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1話「竜鎮めの巫女」

1話「竜鎮めの巫女」


グルルルル・・・


どこか遠くから竜の遠吠えがスラムにある地下水道の入り口に居た少年カイにまでかすかに聞こえてくる。

「おいおい、頼むぜ巫女様よ。あんたの祈りが頼りなんだから。」

カイはどこか不安げにひとり呟く。


スラムから見上げれば城下町を囲う高く分厚い外壁が見える。

さらにその先には皇国ミラの象徴である高くそびえる銀の城の一部、祈りの塔が平和の象徴かのようにそびえ立つ。


一方で反対側に目を向ければ、外壁の周囲にはスラムが広がり、さらに外へと数分も歩けば手つかずの自然が広がっている。

だがそこは人の領域ではない。竜たちの領域だ。

聖域と呼ばれる人の領域を出れば、非力な人など骨も残さず食い殺されるという。


この国が今日まで無事なのは、ひとえに巫女様の加護ゆえだ。

竜鎮めの巫女様が城には居て、竜を鎮める祈りを捧げているおかげで、

城下町だけでなく外壁周辺のこの掃き溜めにもやつらは近づかない。



少年は孤児であった、職など選べるわけもなく物心つく頃にはどぶさらいの仕事をはじめ、15歳を迎えた今まで毎日のようにこの過酷な労働に身を費やしてきた。

煌びやかな城や外壁に守られた城下町から吐き出される汚水は地下水道へと流される。

少年にとって城の地下水道に転がる小さなコインや金属類は、その日の生活費そのものである。


カイは首に巻いた布をグイっと引き上げ鼻先まで覆う。

サイドを刈り込んだ頭に少し長い茶髪を後ろでまとめると、オーバーサイズのぼろきれを服として纏った少年は地下水道の中へとずんずんと入っていった。


30分も城の方向へ歩けばどぶの中からお宝を探すお気に入りのいつものスポットへとたどり着く。

今日も彼は何時間も働いて小さな稼ぎを得る。



「そろそろ休憩すっかぁ」

過酷な職場だがカイはこの仕事を気に入っている、特にこの休憩の時間だけは。


カイは地下水道のさなかにある小さな広間にたどり着くと座り込んだ。


「おーい、ノイン。いるかー?」

カイは大きな声で独り言を言う。

広間にはカイ一人だけだ。


「こんにちは、カイ。今日も来てくれたのですね」

柔らかな雰囲気を感じる少女の声が、小さな広間に反響するようにどこかから返ってくる。


「こっちは今日も楽しい楽しいどぶさらいさ。収穫は小さな注射器みたいなやつだけだったけど」

「注射器・・・ですか、でもそういえば昨日はコインを拾ったとおっしゃってましたね。」

「ああ、昨日はおかげで久々にパンに肉乗せて食ったよ、ハハハ」


スラムの孤児であり、ドブさらいをしているカイには深い友人関係を持つものは居なかった。

変人奇人と蔑まれるか、あるいは周りの人は過酷な環境で命を落とすからだ。


そんな状態であったからこそ、ノインとの不思議な関係にカイはどこか心地よさを感じていた。

数年前から続いていたこの関係がカイにとってかけがえのない時間になっていたことは自然なことだった。


「そうだノイン、お前明日誕生日だったよな?明日で15になるんだろ?」

「うん。でも少し明日は忙しくて、ここに来られないかもしれないの・・・ごめんなさい。」

「ああ、気にすんなよ。おめでとうな、ノイン。」

「え?う、うん。」


明日は以前から聞いていたノインの誕生日だ。

カイはノインを驚かせるためにプレゼントを用意していた。小さな花のブローチを。

カイはその日に配管を通ってノインの元へ行くつもりだった。




翌日、明け方からカイはプレゼントをもって地下水道を通り広間の管の中を通り城へと向かっていた。

カイは浮き立つ気持ちを抑えられなかった。

それは数年間、声だけの繋がりだったノインと初めて会えるという緊張か、

はたまたプレゼントを渡したときのノインの笑顔が見たいという純粋な気持ちだったのか、あるいはその両方か。


数十分後、管の中を通って城へとたどり着いた。

管はどうやら城の中の小部屋の配管と繋がっていたようでノインはここからカイにしゃべりかけていたらしい。


小部屋の配管は出口が狭く明らかに人が通れるサイズではない。

別の部屋につながっていないか管の中を探索しているとどこかから声が聞こえてくる。


「ん・・・」


女性の声だ、小さな声であったがかすかに漏れる声を頼りにカイは声の方向へ誘われるように近づいていく。

その声に近づくにつれて花のような甘い香りが配管の中のカイを襲う。

ついにその声がする部屋にたどり着くと、天井の隙間からその部屋を覗き込んだ。



部屋の中は異質な雰囲気で包まれていた。

薬品のツンとした匂いとそれすらかき消すほどの甘い濃密な花の匂い。

注射器や瓶などの様々な器具が整然と並べられた台、壁には清潔そうな布や医療者用の衣服がかけられており、窓一つないその部屋はいくつかのライトで照らされていた。


部屋の隅にある机には食べかけの様々な果実が並んでいる。

苺、りんご、オレンジなど、カイが一度も食べたことのないようなカラフルな果物たちが数人分はあろうかという大皿に乗せられていた。


そして部屋の中心には手術用とも拷問用ともとれるような椅子が鎮座する。

だが部屋の中で最も異質だったのはその椅子の上に座らされている少女であった。



少女の服装はゆったりとした静謐を重んじた白を基調とした衣服だった。

腰ほどまである銀色のロングヘアは衣装とも相まって神秘的な輝きを放つ。


しかし、異質感の正体はその少女の美しさではなかった。


その衣服には似つかわしくないカテーテルや真鍮製の拘束具、革のベルト、ガラス製の瓶などがはだけた衣服の上にも下にも無数に見える。

大小さまざまな瓶の中には透明、白、赤など様々な色の液体が蓄えられ、そしてそれらに付けられたカテーテルを見ればどれも少女から搾取されていることは一目瞭然だった。

少女の口はさるぐつわを噛まされ、目元は布で覆われていて、手足や首元には彼女の白い肌を強調するような黒い革のベルトで椅子に縛り付けられていた。


どのくらい拘束されているのだろうか、少女の汗ばむ肌が衣服からちらちらと露出する。

はだけた衣服の隙間から除く首元には重たい真鍮製の首輪が食い込み、細く白い少女の首を苦しく締め付ける強い存在感を放つ。

身じろぎで緩んだ衣服の隙間から胸元や太ももが見え隠れする。呼吸のたびに上下する柔肌に沿って這う管の中は赤黒い血が巡っている。

椅子に付けられた革のベルトは太ももを固定し、間にある大きな瓶にはにわかに熱を放つ黄金の液体が収められていた。

その部屋は少女から汗や涙、涎、血、そして排泄物に至るまでを、彼女の尊厳を無視して液体として搾り取るための機能を十全に有していた。


「んんっ・・・」


少女が身もだえる。

いつの間にか呼吸も忘れて見入っていたカイは我に返る、そして思った。この子がノインだ。


ノインを救い出さなければ、使命感を胸にカイは天井から部屋へと降りていった。


目の前に立ち、改めて見るとその異質さは異常だった。


なぜこんなひどいことをされている?

この管や液体は何だ?

こちらまで体温が上がってくる。

甘い匂いに頭がくらくらする。

なんてきれいなんだ。


様々な感情がごちゃまぜになりながらもカイはノインに話しかける。


「ノイン?ノインだよな!オレだ、カイだ。」

そういうとカイはノインのさるぐつわを取ってやる。


さるぐつわを外すと「あっ」という小さな声とともに熱く湿度の高い吐息が漏れ出す。

口元から垂れたよだれは部屋のライトに照らされてつやつやと唇を光らせている。


「カイ?本当にカイなの?」

どぶさらいの孤児であるカイのことを知っているものは城には居ない、地下水道で秘密の会話をしていた少女以外には。


「カイ、見ないで・・・、お願い・・・」

ノインの泣きそうな声を聞き、少女をノインと確信したカイは震える手で目隠しをはぎとった。


あらわになったその顔は、想像よりずっと幼く。涙ぐむ表情はどこか熱っぽく、うるんだ薄紫色の瞳は焦点が合わなそうに、だがカイを見つめる。

色素の薄い銀色の糸のような細い髪は汗ばんだ頬に張り付き、肌はどこも透き通るほど白く、そんな肌が熱によりほんのり赤く色づいている。


何よりそんな少女に似つかわしくない冷たい拘束具や搾取の器具が奇妙な違和感と生々しさを感じさせた。


熱を帯びた吐息と甘美な香りがカイの鼻をくすぐり少女の熱が伝わってくる。

状況に動揺しながらもカイは拘束具や瓶を取り外す。

外された器具はガチャガチャと音を立て乱暴に床に落とされる。


「こ、これは一体何なんだ。誰が、誰がこんなひどいこと・・・」

「カイ、違うのこれは。それより早く逃げて」

「違うって何が・・・」


助けを求めるのではなく、むしろカイを心配するような表情のノインを見て、さらに混乱するカイの耳に何かの音が聞こえた気がした。

それは掌から滑り落ちたプレゼントが床を叩く音か。

それとも、衝撃的な出会いすら許さぬ、無慈悲な足音か。

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