謝恩会の夜・Ⅰ(らく描きあり)
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三章開始です。
タイトルは『みんなで踊ろ』。
最終章です、短いです。
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「ネクタイ曲がってる」
寮の部屋でロッチに最終チェックされるルカ。
卒業謝恩パーティーに出るのはロッチは四回目だが、ルカは自身が卒業する今回がやっと初めてだ。下級生の間はひたすら裏仕事をやっていた。
「僕もロッチみたく騎士服がよかった」
「騎士じゃない奴が騎士服着たらただの仮装だろ。いいじゃないか、ルカは細身の夜会服似合うんだから」
「中古衣装なんか何買ってもブカブカで直さなきゃみっともないんだもの」
三年生の始めから急に背の伸び始めたルカだが、ロッチも同じだけ伸びたので、見上げなきゃならないのは変わらない。
毎年、婚約者が歯の矯正中だの何やかやと逃げていた表舞台、さすがに卒業年は逃れられない。しかも最優秀生徒としてトップを切って踊り出さねばならない。
「陰謀だ……」
「名誉な事じゃないか」
「ちゃんと調整したのに」
「リンド殿下の調整力が上手を行ったんだろ」
「最後の最後にしてやられるなんて」
「何の勝負をしていたんだよ」
成績優秀者は四年間の累積で選出される。
学生生活四年間、ずっとローザリンド殿下とツートップを分け合っていたルカだが、最終試験だけは一問白紙で提出した。それで累積二位になる計算だったのに、殿下の方は二問白紙で、まんまとトップを維持させられた。まったく何の争いをしているんだか。
二人の次元の違うトップ争いは試験ごとに外野が盛り上がってイベント化し、しまいには賭けの対象になって学園側から指導が入った。
教師陣が面白がって難解な問題を混ぜたりしたので、三位の者が食い込む余地はまったく無かった。
「皆忘れているようだけど、僕もメムも、舞踏会初めてのビギナーなんだぞ」
「ダンスの授業は満点だったろ。特待生として最後ぐらい学園の広告塔をやってもいいじゃないか」
「地味な特待生を押し通したかったのに……」
在学中から学内や院の『これ生徒にやらせるの?』という仕事まで手伝いまくって、公費で学ぶ身は恩返しして来たつもり。
翻訳依頼をやり過ぎて下手に名が売れて、外からの仕事が溢れた時は辟易したが、お陰で在学中に借金を減らせたのは有り難かった。
「そも、トップダンスなら、去年のダミアン先輩以上の伝説なんか作れないだろ」
「パートナーにブンブン振り回されて場外へスッ飛ばされたんだっけ。そこだけはちょっと見たかった」
「そうそ。あれ以上の事は起こりようがないんだから、ルカもリラックスリラックス」
「うん……」
この四年で何だかんだルカの扱いが上手くなったロッチだが、卒業後はなんと、騎士ではなくお役所勤めする。主に国外へ向けて対応する部署。
一年生時に進路を定めると、文系目指して突き進んだ。席順は一回だけ一桁を取った。
「ジーク様には宝の持ち腐れって詰められたけれどね。最終的に、鍛練を怠らない約束で解放して貰えた」
いずれ故郷へ戻る事を前提としている彼は、自分の家に足りない物を見据えて、その穴を埋める者になろうとしている。
「殿下の外交には優先的に同行する事になってる」
王太子に手を出す前にコンマ何秒で反応して関節外しに来る役人が真後ろに控えているんだから、諸外国の皆様くわばらです。
二人が話しながら階段を降りると、寮の一階のエントランスに華やかな二人が来ていた。
メムもリリィも非日常に輝いていて、女性の衣装を見ると、パーティーだなって気分になる。
メムの衣装はルカと同じく中古だが、ルカの渾身のリメイクが入っている。
シンプルな錫色のAラインのドレスに、銀とアイスブルーのレースが斜めに入り、青いガラスビーズが散りばめられている。
ロッチにはよく分からないがケイト・べぺーが大絶賛だったので、まぁ凄いんだろう。もっともケイトは、ルカとメムに対して『萌える』『推せる』『尊い』しか言わない。
リリイは勿論ロッチの髪色に合わせた鳶色衣装。これが藤色の髪によく合う。
来月には結婚式を上げる二人はもうすっかりカップルとして馴染んでいる。
式を上げたらラツェットへお披露目に行って、その後はソフィー夫人のいるブルー邸に住む。
実は、プロポーズした一年生の頃は、新婚のアパートを借りる予定でいた。
しかしこの三年で状況が変わる。
三年生の秋に番犬のヨーゼフが亡くなって、庭師のトムがすっかり元気を失くしてしまった。連鎖するように内勤の高齢者たちも体調を崩す。
そして三年生と四年生の間の冬に、執事のセバスチャンが突然の肺炎で身罷ってしまった。予測もしていなかった事に、ブルー邸全体が茫然自失。
ロッチは邸に泊まり込んでしばらく夫人とリリィを支えた。
ルカは、セバスチャンのやっていた経理等を臨時に引き受け、殿下もお忍びで励ましに来た。ケイト・べぺーも来た。皆、この家が好きだった。
そして皆、得も言えぬ不安を抱える。年寄りは年をとって行くしかないのだ。
全員が先の事を考え始めた。
遠くの男爵領の家族は、夫人に領地へ来る事を勧めたが、夫人はせめてリリィの卒業まではと願う。
ロッチは寮を引き払って、下宿学生としてブルー邸に住み込んだ。トムのやっていた通学馬車の送迎を引き受け、毎日二人で登下校した。
夫人は、自分がしっかりしている内にと息子たちと手紙をやり取りし、リリィ卒業後はこの家屋をロッチ夫妻に管理して貰い、自分もこのまま住むという事で落ちを着けた。
ベティとマージはおいおい暇乞いして田舎の家族の元へ行く。ジェフは既に引退して厨房には彼の孫が入っている。
皆の青春を支えたブルー邸は感謝と共に終息して行った。
***
謝恩会は学園敷地内の迎賓館で行われる。学外の行事にも使われるので広くて立派。
参加するのは卒業生とその父兄、二、三年生は任意、サロン役員、ゲストに王族、ここ何年かは留学生も来ているので外国からの招待客もいる。
「こっちこっち」
一年生から会場スタッフとして参加しているロッチは、勝手知ったる感じで誘導してくれる。
「ここで待機していて。
学長の挨拶と開会宣言の後、音楽が始まるから、二小節目ぐらいで動き出して真ん中行って踊り出す感じ。二曲目で二位の組が入るから真ん中譲って……」
「ま、待って下さい、こんなに大勢の見ている所で、真ん中で踊るんですか?」
「そう。真ん中外れたらみっともないから、あの円から出ないでね」
メムは青くなった。
パーティーどころかホールへ来る事すら初めてで、身分の高い貴族の正装なんか目にした事もない。
「大丈夫だよ、物干し場で練習しただろ」
「し、したけれど」
メムは学園で過ごしていたと言っても下働きの身。
入ってはいけない所だらけで、ずっと陰で暮らしていたのだ。
「メム、駄目な感じ?」
「うぅ……ルカが一番凄い生徒として卒業する、大事なイベントなんだよね……」
「僕にとってはそんなに大事じゃない、メムが無理する事はない」
「で、でも、院のおじさんたちも、一番で卒業って凄い事だよって言ってた」
「別に踊れなくたって成績が逃げて行く訳じゃないし、気にしなくていいよ、メム」
ロッチが心配そうに覗き込む。
「ルカ、棄権しちまうの?」
「殿下に二曲分踊って頂けばいいじゃないか。どうせギャラリーだって純白のキラキラ王子様を長く見られた方が嬉しいだろ」
「ルカ、ルカ」
弾んだ声がして振り向くと、噂の純白王太子が、ヒラヒラした正装を揺らしながらスキップして来た。
「またフラれちゃった!」




