11話「審判の時」
11話「審判の時」
眠りから覚めたものが最初に見たのは、2足歩行する矮小な獣だった。
獣は陽光にきらめく刃を振り上げると、今まさに飛び掛からんという跳躍をする。
寸でのところで頭を引き避けると、獣は先ほどまで頭を預けていた岩に突っ込み姿勢を崩していた。
この侵入者に心地よい眠りを妨げられたのだと理解し、舌先で獣の匂いを体内に取り込む。
全てをかき消すほどの安らかな甘い香りがまるで夢の中へ誘うように香る。
だがその香りの中に、うまそうな肉の匂いと、ドブの染み込んだ腐ったような匂い。
そして少しの恐怖と、殺気立つ焦りの香り。
この小さな獣は、排除すべき罪人だ。
大きな尻尾を叩きつけ勢いのままに立ち上がる、3つの爪をカチカチと鳴らし違和感がないことを確認する。
さぁ、処刑の時間だ。
「クソっ・・・」
千載一遇のチャンスを棒に振ったカイは、痺れる右手を振って感覚を取り戻しながら、脳をフル回転させる。
岩に突き刺さったナイフは先端が酷く折れ曲がっていた。
ここでギロチンを倒せるか?
いや、奇襲が失敗し、ヤツはもう臨戦態勢をとっている。
用意した罠は泥だまりにある、しかしこの開けた視界からどうやってあの屈強な脚を出し抜けばいい?
岩場の中央はギロチンが日を浴びるための大きな岩が座しており、辺りにはカイの膝ほどのサイズの岩がゴロゴロと転がっている。
頭上からは逃げ場のない陽光が容赦なく照り付け、カイの全身から嫌な汗が吹き出した。
滴るカイの汗とともに肌に塗りたくったノインの香りが漂う。
死と隣り合わせの状態にそぐわない甘い香りがカイの脳に刺激を与えた。
カイは懐にしまっていた瓶のことを思い出すと、
瓶を掴みギロチンの足元めがけてノインの汗を入れていた瓶を投げつけた。
直撃せずともよい、聖水の匂いで少しでも判断力が鈍ってくれれば、と思ってのことだ。
先ほど同様にギロチンは瓶の投擲を最小限の動きで回避する。
直後、岩と激突し割れた瓶からは強力な匂いが辺りに漂った。
(今だ!)
カイは一目散に岩場から脱出するべく、草原へと駆け込む。
「ハッ、ハッ。クソっ、足場が・・・。」
乱雑な配置の岩が、逃走を阻む。
一歩間違えれば足首を挫き、その瞬間に背後のギロチンに、文字通り「断頭」されるだろう。
一方でギロチンは不意に聖水の匂いを嗅ぎ、目の前の襲撃者に対して、瞬間的に攻撃衝動が抑えられる。
だが、生物兵器として備えられた本能はすぐ呼び起こされる。
ギロチンは強靭な足と尻尾を巧みに使い、岩場を追いかける。
しかし、いかに強靭な足を持っていても、この岩場では全力でカイを追うことはできなかった。
背後から迫る、熱を帯びた竜の吐息。
まさに今、その鋭利な凶器がカイの小さな体を捉えたという時。
間一髪のところで、カイは草の中へと逃げ込む。
だが、ギロチンの追撃は止まらない。
カイを探し出そうと逃げ込んだ草の海を自慢の三本爪で切り裂く。
カイの背後で背丈を優に超える草が刈り倒される音がする。
振り返り確認する余裕などなく、かき分けながら泥だまりへと一心不乱に走る。
草をかき分けるカイの音を聞いて、背後からギロチンが迫る。
長い腕で邪魔な草を薙ぎ払いながら小さな不届き物を追い詰める。
一回、二回とその大きな爪を振るうたび、緑の壁は崩れ、辺りが開けていく。
ようやく泥だまりにたどり着き、カイは仕掛けをした場所を確認する。
その瞬間、カイの体は重たい質量に押し出され、泥だまりの中ほどに吹き飛ばされる。
「が、はっ・・・」
ギロチンの丸太のような腕にぶつかり吹き飛ばされたようだった。
飛沫を立て、泥に叩きつけられる。
衝撃で呼吸が止まる、息をしようとするも泥を呑み込んでしまい激しくむせ返る。
爪は脇腹をかすり、避けた皮膚から血が垂れる。
だが姿勢を崩したカイが起き上がろうとしたとき、暑苦しいほどの陽光が突然遮られる。
突如できた日陰は、眼前に迫るギロチンの影だった。
ギロチンの喉から漏れる空気が、低周波の地響きのように肌をビリビリと刺激する。
仰向けに転がる獲物を前に、後ろ脚と尻尾をしっかりと地につけ、処刑台の刃は天高く掲げられた。
逆光の中、ギロチンの両の爪が鈍く光を反射していた。
冷酷な刃が振り下ろされた、その瞬間。
カイもまた、大型のナイフを振り下ろした。
狙ったのは、泥に隠したあのワイヤーだった。
バチン!と弾けるような音を立てて拘束から解き放たれ自由になったワイヤーは
遠くの木に吊るした重石の落下に合わせ、勢いよく引っ張られる。
カイはその切り離されたワイヤーを硬く握りしめていた。
重力に引かれ、転がった姿勢からでは考えられないほどの速度で移動するカイ。
ギロチンの動体視力はその速度を捉えていたが、しかし、振り下ろす途中では軌道修正はできない。
その最高の瞬間を狙ったカイの目論見通りに、処刑道具の無慈悲な刃は見えないレールに沿って真っすぐ落ちる。
ズズズ・・・
勢いよく振り下ろされた腕は肘のあたりまで泥の中へ深く沈み込む。
獲物を両断するための勢いは、自らの体をその場に縛り付けた。
足元を泥に絡みつかれながらも、カイは最後の力を振り絞り、跳躍する。
喉元にしがみつくとナイフを突き立て、思いっきり差し込む。
赤い血がとめどなく吹き出し、泥だまりを赤く染める。
だが、ギロチンもやられるだけではない。
太い尻尾と足を再度深く踏ん張り腕を引き抜こうともがき暴れる。
しかし、泥の粘性と不安定な足場がそれを許さない。
泥はゴプッ、ゴプッと音を立てるだけで一向に体は自由にならない。
カイは容赦なくナイフを引き抜くと別の位置へと刃を突き立てる。
ギロチンの出血はさらに加速し辺りは血だまりと化していた。
先ほどまでの甘い香りはもうしない、むせ返るほどの鉄の匂いに包まれる。
ギロチンはついに引き抜くことをあきらめ、器用に尻尾を使い、カイを打ち付ける。
しかし、急速な失血のせいか威力はなく、小さな狩人を引きはがすには至らない。
4度目の尻尾の叩きつけを最後にギロチンは動きを止めると、
大きな息を吐き出したかと思えば、体中から力が抜けたようにその場に座り込み、静かになる。
「ハァッ、ハァッ・・・」
カイは喉元からナイフを引き抜くと、力任せにギロチンの瞳に突き立てる。
ビクンと反応はあったものの痛みに悶える様子はない。
審判は下され、処刑は完了した。




