竜狩りを自称するこの老人が選ぶ、完璧な正解を知りたかった。


「今回と同じやり方だな」

返ってきたのは、拍子抜けするほどあっけない答えだった。


「なんだよ。それじゃ、俺と変わらねえじゃんか」

「いいや?」


竜狩りは作業を再開する。

「まずは『巫女に気に入られている猟犬』を、偵察がてら死地に放り込む。そいつが首尾よく仕留めれば儲けもの。失敗して死んだとしても、その情報を使い更なる手を考える。クク」


いつもの皮肉な笑いだが、その言葉の真意を理解する。

竜狩りにとってカイは沢山あるうちの一つの手段に過ぎない。

沢山の手段のうちのどれか一つでも上手くいけば良い、その手数の多さこそが一流なのだと。


圧倒的な経験の差と、手段として扱われることに無力感を感じ悔しく思いつつも、だからこそ今はこの男から一つでも多く学ぶことが必要だった。


一通り解体を終えると、戦利品を持ち帰路に着く。


竜狩りの拠点へと辿り着く頃には、すっかり夜の帳に包まれていた。

今にも寿命が尽きそうなに蛍光灯がチカチカと鳴り、カビ臭い管理人室を頼りなく照らしている。

「おいガキ、明日はまたあの国に行くぞ。準備しておけ」

竜狩りはそう言い残すと、酒瓶を片手にソファへと体を投げ出した。


カイは、部屋の隅に積み上げられた資料の束に目をやる。

「……なぁ、ここにある資料、見てもいいか?」

「好きにしろ。俺はもう百遍は見たからな。もうここに入ってる」

竜狩りは自分の頭をコンコンと叩く。


カイは足元に転がっている紙の束を拾い集める。

スラム育ちのカイにとって、読めない文字も多い。かろうじて題名だけでも読み解く。


『ヤコブソン器官への刺激投与によるフレーメン反応の誘発、および攻撃衝動の抑制』

『蓄積メタンガスの噴射、そして摩擦や電気刺激による発火現象の仕組み』

『共生個体における実用性に関する検討』


中身をパラパラとめくるが、図解や数式も多く、ちんぷんかんぷんだ。

だが、最後に手に取った一冊の背表紙に、カイの指が止まる。


『皮骨や肩甲骨の変異による翼脚を持つ獣脚類の開発』


(・・・開発、本当に竜は人為的に生み出されたんだな。)

魚のヒレが手足に変わる。猿のしっぽが消失してヒトになる。

そんな自然な進化とはかけ離れた、誰かが考えた理想の骨格をしたスケッチ。


カイは、先ほどまで自分が解体していたギロチンのことを思い出した。

処刑台のごとき竜もまた、造られた生き物だったのだろうか。

カイは答えの出ない疑問を胸に、ただ無機質な紙の束を見つめ続けた。


数時間、文字の羅列と悪戦苦闘していた時だった。

あの趣味の悪い酒を煽っていた竜狩りが、ポツリと独り言のように言った。

「そんなもんを熱心に読み漁っても、竜を狩るために大事なことは載ってねえぞ。そこにあるのは、知識欲に駆られたバカどもの歴史だけだ」


カイは資料から顔を上げ、酔いどれの老人に視線を向ける。

だがいつもの薄ら笑いを浮かべる変人はそこにはなく、底知れぬ憎悪を滾らせた一人の獣がいた。


「知っておくべきことは一つ。あいつらをどうすれば殺せるか、それだけだ。」


雰囲気に気圧されカイは何も言えなくなる。


「二足歩行のもの、四足歩行のもの、水辺に棲むもの、翼を持つもの、そして手足を持たぬもの。数え上げたらキリがねえ。」

老人は重い腰を上げ、酒瓶を洗い場に放ると部屋の隅からまた酒瓶を手に取り飲みだす。


「お前はまだ、二足のタイプしか見てねえな。俺はそいつを歩竜ほりゅうと呼んでるが・・・まぁ、どうでもいい。いいかガキ、やつらを狩るのはどれだけの知識を持ってるかじゃない。どうすれば、奴らが死ぬのか。その一点だけを、脊髄に叩き込んどけ」

その言葉には、数え切れないほどの死地を潜り抜けてきた重圧があった。

カイは手元の資料を閉じる。


二流の狩人は考える、オレがするべきことは何だ。ない頭を絞って資料を読みふけることか?

二流の狩人は考える、やつらを殺すには何をすればいい。


ふと、ギロチンのことを思い出す。戦利品として持ち帰ったやつの爪を見る。

弱弱しい光の中、不気味に光るその刃はまだ熱気を持っているようだった。






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