自転車は風鈴を鳴らす
この作品は「なろうラジオ大賞7」参加作品です。
口の悪い輩に言わせると『田舎大工の安普請』らしいのだが……8か月ぶりに帰って来た実家は更に老朽化が進んでいた。
ところが皮肉な事に、お袋はこの正月に会った時より余程元気で……気のせいか台所からは鼻歌?詩吟?が聞こえて来る。
大方、ご近所さんが集うカルチャーセンターでの影響だろうが……親父と違って元が社交的だったお袋は……親父という重しが取れた分だけ自由になったのかもしれない。
さほど広い家では無いので……親父亡き後の独り住まいでは寂しさも募るだろう。
さりとて未だに2DKの賃貸アパートでくすぶっている俺がお袋を引き取れるかと言うと、その自信も無い。
だからお袋がこうしてなんとかやっているのを見ると、正直ほっとする。
つくづく自分は情けない男だと思うが……こういうところはしっかりと親父の遺伝子を受け継いでいる俺は……からきし意気地が無い。
こんな事を考えながら軒先に白提灯を吊るしていると、扉のガラスが鏡となって俺の顔を映し出す。
そのドッキリするくらいうらぶれた自身の姿に愕然としていると……お袋がこちらへ歩いて来るのが見えた。
「ちょっと『コメヤスーパー』へ行って来て欲しいの」
「何? 買い物?」
「うん! 高野豆腐が足りなくて……」
「高野豆腐?」
「そう、精進料理の」
「わざわざそんな事しないで仕出し頼めばいいのに……」
「そうもいかないわよ」
「そのくらいの金は用意して来たぜ」
「そう言う話じゃないの! とにかく行って来て! お釣りはお駄賃にしていいから」
「オレ、一応、会社員してんだけど……」
「ああもう! ウダウダ言わないの!」
お袋からケツを叩かれ津田梅子を押し付けられた俺は……物置から親父の古い自転車を引っ張り出す。
悪路のせいなのか、それともくたびれたタイヤのせいなのか……
自転車がガタピシ揺れるたびに、ハンドルにくっ付いている錆びた金属製のベルが唸り声を上げる。
それはまるで軒先に忘れられた風鈴みたいな音で……
俺は軒先に提げた白紋天を思い出す。
と、目の前に“扉鏡“に映ったうらぶれた自分の姿が飛び出して来て、俺は反射的にブレーキを握ってしまう。
けたたましい音を立てて止まった自転車とサドルからずり落ちそうになった俺の頭の上を……
どこかの軒先で鳴っている本物の風鈴の音が通り過ぎて行った。
<了>
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