朝の停車場・Ⅱ(らく描きあり)
「おはようリリィ」
両側から差し出された手に、藤色三つ編みのリリィはドギマギしている。
ルカだってロッチだって、エスコートの授業を受けた事があるだけで、本物は初めて。オタオタする初心者三人。
だが、リリィが馬車を降りて二人に手を引かれ、数歩歩くと周囲がザワ付いた。
登校して来た他の生徒や従者が、リリィのスカートを見て目を見張っている。
少なくとも、昨日みたいに蔑む視線ではない。
「大丈夫でございますよ、奥さまも大絶賛しておられましたでしょう?」
御者のトムが、馬車からバスケットを下ろしてエスコート役のロッチに渡した。
「奥さまからお二方へのお礼も入ってございます。行ってらっしゃいませ、お嬢様。……フフ、この台詞言ってみたかったのです」
馬車が去り、三人並んで広場を歩く。リリィのスカートはやっぱり周囲の注目を浴びている。
「凄いよな、ルカの技能」
「言うなよ、絶対に他所で言うなよ」
「言わないよ。リリィも内緒な」
「はい、誓います。でももう嬉しくて嬉しくて、夕べ眠れませんでした」
「そんなに!?」
「僕は何も……」
ルカは頬を熱くして俯く。
母さんの教えのひとつを再現しただけだ。
下請けの下請けな母さんは、ドレスを一から作るような仕事はやらせて貰えなくて、修理やお直しといった面倒くさくて実入りの悪い仕事ばかり押し付けられていた。
でも母さんの手で、くたびれた衣装が生まれ変わる樣を見るのが好きだった。
母さんが指を悪くしてからは、教えて貰って自分が針を操っていた。
「鋏はひとつも入れていなくて縫い付けてあるだけだから、リリィが成長したら戻せるよ。ほどきやすい縫い方にしておいたから」
「本当に凄いです、スカート丈もコルセットに固定するだけでこんなに変わるなんて、教えて貰うまで考えもしませんでした。夕べはセバスチャンがダンスの手解きをしてくれたんですよ」
「へえ」
「ほら、こんな風に」
「あ、危ないって」
「少しだけですよ、ほらほら」
リリィは二人から離れてステップを踏み始めた。
確かに繊細なギャザーがたっぷり入ったスカートが翻る樣は見事だ。
でもちょっと勢いが付き過ぎて……
「ひゃあっ」
案の上、スカートの遠心力でよろけるリリィ。ダンスってのは殿方が支えるから成立するんだぞ。
「あぁもお」
「言わんこっちゃない」
二人は慌てて駆け寄った、
が、遠心力に振られたリリィは二人から遠ざかって……
――ボフン
何かの中に収まった。
「「!!!!」」
眩しっ!!
白だ。とにかく白い。
人間がここまで白くなれるのかという程純白な、人間の形をした純白が、リリィを受け止めていた。
ルカは声も出せない動けない。
黄みがかった白でも青みがかった白でもない、純粋で透明な白。
その白い少年が光に包まれているようで、
眩しくて目を開けていられなくて、
「大丈夫ですか? ご令嬢」
透き通った声にルカはハッとなった。
もう眩しくない。
目の前でリリィを支えているのは、色白ではあるけれど、白に近いだけのプラチナブロンドの少年だ。
声も振る舞いも着ている物も、身体中から気品が溢れまくっている。
っていうか、何だったの? さっきの光? 幻? 目の錯覚?
隣のロッチを見ると、やはり目をシバシバさせているが、ルカよりは早く動いてリリィと少年に駆け寄った。
視界が脳に戻って来ると、白い少年の後ろに白い馬車があり、その向こうでサロンの五人が、顔色を真っ青にして突っ立っていた。
え――――と…………
もしかしなくても、そちらの高貴そうな白いお方は王太子殿下で、リリィは彼の初登校の場所に突っ込んで行っちゃった訳で、もしかしなくても僕らが管理不行き届きでめっちゃ怒られる奴だ。
ほら、もうダミアン様が親の仇みたいな目で睨んでる……
***
~ごきげんリリィ~




