10話「断頭台の戦い」
10話「断頭台の戦い」
カイは二つの瓶を丁寧に扱い、持ってきた袋に詰める。
名残惜しい気持ちはあったが、採取が終わってしまい、ここに残る建前はなくなってしまった。
「カイ、どうかお気をつけて。」
背後に残したノインへの未練を振り切るように、扉を抜けて祈りの塔を後にする。
外には、女医が待ち構えていた。
彼女はカイが抱える袋を一瞥すると、冷たい目線を隠そうともせず来た時と同じく通路を先導し始める。
二人の間に会話は無かった。
城を抜け、土の匂いが立ち込める森を横切る。
竜狩りの拠点である旧施設に辿り着くと、一足先に戻っていた竜狩りが、いつものソファで酒瓶を煽っていた。
「よお。首尾よく手に入れてきたようじゃねえか」
ガスマスクの奥の瞳がカイの持つ聖水をねっとりと舐めるように見つめる。
「よし、ガキ。取引だ。その瓶、片方よこしな。代わりにギロチンの情報を教えてやる」
カイは瓶を抱える手に力を込めた。
ノインが、羞恥に耐えて絞り出した雫。
それをほかのやつに渡すなんてしたくない。
「これはノインからもらった大事なものだ。お前なんかに渡せるか」
「情報は武器だ。お前は竜の理屈も知らんで、昨日の死闘を生き残れたとでも思ってるのか?クク」
竜狩りは酒瓶を机に放り出す。ガランという金属音が不気味に室内に響いた。
「ま、お前の好きにすればいいがな。罪人様が死にに行くのを止める理由はねえな。ククク」
その挑発に、カイは歯を食いしばる。
今の自分には、彼女を守るための「力」も「知識」も足りない。
それが何より悔しかった。
「・・・内容次第だ。しょうもない話だったら、すぐに返せよ」
「毎度あり。クク、聞き分けのいい猟犬じゃねえか。」
瓶を受け取り上機嫌な竜狩りはギロチンの追加情報を教えてくれた。
「今日もギロチンはあの草原に居たぞ。
やはりあそこをテリトリーにしているのは間違いねえ。
やつは昼行性だが、少し寝坊助なトカゲだ。爬虫類は外気から体温を得るからな。
だが、草むらの奥深くまで陽光が熱を通すには時間がかかる。その間、やつは動きを止めているはずだ」
「それと、やつらは温度の変化にも敏感だ。
冷え切った夜に忍び寄ろうものなら、周囲との温度差ですぐに勘付かれる。
忍び込むなら、気温が上がる昼時が一番マシだろうよ」
「やつの留守を見計らって、草原の中も確認してやったぞ。
多くの部分はただの草むらだったが、あいつはお気に入りの場所を二つ用意してる。
一つは大岩だ。草原の中にぽっかりと大きな岩があってな、普段はそこで寝たり日を浴びて体温をあげてるんだろうな。
もう一つは水たまり、と言うか泥だまりだな。泥にまみれて体温を調整したり、体の手入れをしてるんだろう。」
一通りの講釈を終えると、彼はソファに深く沈み込み、試すような視線をカイに向けた。
「で、どう殺すんだ?俺は手伝ってやらんが、聞くだけ聞いてやる。」
「決行は昼にする。草むらで寝ているところを襲って、やつの喉元か目をえぐる」
即答したカイに対し、ウーノは鼻で笑った。
「ワンパターンだな。馬鹿の一つ覚えとも言うが、クク。
やつらは腹ばいで寝る。喉は地面に守られているし、瞳を閉じればその瞼は硬質だ。
お前のなまくらなナイフじゃ、傷一つ付かねえぞ。まあ武器くらいは貸してやるが・・・だが。」
ウーノの声から余裕が消え、狩人としての冷徹な忠告に変わる。
「いくら聖水が強力であっても、あくまで嗅覚を騙すまやかしに過ぎん。
視界に映ったり、物音を立てれば、当然のように食い殺されるぞ。
・・・それで、策はそれだけか?」
カイは、施設の片隅に置かれたあるものを指差した。
「こないだあんたが森で回収した、あのワイヤーを使いたい」
「ワイヤーか。クク、少しは頭を使うようになったか。まあいいだろう、部屋の隅にあるやつを好きに持っていけ。使い物になるかは、お前の腕次第だがな」
翌日、朝日が昇る前にカイは目を覚ます。
窓のない旧施設には陽光は届かないが、湿り気を帯びた空気が朝の訪れを告げていた。
今日はついにあの特殊個体、ギロチンを狩る。
カイは昨日のうちに準備した装備を身に着け、管理人室を出る。
ノインから託された瓶に詰められた"祈り"と、ワイヤーを使ったトラップの用意、医療用小型ナイフと竜狩りから借りた大型のナイフ。
部屋を出たカイの前にいつものガスマスクとカウボーイハットが映る。
竜狩りもいつもの格好で準備を終え、施設の外で武装の手入れをしながら待っていた。
「犬っころが逃げ出さないか見ておかないといけないんでね。」
「言ってろ。俺はあいつを殺して生き残る。」
カイに逃げ出すという選択肢はない、腹をくくった少年はもはやスラムのドブさらいではなかった。
男は獲物を狩る狩人の目つきをしていた。
1時間ほど後、日が昇り始めたころには二人は草原地帯にたどり着いていた。
「何度も言うが俺はお前の狩りを手伝わない、まあこれは罪人の試練だしな。」
手伝わないという言葉は、すでに何度も耳にした。
カイは「もう聞き飽きた」と言わんばかりに、無言で首を振って応える。
竜狩りは遠くの木の上から双眼鏡を用いて見張るようだ。
ギロチンのテリトリーが見えるあたりで分かれる。
テリトリーに足を踏み入れる前にカイは近くの木に仕掛けを施す。
石を詰め込んだ重い袋をワイヤーに結び、慎重に太い幹へとかける。
ワイヤーを引き、袋を絶妙なバランスで木に引っ掛けた。
ここでの仕掛けは終わりだ。
ワイヤーのもう一端を持ち、引っ張りながらテリトリーへ近づく。
草原に入る前に、ノインから託された瓶を取り出す。
大瓶一つになみなみと満たされた、彼女の汗を。
瓶を開けた瞬間、ノインの甘い香りがあふれ出す。
辺りが草原であることも忘れてしまうほど芳醇な香りだが、浸っている余裕はない。
瓶の中に手を突っ込み、汗を掬うとカイは首筋、胸元、腕、足と塗り広げる。
全身を少女の匂いに包まれながら、異常な行為を躊躇なく実行する自分におかしくなってくる。
「ククク、竜狩りのことバカにできねえな・・・」
竜狩りの笑いが移ったような引き笑い。
こんなことしていたら頭がおかしくなる、とカイはどこか他人事のように感じていた。
少女の匂いを体にまとい、背徳感や罪悪感を感じながら。人間の体格など圧倒するほどの巨大な爬虫類を恐怖心を忘れてこの身一つで狩る。
その異常な状況に笑いがこみ上げてくる。
ノインの香りを嗅ぐうちに少女の置かれている苦境を思い出す。
羞恥に震えながらも、役目として、道具のように搾取される。
あんなこと、続けさせて良いはずがない。
ノインへの思いはカイの脳内にいつしか怒りを思い出させ、徐々に冷静さも取り戻し始めた。
発散しかけていた思考を現実に戻したのもまた愛しい少女の香りだった。
「よし・・・」
一通り全身に匂いを纏うと、カイは意を決して草原の中へと入っていく。
そこは外よりも少しひんやりと、湿気を含んだ空気が漂っていた。
竜狩りの情報通り、密集した内部の草は日が昇ってもまだ夜露と夜の冷え込みをため込んで、昼の熱気を拒むようだった。
竜狩りの話ならこの中に泥だまりと岩場があるはずだ。
カイが慎重に音を立てないよう進んでいくと草むらがぽっかりと途切れる場所を見つけた。
小さな民家なら建てられるだろうかという面積を持つ泥のたまり場だ。
ギロチンがいないことを確認するとカイはいくつかの仕掛けを施す。
付近に大きな倒木を見つけると先ほどから引っ張ってきていたワイヤーの一端を結びつける。
そしてワイヤーを強く引いて遠くの木に仕掛けた重りが動作していることを確認すると、
ワイヤーがピンと張られるようにさらに巻き付けてワイヤーを固定した。
仕掛けを終えると、再度ギロチンの捜索を続ける。
太陽も空の頂点に達するころ、まさに鎮座するように岩場の中心で大きな岩に座り込み、体を休めていたその生き物を、カイは発見した。
付近との一体感を感じる緑と茶色のまだら模様の体色は昨日見たヤツの特徴と一致する。
ギロチンは3つの爪を携えた長い腕を首の下に敷き、大きな足とバランスをとるための太い尻尾を丸めて、日を浴びていた。
死んでいるのかと思うほどにおとなしいが、時折ゆっくりと巨体に見合った重苦しい呼吸音が聞こえる。
カイは細心の注意を払い、背後へと回り込む。
一歩、また一歩と近づく。
ふとノインの匂いがする。
緊張の瞬間にふとした香りにカイは一層の集中を研ぎ澄ませる。
あと一メートル。その至近距離まで近づいても、竜は動かない。
改めて見るギロチンの背面は絶望的だった。
ツヤのある分厚い鱗が隙間なく並び、背中側からではどこを突いても刃が通る気がしない。
もはや策はない。竜狩りにワンパターンと笑われようが、狙うなら、やはり喉か目しかない。
カイが震える手を抑え、頭部へ手を届かせようとした、その時だった。
その処刑道具は、パチリと目を開けた。
何が原因だったのかはわからない。
眠りが浅かったのか、あるいはカイの殺気を何かで察知したのか。
だが、その無機質な瞬膜がシャッターを開け、ぎらついた瞳がカイを捉えた瞬間。
カイは小型ナイフを構えギロチンの目に飛び掛かるようにナイフを振り下ろした。
カンッ
硬い音があたりに響き、小型ナイフは岩場に突き刺さる。
一瞬前までギロチンの頭部があった場所にもう無防備な表情をした生き物は居なかった。
多くの爬虫類は動体視力に長けていると言われている、加えて反射速度の速さで自身より小型で素早い虫や魚を捕食する。
その能力が古代の恐竜に備わっていたかはわからないが、この恐ろしい生物兵器の成れの果てにはそんな事情は関係ない。
ただ、機能として持っているのだから持っているのだ。
カイの奇襲は失敗した。




