表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

12 「?」

朝の光がまだ柔らかいうちに、おれは警察署にやって来た。

塁は一緒に行くと言ってくれた。しかし、後で結果を報告するという条件で、1人で警察署に来させてもらった。

塁がおれに割く時間や気力を、少しでも減らしたい。独り善がりだとしても、今はそれが最善だと思えた。


自動ドアを潜れば、消毒液の匂いと蛍光灯の淡い光に迎えられる。窓口で名前を告げれば、すぐに奥の面談室に通された。

良いことではないのだろうが、警察署の空気にもすっかり慣れてきてしまった。紙コップのお茶を指先で揺らしながら、人を待つ。


やがて部屋のドアが開き、若い警察官が入ってきた。その優しげな顔に覚えがある。

羽田夏央だ。

おれの視線に気がついたのか、彼は軽く会釈をし、椅子に腰を下ろした。


「畠山さんですね。今日は来てくださってありがとうございます。今回対応させていただきます、羽田といいます」


やはり、羽田さんの声を聞いていると妙に落ち着く。羽田夏凪子の影響を受けているからかもしれない。

続いて、眼鏡をかけた痩身の中年男性が入室してくる。男性の腕には、分厚い書類の束があった。あれが、検査結果なのだろう。部屋の空気が急に重くなった気がする。

おれの緊張を感じ取ったのか、羽田さんは柔らかく笑ってから言った。


「では、報告を始める前にひとつだけ確認させてください。畠山さんは、ご自身の血液型を覚えていらっしゃいますか?」


もちろん、覚えている。

新しい友人ができるたび、どこかのタイミングでほぼ確実に血液型の話題は上がるものだ。


「男性だった時は、B型でした」


そう答えると、羽田さんの表情がほんの少し強張ったのが分かった。


「──ありがとうございます。それでは、検査で分かったことをお伝えしますね。担当の松永から説明させていただきます。分かりにくいところがあったら、遠慮なく聞いてください」


羽田さんの視線を受け、松永と呼ばれた中年男性は、数枚の書類を机の上に差し出した。


「こちらが検査結果です」


おれは身を乗り出し、紙面を覗き込む。

しかし書類には専門用語と数字が踊っており、思わず眉間に皺が寄った。

松永さんは、書類を手のひらで指しながら、落ち着いた口調で説明を始める。


「まず血液検査の結果からお話します。DNA検査も含めて、あなたの血液はB型の男性のものではなく、『AB型の女性の血液』だと認められました」


覚悟はしていたつもりだったが、頭を鈍器で殴られたような衝撃が身体の中を駆け抜けていく。

ほんとうに、おれはおれじゃなくなったんだと、科学的に証明されてしまった気がした。

松永さんは一度言葉を切り、おれの反応を確かめてから続ける。


「さらに詳しく調べたところ、血液中に壊れたDNA断片が複数検出されました。分析の結果、私たちはそれらを六人前後の別人女性のDNAだと結論づけました」


悪夢で見た光景が、即座に脳裏に蘇る。

妙に喉が渇いて、無意識のうちに唾を飲み込んだ。


「臓器移植後に似た反応が見られることもあります。しかし、一度に六人分というのは例がありません。加えて、あなたの身体には目立った拒絶反応も見られない……率直に言って、医学的に説明がつきません」


気味の悪さと同時に、妙な安心感が胸に広がるのを感じていた。

あの夢は、妄想ではなかった。

現実として受け取っていいらしい。

つまりおれは本当に、女性死体のキメラだというわけだ。


「ふへ」


喉から、思わず変な笑いが漏れる。

余程顔色が良くなかったのだろうか。

羽田さんがすぐに口を挟む。


「松永さん、一度休憩を——」

「大丈夫です。続けてください」


自分でも驚くほど、はっきりした声が出た。

先延ばしにしても結果は変わらない。ならば今、聞いておきたい。

羽田さんと松永は顔を見合わせる。

しかし、しばらくして松永さんが再度、おれに向き直った。


「それでは……難しい話になりますが、続けますね」


松永さんは頭を掻き、書類とおれの顔を交互に見ながら、何か言いづらそうに口元を歪ませる。

この1週間で、22年間積み上げてきた価値観や常識は全てぶち壊されてしまった。

今更、多少のことでは驚くまい。

そんな風に考えていれば、松永さんは慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「もう一点、特徴的な所見があります。あなたの血液のテロメアには、劣化が見られません……簡単に言えば、老化の兆候が確認できないんです」


暖房の音が、妙に大きく部屋に響いて聞こえた。


「……はえ?」


想定の斜め上の報告に、思わず変な声が口から漏れる。

老化していない? 

それはつまり、どういう意味だ。

おれは今、歳を取らないということ?


冗談だと思いたかったが、松永さんの表情は固いままだ。

頭上に「?」マークをたくさん飛ばしているおれを見ながら、松永さんは言葉を続ける。


「畠山さん、まとめますね。あなたの血液そのものは一人の女性のものです。ですが、血中のDNAの一部やテロメアは、正常とは言い難い状態にある」


松永さんは、眼鏡を片手で押し上げながらそういった。

彼としても理解に苦しんだのかもしれない。所作に、疲れが滲み出ているように見えた。


「だからこそ、慎重に、段階を踏んで調査を進める必要があります。理解の及ばない点を曖昧にしたまま、先へ進むわけにはいかない」


羽田さんが身を乗り出し、松永さんの言葉を継ぐ。


「まず、プライバシーの観点からも、外部に情報を出すことはありません。警察内部で必要な専門家の協力を得ながら検査を進めます」


おれが頷いたのを確認するが早いか、羽田さんは矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「畠山さんの身体は現在、いつ、どのような形で身体の機能不全や、悪性の変化を招くか、予想すらできない状況です。より精密な身体検査を行わせてください。できれば、今日今すぐにでも」


2人の視線が、おれに重なった。

一周回って、他人事のように思えた。


「おれの方からも、お願いします」


おれは、2人に頭を下げる。

声はかすれたが、迷いなどなかった。


ーーー


検査はすぐに始まった。


病室に連れて行かれ、白衣の看護師と、数人の技術者が淡々と手順を進める。

血液採取、エコー、心電図。

配慮されてか、検査室にいるのは女性の看護師や女性医師が殆どだった。

……今のおれに対して、どんな配慮を正解とするかは非常に難しいところだが。


全身の縫合痕を中心に、より詳細な検査も行われた。指示されるがまま、冷たい検査台の上に横たわる。


まずはX線とCTスキャン。

醜い縫合痕の下で、骨はどのようになっているのかを確認するためだ。


その後は、血管と筋肉の流れの検査だった。

全身検査のために、おれは服を脱がなければならなかった。

服を脱ぎながら、ふと男だった頃を思い出す。これほど大勢の異性の前で裸になるなんて、検査とはいえ恥ずかしくてたまらなかったはずだ。

だが今は、不思議なほどに冷静でいられた。


最後に、皮膚組織の採取が行われた。

局所麻酔を打ち、縫合痕の際と、腹部、脚の異なる部位から、ごくわずかな皮膚片を採取していく。


検査が全て終わり、再び面談室に戻された頃、窓の外はすっかり深い闇に覆われていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ